54. 市壁の上にて
顔がほころんだ。
――アーサーさんだ。
久々に会うアーサーに、トールは胸がつまる。無事にまた会えたことがただただ嬉しかった。
アーサーはにこっとほほえんだ。
「…元気そうでよかった。トール、怪我は大丈夫?」
アーサーは少し聞きづらそうにトールに尋ねた。言葉の端に、申し訳なさがにじみ出ていた。
「もう、大丈夫です。無事全快です」
トールはそう言って笑って見せた。アーサーを安心させたかった。
「そっか」
アーサーはほっとしたようにほほえんだ。
「登ってこれる?」
「木をつたえばいけそうです」
アーサーの質問に答えながら、トールは木を登って市壁の上まで上がる。下の方にはほとんど枝がなく、トールは登るのに少し苦労した。上の方まで登ると、アーサーが引き上げてくれた。
トールは壁の上に上がると、アーサーの隣に座る。数日前となんら変わらない様子のアーサーが、トールは嬉しかった。やわらかに吹く風が心地よかった。
「…トールの怪我がちゃんと治って、よかった。ごめんね、ひどい怪我を負わせちゃって」
アーサーが申し訳なさそうに謝った。
「謝らないでください…!アーサーさんのせいじゃないです。俺が弱かったせいなんです」
トールは手をぶんぶんと振って否定する。間違ってもアーサーのせいではなかった。
アーサーは静かに首を横に振った。
「トールは弱くなんかないよ。ドラゴンが暴れる中、人助けをできる人を弱いとは言わないよ」
アーサーはそう言ってトールに笑いかけた。
優しい笑みだった。
「アーサーさん…」
トールの言葉がつまる。アーサーにそう言ってもらえることが嬉しかった。一方で、心の中に何か引っかかるようなものがあることにトールは気付いた。
「トールの怪我、かなりひどかったけど、大丈夫だった?」
アーサーが言う。
「はい。アーサーさんのおかげです。怪我してからわりとすぐに治療を受けられたんで。本当に、ありがとうございます」
トールは頭を下げる。
「それと、すごく幸運だったんですけど、たまたま教会に一級神官が来ていたんです。そのおかげで、後遺症なく済んだんです」
「…一級神官?」
アーサーが眉をひそめた。
トールははっとする。
「どうしてだかはわからないんですけど…。俺が起きたときには、もういなかったですし。でも、ニコラさんが言うには、教会内で何かあったとか話してたそうです」
アーサーからすれば、王家の手下と言っていい騎士団だけでなく、自身の正体を見破れるであろう教会も避けたい存在に違いなかった。
「そっか」
アーサーの顔は険しいままだった。
トールは少しためらったが、口を開いた。
「もしかしたらもう知ってるかもですけど…。この小さいライゼルでも、アーサー・ラングレット出現の報は、広まってました」
アーサーが固まった。
それを見て、言わない方がよかったかな、とトールは思う。
――でも、絶対どこかで知ることになるからな…。
どうせ知るなら早い方がいいはず、とトールは自分に納得させる。
「それ、どうやって広まってた?」
アーサーが尋ねる。遠くを見つめるアーサーの口は笑っているのに、目が笑っていなかった。その目にトールは震えた。
「掲示板です。そこに貼り紙がされていて。…俺が見た限りでは、町の中心の掲示板にしかなかったです。あとは人づてに伝わっているのかな、と」
「そっか。ありがとう」
アーサーのほほえみは、どこか悲しかった。
「いえ。…アーサーさんは、どうしていたんですか?」
トールは気になっていたことを聞いてみた。
「俺?俺はね、ずっとここにいたよ」
「そうなんですか?」
目を丸くするトールに、アーサーはケラケラと笑う。
「どこかの町や村にいるわけにはいかなかったから。もっと木の上の方に登れば、見つからないしね。町に出入りする人を見れたから、ちょうどよかったんだ。ニコラが町から出ていくのを見て、きっとトールももう回復したんだなって思ったんだ」
「なるほど」
――だから、アーサーさんは俺が来るのがわかってたのか。
アーサーの隠れ場所選びのセンスの良さに頭が下がった。
「ごめんね。トールが大怪我したのに、俺、自分の身の安全だけ考えてて」
アーサーはうつむいた。
トールは慌てて言う。
「そんな…。俺、気にしてないですよ。アーサーさんの身の安全は大事です。自分のことを第一に考えてください」
「トール…」
アーサーは目を見開いた。そして、楽しそうに笑い始めた。
「あはは、トールはほんとにいい人だね」
「褒めてます…?」
「褒めてるよ」
ケラケラと笑うアーサーに、トールはうろんな目を向けながらも、アーサーがこれ以上暗くならなかったことにほっとした。
「さて、これからどうしようか」
ひとしきり笑って満足したのか、アーサーが言った。
「あ、そういえば、セシルさんたちが、ぜひリノア村に立ち寄ってほしいって言ってました」
「ああ、そういえばセシルとメアリも通ってたね」
アーサーは思い出したように言う。
トールはどうします、とアーサーに目で尋ねる。
「うーん、そっか。トールは、どうしたい?」
「俺ですか?」
思いがけず意見を求められて、驚くトール。
「俺は、行ってもいいのかな、とは思いますけど…」
セシルもニコラも、来てほしそうだった。しかし、今アーサーが置かれた状況を考えると、行かない方がいいような気もしていた。
――それに、たいして役に立ってない俺が行ってもな…。
トールは少し目を伏せた。
「じゃあ、寄ってみようか。あまり長居はしたくないんだけど、それでもいい?」
アーサーが尋ねる。
「はい、もちろんです」
トールはうなずいた。
それを見るとアーサーはにこっと笑って立ち上がった。そしておもむろに壁の向こう側へ足を踏み出すと、地面に向かって飛び下りた。落ちた、と言う方が正しいかもしれない。アーサーは音も立てず、壁の向こう側へと華麗に着地した。
「…」
トールは唐突なアーサーの行動にぎょっとしたが、平然と着地したアーサーを見て、なんとも言えない気持ちを抱いた。
「トール、降りてこれる?」
「アーサーさんみたいには、いかないですよ…」
病み上がりで飛び下りる勇気もなかった。
「それに俺、たぶん入門記録があります。ちゃんと門から町を出ないと、怪しまれちゃいます」
トール本人は気絶していたからわからないが、おそらく町に入る時に門で記録がつけられているだろう。
目をぱちくりとさせるアーサー。
「そっか。そんなものも、あったっけ」
「あるんです」
――この人、一体どこで暮らしてきたんだ…?
アーサーの発言は、まるで王国に初めて来た人のそれだった。もしくは関所破りの常習犯。逃亡中だから当然ではあるが。
「アーサーさん、少し待っててもらえますか?俺、門通って来るんで」
トールはあきれながら、アーサーに言う。
「うん」
アーサーは答えると、軽くその場で跳ね、一気に市壁をかけ登った。そして、トールの隣に立った。
「よっ、と」
「…」
――市壁の意味…。
「そしたら、俺、トールが門から出てくるまでここで待ってるね」
呆れ顔なトールを見てきょとんとしながら、アーサーは言った。
「…それが、いいと思います。すぐ戻って来ますね」
「うん。待ってるね」
ひらひらと手を振るアーサーに見送られながら、トールは木伝いに町側へと壁を降り、門へと向かって行った。
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