55. リノア村 その1
「あれが、リノア村かな?」
遠目に見える畑や民家をあおぎ見て、アーサーが言った。
「方向的には、そうだと思います」
トールは答える。
二人は、リノア村に向かっている最中だった。
壁を飛び下りられないトールは、市壁の門を通り、無事にアーサーと合流していた。
門を通る時に、門番に「ドラゴンにやられて重傷だった少年じゃないか!無事でよかったなあ」としみじみと言われてしまった。平和な町に突然血まみれな人間が運ばれて来れば、目立ちもするだろう。
トールは曖昧な笑みを浮かべつつ、自分を救ってくれた一級神官について知らないかそれとなく聞いてみたのだが、門番も何も知らないようだった。
なかなか情報は得られないものなんだな、とトールは唇を噛む。
そう思うと、アーサーが手がかりを手に入れられていないのも納得だった。
アーサーが不安げに口を開く。
「知ってる人が村はずれにいてくれるといいけどね」
「そうですね…。もしいなかったら、まず俺が村に入りますね」
再びアーサー・ラングレットが注目されているのだ。変に顔をさらしたくはないだろう。
その点、トールであれば顔を知られても大丈夫だった。
「ありがとう、助かるよ」
アーサーはトールの提案にほほえんだ。
しかし、それは杞憂に終わった。
「あれ?」
村に近付いていくと、村はずれで見覚えのある人物が畑仕事をしていた。
その人物は二人に気が付くと顔を上げ、こぼれんばかりに目を見開いた。顔の左側についた傷痕が痛々しかった。
「…アシル?トール?」
「やあ、久しぶり、ジェナス」
アーサーはにこっと笑った。
「お久しぶりです、ジェナスさん」
トールもぺこりと頭を下げる。
「久しぶりって…。お前ら、本当に…」
ジェナスは手に持っていた鍬を地面に落とした。ジェナスの声は震えていた。
ジェナスはアーサーとトールのもとへとやって来る。
「あはは、今回はナイフ投げられなかったね」
「アシルさん、空気読んでくださいよ…」
物騒な発言をするアーサーに、トールは突っ込んだ。
そんな二人におかまいなしにやって来たジェナスは、今にも泣きそうな顔をしていた。
「無事でよかった。戻って来てくれて本当によかった。あのまま、お前らも戻って来なかったらと思うと、俺は…」
「そんな顔しないで、ジェナス。結果として、俺たちは戻ってきた。セシルたちも無事。…全員が無傷ではなかったけど。まあ、これが結末だ。最悪は、まぬがれたんじゃない?」
アーサーはにこっと笑う。優しい微笑みだった。
「…そうだな。その通りだ」
ジェナスは笑顔を浮かべると、唐突にアーサーとトールに抱きついた。
「!」
驚くアーサーとトール。
「ありがとう。本当にありがとう。俺たちの頼みを聞いてくれて。幼なじみたちを守ってくれて。お前らには、感謝してもしきれない。お前らは、俺たちの英雄だ」
「…!」
今度はアーサーの目が見開かれた。
トールは視界の端にそれを捉えた。トールには、アーサーが泣きそうに、けれど嬉しそうに見えた。しかし、その表情にはどこか悲痛さも混じっていた。
「…どういたしまして。役に立てたみたいでなにより」
アーサーが答えた。初めてトールと会った時のような、どこか一線を引くような声色だった。しかしジェナスはその微妙な変化には気付かなかったようだった。
ジェナスは二人に回した手を離すと、申し訳なさそうにトールを見た。
「ごめんな、トール。大怪我を負ったんだって?俺が頼んだせいで...」
「謝らないでください。ジェナスさんのせいじゃありません。俺が怪我したのは、俺が弱かったせいなんです」
トールは暗くなるジェナスを見て、あわてて言った。
そんなトールの頭に、ぽん、と手がのせられた。
トールが見上げると、アーサーが手を置いていた。
「トールが弱かったわけではないけどね。でも、ジェナスのせいでもないよ」
アーサーがにこっと笑う。
「…ありがとう。まあとにかく、二人とも無
事でよかった」
ジェナスはふう、と息をついた。心の底から安堵しているようだった。ジェナスの目の端には、光るものがあった。
そんなジェナスを見て、トールは思わず笑みをこぼした。魔物に困る人が少しでも減ったことが嬉しかった。
「なあ、みんなもアシルたちには会いたがってるんだ。村に寄ってかないか?」
ジェナスが尋ねる。
アーサーは複雑な表情を浮かべた。
「せっかくだけど、ごめん。俺たち、すぐ行かなきゃなんだ」
トールも援護するようにうなずいた。
ジェナスは残念そうな表情を浮かべた。
「そうか…。せめて、セシルたちに会ってくれないか?ちゃんとお礼を言いたがってるんだ」
「まあ、そのくらいなら」
「ありがとう」
ジェナスはそう言うと、近くにいた村人にセシルたちを呼んできてくれるよう頼んだ。
頼まれた村人は快諾して、村の中心部へと向かって行った。
しばらくして、何人かがやって来た。そこにはセシルとメアリ、ニコラらがいた。
「アシル!元気だったか!」
「うん、元気だよ」
アーサーの姿を見て感動したように言うセシルらに、アーサーは笑いながら答える。
「結界を出れた後、すぐにライゼルに向かったから、ちゃんと別れられてなくて気がかりだったんだ。もう一度会えてよかった」
セシルがほっとしたように言う。
「ええ。私も、ちゃんとお礼が言えてなかったから…。本当にありがとう、アシル。セシルたちを、助けてくれて」
メアリが目に涙を浮かべながら言った。
「いえいえ、そんな」
アーサーはこてんと首を傾けた。
「まったく、アシル、どこいたの?ちっとも姿を見せないから、心配したじゃないか」
ニコラが不服そうに言った。その言葉に、アーサーが固まる。トールもぎくりとした。
――アーサーさん、なんて答えるんだろう。
「あはは、ごめんね。町にいはしたんだよ。でも、ちょっと会いに行きづらくて…」
アーサーはトールをちらりと見た。
なんのことだかわからず、アーサーに視線を向けられたトールは首をかしげる。
「あ…、そうだよね、ごめん」
何かを察したのか、ニコラは気まずそうに謝った。
「ううん、大丈夫」
そう言って、アーサーはトールにそっと耳打ちした。
「ごめんね、トール。トールを使っちゃって。でも、嘘ではないから」
トールはアーサーの言った意味を理解した。
――アーサーさんが俺の怪我に責任を感じてるってことか。
なんだかやるせなくなった。アーサーのせいではなかったのに。
「大丈夫です。…俺こそ、すみません」
トールもそっと耳打ちし返した。
「ところで、もう行かなきゃいけないって聞いたんだが…。本当に行くのか?」
セシルが尋ねる。
「うん。ちょっとね」
「そうか…。本音を言えば、ぜひもてなしたかったんだけどな。まあ、今度時間があるときにでも、立ち寄ってくれよ。盛大にもてなすから」
「あはは、それはありがとう」
無理強いをしなかったセシルに感謝するとともに、トールはアーサーがリノア村でもてなされているところを見たくもあった。
――いつかそんな日が来ないかな。
何かがこみ上げるような感じがした。
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