56. リノア村 その2
「ねえ、セシル。言わなくていいの?」
メアリがセシルにうながす。
「いや、言うよ。アシル、トール。実は、俺とメアリ、一月後に結婚式を挙げることになったんだ」
「そうなんですか…!おめでとうございま
す」
トールはぱあっと顔を輝かせた。
もしかすると結ばれることがなかったかもしれない二人だ。無事に結婚式を挙げられることが、ただただ喜びだった。自分が助けたいと思った人たちが、たとえ自分の力によってでなくても助かったことは嬉しかった。
「そっか。おめでとう。幸せにね」
「ありがとう。二人に助けてもらってなかってら、こんなの夢だった。感謝しかない」
「ええ。本当に、ありがとう」
アーサーとトールの祝辞に、セシルとメアリが嬉しそうにする。集まった人たちが、口々にお祝いを述べた。
トールも何か熱いものがこみ上がってくるのを感じた。
――みんな無事で終わって、本当によかった。
トールの口元が思わずゆるんだ。
ふとアーサーの表情を見て、トールは言葉を失った。
羨望、諦念、そして、夢想。
セシルとメアリを見つめるアーサーの表情は、なんとも言えないわびしさを携えていた。
――アーサーさん…?
トールはアーサーの浮かべた表情の理由がわからず、首をかしげた。
そして、ある一つの可能性に思い至った。
-ーもしかして。
「あの、アーサーさん」
トールは声を落としてアーサーに尋ねた。
『アシル』ではなく、アーサー・ラングレットに聞きたかった。
「ん?」
アーサーはどうしたの、とトールを見た。
「もしかして…。アーサーさんの守れなかった大切な人って、アーサーさんの恋人なんですか…?」
トールはおそるおそる尋ねた。
アーサーはびっくりしたように目を見開き、トールを見つめた。
そして、再びセシルとメアリの方を見た。遠い目をしていた。
「うん。俺の幼なじみで、…俺の、恋人」
そう言って微笑んだアーサーの表情は、どうしようもないくらい悲しかった。
「…そうだったんですか」
言葉が続かなかった。何か言いたいのに、何を言うべきなのかわからなかった。
アーサーが恋人をさらわれてから、もう四年以上が経つことになる。苦しい時間だったに違いないが、それに対し適切な言葉をかけられるほどトールに人生経験はなかった。
無事に結ばれるセシルとメアリと、いまだ大切な恋人に会うことすら叶っていないアーサーの落差を、見ていられなかった。
悲痛な面持ちで黙りこんでしまったトールを見て、アーサーはふっと笑みをもらす。
「そんな顔しないで、トール。俺は、平気だから」
「…」
ーー平気なはずないじゃないか。
そう思ったが、アーサーの悲しい微笑みの前では、トールはそんなことは言えなかった。
「? どうかしたか?」
アーサーとトールの雰囲気が少し暗いことに気付き、ジェナスが尋ねる。
「ううん、何もないよ。無事、結婚式を挙げれるようになってよかったなって」
そう言ったアーサーは、本心からそう思っているようだった。
「じゃあ、そろそろ行くね。元気で」
アーサーが言う。
「お世話になりました」
トールもぺこりとお辞儀した。
「あ、待ってくれ。これ、餞別だ。大したものじゃないが、持って行ってくれ」
セシルが少し大きめの包みを差し出す。
「…?」
トールは受け取ると、包みを開けてみた。
「!」
「わあ」
アーサーが歓声を上げる。
そこには、パンやドライフルーツが詰まっていた。
「ありがとうございます、助かります」
「それはこっちの台詞だ。今回は本当に、ありがとう。気をつけて」
セシルたちは笑顔を見せた。
集まった村人らに見送られながら、アーサーとトールはリノア村をあとにした。
「いいものもらっちゃったね。久々のパンだよ」
アーサーは包みにほくほくとしながら、言った。
教会でしっかりパンを食べていたトールは、申し訳なくなる。
「ぶどう酒もあれば最高だったのに」
少し残念そうにするアーサー。
「ぶどう酒って安くないんですよ。そんなに期待しちゃ申し訳ないです」
「そうだったんだ」
ーーずれてるなあ、この人。
目を丸くして反省するアーサーに、トールはなんとも言えない視線を向ける。
「というか、ぶどう酒あってもアーサーさんしか楽しめないじゃないですか」
まだ酒飲めないですよ俺、とトールはふくれる。
アーサーは目をぱちくりとさせた。
「あはは、ごめん、そうだったね」
笑って謝るアーサー。
「トールが飲めるようになったら、一緒に飲もうね」
「…っ、ぜひ」
ーーあと二年かあ。
先の話ができることが、トールは嬉しかった。
「とりあえず、パンをくれたセシルたちに感謝だね」
「ですね。また、魔物肉生活になるところでした」
別に、魔物の肉がおいしくないわけではない。
もちろん、はずれはあるが。しかし、毎日食べるには味気なかった。パンもほしくなる。
「なぜだか魔物は多いから、種類だけは豊富だけどね」
ホーンラビットに、大トカゲに、飛竜に、魔熊に、とアーサーは笑いながら数え上げる。
ーー魔物グルメをしに来たんじゃないんだけどな…。
楽しそうなアーサーに、トールは呆れた目を向ける。
ふと、今まで直視してこなかった疑問がわいてきた。
「どうしてなんですかね」
「?」
アーサーが小首をかしげる。
「もう、魔王はアーサーさんに倒されたのに。ドラゴンが、南部でもないこんなところに現れるはずがないんです」
一度口にした疑問は、とどまることを知らなかった。
「ウォーウルフが現れたのだってそうです。あんな町中に、現れるはずがない。大トカゲも飛竜も、妙に多かったですし…」
「…」
アーサーはトールの疑問を静かに聞いていた。
「何が、起こってるんですかね。…今の魔物の様子は、おかしいです」
「やっぱり、そう思う?」
「え?」
「俺も、何か変だな、とは思ってたんだ。…トールがそう言うのを聞いて、確信した」
アーサーはすっと目を細めた。
「南に行くにつれて、違和感が強くなっていったんだ。…答えは、南にあるのかもしれない」
「南…、ですか」
アーサーはがさごそと地図を開いた。
「目の前の森を抜けて、何個か街を通りすぎたら、南部手前の街に着くみたい。そこ目指して進もうか」
「はい」
トールはうなずく。
二人は森の中へと進んで行った。
「…ん」
トールはむくりと起きた。まだ寝たがるまぶたに、朝日が差し込んでくる。開ききっていない目をこすった。
まだ朝早かった。
隣を見ると、アーサーがすよすよと気持ち良さそうに寝息を立てていた。
思わず顔がほころんだ。
ここ数日、アーサーは以前よりも気の抜けた姿勢で寝るようになっていた。
剣を手に持ち、いつでも起き上がれる姿勢ではあるとはいえ、その寝顔は前よりもずっと穏やかだった。
ーー少しは、信頼してもらえるようになったのかな。
そう思うと、嬉しかった。
しかし、トールは顔から笑顔を消す。
トールはすっと立ち上がると、鞄の中からいくつか荷物を取り出す。
そして、まだ寝ているアーサーに背を向け、トールは森の奥へと歩き去って行った。
お酒は18歳からの世界線です。
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次回更新は2/18です。
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