53. 値切り交渉
歩いていると、トールはポストを見つけた。
トールは鞄から家族への手紙を取り出す。
「…」
この手紙が、何かの決定打になるような気がした。
トールはふう、と息を吐くと、手紙をポストの中に入れた。コトン、と軽い音がして手紙がポストの中に落ちた。意外とあっけなかった。
鞄の中が一気に軽くなった気がした。
――あとは、アーサーさんを探すだけだ。
ふと、ポストの奥にある、道とも言えない道が目に留まる。
――ここにも、こういう場所があるんだ。
町の市場からひっそりと伸びた暗い道だった。道の奥に、何か空間があるようだった。
トールは道に入ってみる。ただの気まぐれだった。
薄暗い道を少し緊張しながら抜けていくと、先刻とはまた別の市場に出た。
「わあ…」
トールは思わず声を上げていた。
狭い空間に、露店がところ狭しと並んでいた。店に置かれているものは、普通の店には置かれていないようなものだった。
そこは、いわゆる闇市だった。
初めて訪れる闇市に、トールは緊張というよりもむしろワクワクとした感情を抱いていた。キョロキョロとあたりを見回しながら歩く。
――こういうところに、魔法薬が置かれているのかな。
そう思うと、ワクワク感がすっと消えていった。
一通り見てみたが、魔法薬のようなものは置かれていないみたいだった。
――そりゃそうか。
円卓のシャイロックが、魔法薬の数には限りがあると言っていたのをトールは思い出した。魔法薬がそう簡単に手に入るものではないことに、トールは安心する。
トールはある露店の前で立ち止まった。
その店には、本がたくさん積まれていた。
「…」
トールは一冊の本を手に取った。緋色の表紙の、古びた本だった。表紙に書かれた題名と著者名は消されていた。意図的に消してあるようだった。ぱらぱらと中身をめくってみる。魔導書ようだった。表紙を開いたところに、魔導書の証である紋様が刻印されていた。
「兄ちゃん、お目が高いね。その本はなかなか手に入らないぞ」
店員がにやりと笑って言った。
「…どんな本なんですか?」
トールは聞いてみた。
「今はもうない魔法に関する本だよ。かつての魔法の実力者が書いたやつだ。その当時に発禁処分になってるから、そうそうお目にかかれるもんじゃないぜ」
「そうなんですね」
なんでそんなものがここにあるんだよ、と思いながらトールは本を見る。あるページで手が止まった。本のある一節に、トールは目が引き付けられた。
そんなトールの様子を見て、店員は口角を上げる。
「どうだい、兄ちゃん。いかがかい?」
「…いくらですか?」
本から目を離さずに、トールは尋ねた。
「金貨十枚だ。どうだ?」
「…高すぎます」
トールは本から顔を上げた。
金貨十枚はさすがに高すぎた。金貨十枚あれば、六人家族が二か月は生活していけた。
というか、そんな大金は持っていなかった。
「そうか?ここでしか手に入らない貴重な本だぜ。高すぎることはないだろ」
「いや、高いですね」
トールは目を細めた。
「そもそも、そんな貴重な本がどうしてこんなところにあるんですか?発禁処分になってるんでしょ。闇市でも、そう簡単には手に入らないはず」
「…それは」
店員がたじろいだ。
――もう一押しだ。
トールはたたみかける。
「偽物つかまそうとしてません?」
「…金貨五枚でどうだ?」
店員が顔をしかめて言う。
「いや、金貨一枚です。これ以上は、ありません」
「兄ちゃん、そりゃ値切りすぎだ」
「そうですか?俺は別に買わなくてもいいんですよ。こんな特殊な本、こんな場所に買いにくる人が他にいるといいですけどね」
トールと店員の間に、緊張が走る。
そもそも、見るからにたいして金の無さそうなトールに売りつけようとしている時点で、本が偽物であるか早く手放したいものであるかのどちらかだった。それに気付いたトールは、賭けに出てみた。たとえ偽物だったとしても、手に入れたいと思うような記述がその本にはあった。
「…わかった。金貨一枚で手を打とう」
店員は渋々と言った。
「ありがとうございます」
トールは笑顔を見せて、店員に金貨を渡した。
店員から本を受け取ると、がっくりとうなだれる店員を背に、トールは闇市をあとにした。
思いがけず手に入った戦利品に顔がにやけた。が、軽くなった財布を見て、にやけ顔が凍る。
――さよなら、俺の金。
本を買ったせいでトール個人の金はほぼ無一文になっていた。
――この本、ちゃんと活用しないと。
後がなくなったトールだった。
トールは闇市を出て表通りに出る。やはりトールに裏の世界は向いていないようで、慣れた空気の表通りに安堵してしまった。
小さい町とはいえ、表通りは人が多かった。
――アーサーさんがいるとすれば、町の外だよな。
ニコラの話からしても、アーサーはそもそも町の中には入っていなさそうだった。
トールは町のはずれへと向かっていく。
市壁のそばまで来た時だった。
ぴたりと、足が止まった。
トールの背丈の三倍はありそうな市壁の壁に沿って、一本の大きな木がそびえ立っていた。枝葉が壁の上にかぶさっていた。枝葉の陰に隠れて、一人の人物が壁の上に座っていた。見覚えのある、後ろ姿だった。注意して見ないと見落としてしまいそうだった。
トールの目が見開かれる。
ふわりと風が吹いて、トールの頬をなでていった。木々がさわさわと揺れる。
市壁の上に座った人物の、灰色がかった暗い茶色の髪が風に吹かれて舞った。
「…!」
トールは声にならない声を上げた。
その人物がゆっくりと振り向き、トールの方を見た。そして、目尻を下げた。銀色と見まがう瞳には、暖かな光が含まれていた。
「久しぶり、トール。そろそろ、来るかなと思って」
「アーサーさん…!」
トールは思わず声を上げていた。
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