52. 手紙
父さん、母さんへ
お元気ですか。俺は、元気です。
心配かけていたら、ごめんなさい。
この前送った手紙に、騎士団をクビになっちゃったことを書きました。
その時に村に戻るって書いたけれど、もうしばらく、戻りません。ごめんなさい。
詳しい理由は書けないのだけれど、やってみたいことができたんです。
わがままな息子でごめんなさい。でも、言い訳みたいにはなるけれど、俺はまだ村に戻れるほど、強くなれていないんです。
俺は元気にやっているので、心配しないでください。
種まきが終わった頃ですか?父さん、母さんも体調には気をつけて。お姉ちゃんとトーマ、メルにもよろしく伝えてください。
「それ、手紙?」
唐突に頭上に降ってきた言葉にトールはびくりと震えた。慌てて手元を隠す。
ばっと顔を上げると、思った以上にトールが反応したからか、ニコラが驚いた顔で立っていた。
「あ、ごめん、驚かせて。中身は見えてないよ」
「俺も、すみません。こんなに驚いちゃって」
トールはそそくさと書いていたものを隠しながら謝る。見られて困る内容ではなかったが、あまり見られたくはなかった。
「手紙です。実家に送ろうと思って」
「へえ。今日でもう教会から出れるもんね。出すにはちょうどいいね」
「はい」
トールとニコラは、今日で安静期間は終わりだった。トールの体調は、すっかりもとに戻っていた。
「ニコラさん、腕の具合は…」
トールはニコラのなくなった右腕をちらりと見ると、おずおずと尋ねた。
「もう平気だよ。村に戻ってもやってけそう」
「なら、よかったです」
ニコラはどことなく暗いままのトールを見て、呆れたように笑う。
「そんな顔しないでよ。これはトールのせいじゃないんだからさ」
ニコラはぽん、とトールの肩をたたく。
「トールたちがいなかったら、こんなんじゃ済まなかったって。君らに感謝こそすれ、責めたりなんかしないよ」
「…すみません、ありがとうございます」
――気を遣わせちゃったなあ…。
トールは反省した。
「そういえばトールは、この後どうするの?」
「今日はライゼルに滞在して、アシルさんを探そうと思います。その後は、まだ決めてないですね…。ニコラさんは、リノア村に戻るんですか?」
「ああ。トールもアシルと合流したら、一度リノア村においでよ。セシルも言ってたけど、みんな二人にお礼したがってるから」
「…はい。行きますね」
トールはほほえんだ。実際行けるかどうかは、わからなかった。まずはどこにいるかもわからないアーサーを見つけなければならなかった。
――難しいことばっかりだなあ。
トールはそっとため息をついた。
「お世話になりました」
「ありがとうございました」
「いえいえ。貴方がたに、我らが母と精霊の祝福があらんことを」
神官に見送られ、トールとニコラは教会を出た。
「じゃあ、俺はこっちだから。アシル、見つかるといいね。またね」
「はい。いろいろとありがとうございました。また」
ニコラはトールに手を振って、リノア村の方へ歩いて行った。トールはその背を見送る。
――ニコラさん、いい人だったな。
だからこそ、所在なさげに揺れる服の右袖が悲しかった。
トールは町の中心部に歩いて行く。久々に動いたが、思ったよりも体は軽く、トールはほっとする。
以前立ち寄った町よりは、ライゼルは小さな町だった。町の市壁が、中心部からも見えた。
――アーサーさん、どこにいるんだろうな…。
トールはそんなことを考えながら歩いていると、ふと町の掲示板が目に留まった。
――ライゼルにも、アーサー・ラングレットが現れたっていう知らせが来てるんだよな。
トールは掲示板に近寄る。そこには、以前見た新聞記事が貼られていた。
腹の奥がすっと冷えた気がした。
『騎士団が捜索を強化しているみたい』
メアリの言葉が思い出される。
――そりゃ、そうだよな…。
納得すると同時に、焦りがわいてくる。
――早く、アーサーさんと合流しなきゃ。
トールは再び歩き始めようとして、ぴたりと止まった。
――俺、本当にアーサーさんについて行っていいのかな。
アーサーは以前、トールについてきてほしいと言った。しかしその時は、正体を知ってしまったトールを目の届くところにおきたいという意図で言ったのだろう。
『君、本当に、俺と一緒に来ていいの?』
あの問いは、トールを気遣ったものだったのか、それとも遠回しな拒絶だったのか。
もしもあれが拒絶であったのならば、アーサーは正しかったのだろう。ドラゴンとの戦いで、トールはドラゴンに手も足も出なかった。
アーサーは、強い。これ以上ないほどに。そんなすごい人に、騎士見習いをクビになるような実力しかない自分が、ついて行ってもよいものか。
「…」
トールの顔から表情が抜け落ちる。何とも形容しがたい感情が、心の中でぐるぐると渦巻いていた。
――わかってる、俺は平凡な人間だって。
トールはぐっと手のひらを握りしめた。
自分は特別なんかじゃない。アーサーとは違う。わかっていたはずだった。けれども、輝いて見えるアーサーに魅せられてしまった。故郷に戻ることから逃げ続ける選択をしてしまうくらいには。たとえ反逆者であったとしても、アーサー・ラングレットという人物について行きたかった。
トールは頭をぶんぶんと横に振ると、ぱしん、と両手で頬を叩いた。両頬にじんじんと痛みが走る。
――くよくよしてちゃだめだ。ついていくって決めたんだ。悩むなら、どうやって足手まといにならないようにするかを悩む方が、よっぽどいい。
トールはきっと決意を持った目をすると、再
び歩きだした。
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