57. トール・エインズという人 その1
アーサーはぱちりと目を開けた。
「…あれ?」
朝日が木々の隙間からまばらに差し込んでいた。いつもより早く起きてしまったようだった。
アーサーは周りをきょろきょろと見回す。
昨日の夜と、特に変わりはなかった。違いがあるとすれば、トールの荷物が散らばっているくらいだった。
そして、トールがいなかった。
「トール?」
アーサーはトールの名を呼ぶ。しかし返事はなく、しんとした静けさが残るだけだった。
「…」
森の中に一人ぽつんと残されたアーサー。
慣れているはずだったのに、孤独感がじわじわと湧いてきた。
ここ数日、トールが自分よりも早く起き出していることを、アーサーも気付いてはいた。
以前まで、トールよりもアーサーの方が早く起きていた。トールのことは信頼して大丈夫だとわかってはいても、どうしても警戒して早く起きてしまっていたのだった。警戒せずに眠れるようになった、その矢先。
トールが消えた。
薄々、勘づいてはいた。
トールは朝早く起き出して、どこかへ行っている。
一度、アーサーはトールにそれとなく聞いてみた。しかし、トールは「俺も起きたばかりですよ」と笑って誤魔化すだけだった。
しかし、トールは寝起きにしてはしゃきっとしていて、しかもブーツが汚れていた。寝ている時に付くような汚れではなかった。
絶対そんなことない、と思いながらも、アーサーは深くは聞けないでいた。
なんとも言えない不安がもたげた。
アーサーは立ち上がると、地面をじっと見る。
「…こっちかな」
地面にうっすらと残った、気付くか気付かないかという足跡をアーサーは見つけると、足跡の続く方向へと進んで行った。
入れ違いでトールが戻ってきた時のため、アーサーは荷物は置きっぱなしにしておいた。
ほとんど残っていない足跡の行く先は、何の変哲もない森だった。
トール、どこに行っちゃったんだろう。
水を汲みに行っているだけかもしれなかった。すぐに戻って来るかもしれなかった。荷物もほとんど、置いたままだったから。けれど、アーサーの心にぬぐいきれない不安がつのる。
もしも、トールがこのままいなくなったら?トールも裏切ったら?
ぐわん、と視界が揺れた気がした。
「…あはは、そんなことないよ、きっと」
アーサーはぼそりと呟いた。自分を安心させるためだった。
もう一度、信じてみたかった。トールは裏切らないと思いたかった。実際、トールが裏切ることはないと思っていた。
けれど、確証はなかった。なんせ、裏切られても仕方のないことを、何度もしでかしている。アーサーにはその自覚があった。
ふと、目の前の木が目に留まった。
「…?」
アーサーは木についた傷を見て、眉をひそめる。
木の幹が、不自然にえぐられていた。見たことのないようなえぐられ方だった。
不自然なえぐられ方をしている木は一本だけではなかった。あちこちに似たような木があり、木だけではなく岩もあった。
「何、これ」
アーサーは首をかしげる。
アーサーは転々と続く痕跡をたどって行く。
「!」
アーサーは安堵した。
行き着いた先では、トールが地面に座り込んでいた。
トールは地面に本を広げ、本とにらみ合いながら杖を構えていた。本にはびっしりと図や文字が詰まっていた。トールは集中しているようで、背後にアーサーがいることには気付いていないようだった。
トールはふう、と息を吐く。トールは杖先を前にすっと出した。
「"テレポート"」
トールが呪文を唱えた瞬間、杖先から小さな光が放たれる。そして、トールの前方にあった木の幹が一瞬にしてえぐられた。
「!」
アーサーは目を見張った。
アーサーの動体視力をもってしても、木の幹がえぐられた瞬間を捉えることはできなかった。
えぐられた木のすぐ近くに、木の破片がゴトン、と落ちた。切断面は、えぐられた部分と同じ形をしていた。
アーサーは呆気にとられる。
「はあああああああ」
トールは盛大にため息をついた。後ろ姿からでも、ひどく落胆しているのが見てわかった。
アーサーはトールの方に近付く。
「トール?」
「っ、え、うわっ、アーサーさん!?」
アーサーの呼び声にびくっと飛び上がり、動揺をあらわにするトール。トールは振り向き様に目の前にいたアーサーに驚き、尻もちをついた。
「え…、どうして…」
トールの茶色の瞳が揺れる。
「…見ました?」
何食わぬ顔して立っているアーサーに、トールはおずおずと尋ねた。隠し事が見つかってしまい、怒られるのを怖がっている子供のようだった。
「うん。ごめんね、見ちゃった」
アーサーは申し訳なさそうに小首をかしげ、トールに手を差し出した。
「…やっぱりですか」
トールははあ、とため息をつきつつ、アーサーから差し出された手を握る。
アーサーはトールを引っ張り上げて立たせた。アーサーはトールの顔をのぞきこむ。
「トール、これってもしかして、転移魔法?」
アーサーはトールの唱えた呪文に聞き覚えがあった。もっとも、そこから繰り出されたものは記憶とは異なっていたが。
トールは決まり悪そうにうなずいた。
「わあ、すごいね。転移魔法って、難しいんでしょ?」
素直に感嘆の声を上げるアーサーに、トールは暗い顔で答えた。
「俺は、すごくなんかないですよ。本当は、あの石を動かしたかったんです。でも、動いたのは木の幹の一部で…」
アーサーはトールの指差した方を見ると、そこには手のひら大の石が転がっていた。
全然違うものが動くものなんだなと、魔法に疎いアーサーは思う。
「でも動かせてるのは、すごいと思うよ」
「そんなことはないです。わかってるんです、転移魔法なんて高度なもの、俺が手を出すべきじゃないって…」
トールはそこまで言って、はっと口を押さえた。言おうとしていなかったことまで言ってしまったようだった。
アーサーはトールをじっと見る。
「それならどうして、また」
「…」
トールはアーサーから顔を反らした。
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