51. もういない英雄と現れた英雄
セシルとメアリが教会にやって来たのは、翌日の昼頃だった。
「トール!起きたのか!」
「トール君、よかった…!」
部屋に入ってくるなり、セシルとメアリはほっとした表情で声をあげた。
「おかげさまで。ご心配おかけしました」
トールはぺこりと頭を下げる。心配させてしまっていたことが申し訳なかった。
「怪我の具合は?」
「もう全快です。念のため、まだ教会にいるだけで」
それを聞くと、セシルはふう、と息をついた。
「無事でよかった。俺らをかばってトールは怪我をしたようなもんじゃないか。お前に何かあったら、もう、どうすればいいか…」
セシルは心底ほっとしたようだった。セシルの言葉に、メアリもうなずく。
「そんな…。俺が怪我したのは、俺が弱かったせいです。セシルさんたちのせいじゃないですよ」
トールは慌てて言った。セシルたちに責任を感じさせるのは筋違いな気がした。
「セシルさんたちは、怪我とかは大丈夫でした…?」
「ああ。俺たちは軽かったからな。いや、ま
さかドラゴンがいるとは思ってもなかったよ」
セシルはトールのベッドの脇に二つ、椅子を持ってきて座りながら言った。もう一つにメアリが腰かけた。
「ほんとにね。下位の魔物だけだと思ってたのに」
ニコラも近くにやって来て、うなずきながら言った。
「あの森にドラゴンがいるだなんて、聞いたことないよね。どうしていたんだろ」
「今さらな魔王復活の影響、てやつじゃないか?それ以外、考えられない」
ニコラの疑問に、セシルが答える。
トールはそれを、微妙な気持ちで聞いていた。
――魔王の痕跡を使った魔法薬って可能性もあるんだよな…。
しかし、そんなことを言えるはずもなかった。それに、魔王の痕跡を使えるということは、おそらくかなりの機密情報だった。きっと魔王討伐に関わった人や、その手の専門家しか知り得ないことだろう。騎士団にいたトールでさえ、知らなかった情報だ。
トールはそんな情報を知ってしまったことに、今さらぞっとする。と同時に、ふとアーサーの発言を思い出した。強い魔物が出た理由が、魔法薬によるものかと聞いた時の答えだった。
『あるかもね。…そうだったら、いいけどね』
――あれ、どういうことだったんだろう?
いまいちアーサーの発言の真意がわからないトールだった。
「まあ、ドラゴンはアシルが倒してくれたから助かったよ。…けっこう被害も出ちゃったから、騎士団も、いい加減調査に行ってくれるらしいし」
セシルはトールとニコラの怪我をちらりと見て、言った。
トールはぎくりとした。
――え、騎士団?
調査に来てくれることは、単純に嬉しかった。しかし、どこにいるともわからないアーサーのことが気がかりだった。
「騎士団が調査するなら、安心ですね」
トールは自分の笑顔がひきつっていないか不安だった。
「ああ。でもな…。もう起きたことは、戻らないから」
セシルはニコラの方を見ると、気まずそうに尋ねる。
「聞くのが遅くなってごめん。…ニコラ、腕は。手紙には平気って書いてたけど」
「大丈夫だよ。ちゃんと治療してもらえたし、もう左手も慣れてきたし…」
そう答えたニコラの目から、涙があふれてきた。セシルがはっと息を飲む。
「あれ、ごめん、なんか」
ニコラは左腕で涙をぬぐいながら、言った。
「謝んなよ。お前は悪くない。つらくて当然だ。…ごめんな、俺のせいだ。もっと早く村に戻る決断をしておくべきだった」
「セシルだって悪くないじゃないか。俺たち、狩人じゃないのに、セシルはしっかり俺たちをまとめてくれた。ドラゴンのせいだよ。ドラゴンなんかが、いたから」
ニコラの口から嗚咽が漏れる。
「なあ、どうしてドラゴンなんかいたのかなあ。魔王は倒されたのにさ。結界もあったはずなのにさ。なんで、俺、右腕を失くさなきゃいけなかったのかなあ。俺、なにか悪いことした?」
ニコラの口から紡がれる言葉は、トールにずしりとのしかかった。
何か言いたいと思うのに、かけるべき言葉がうまく思い浮かばなかった。
やはり魔物とは、倒さなければならない存在だ。何の罪もない人が、こんなにもつらい思いをしていいはずがない。トールはあらためてそう認識した。
「ニコラ、お前は悪くないよ。お前は村のために頑張ったんだよ」
セシルは痛みをこらえるような表情を浮かべ
ながら、ニコラの背中をなでた。メアリもつらそうな顔をしていた。
「…っ」
ニコラはぼろぼろと涙をこぼした。
「今さらだよ。どうして今頃、ドラゴンなんて現れるんだよ…!もう、英雄はいないのに」
「…っ」
ニコラの一言が、トールにぐさりと刺さる。
――英雄アーサー・ラングレットは、もう、いないことになってるのか。
複雑だった。英雄はまだいるのだと、ニコラたちをドラゴンから救ったのは英雄アーサー・ラングレットその人なのだと、言いたかった。けれども、そんなことは言えなかった。王家への反逆とは、英雄の功績を消し去ってしまうほどに重いものなのかと、トールはアーサーが犯したという罪の重さをしかと感じた。
――アーサーさんが悪かったわけじゃないのに。
トールはぐっと拳を握りしめた。
「本当にそうだよな。…英雄はもういないかもしれないけどさ、アシルがいたじゃないか。トールがいたじゃないか。二人がドラゴンを倒してくれた。英雄は、いたんだよ」
セシルはなぐさめるように、ニコラに優しく言った。
自分は大したことはできていない、英雄だなんて過大評価だ、とトールは言いたかったが、そんな雰囲気でもないのでやめておいた。
しかし、トールはセシルの言葉に嬉しくなった。アシルを英雄だと言ってくれた。アシルとはつまり、アーサーのことだ。アーサー・ラングレットとしてではなくても、アシルとしてアーサーのことを反逆者としてでなく見てもらえるのは、なんだか嬉しかった。
「そうだね。英雄は、いたね」
ニコラは涙をぬぐうと、笑って見せた。目が赤くなっていた。
「ごめん、取り乱しちゃって。トール、ありがとね。俺たちをドラゴンから救ってくれて」
「いえ、そんな…」
トールは手を横に振る。
メアリが申し訳なさそうに口を開いた。
「トール君たちには本当に申し訳ないわ…。あんなに軽々しく頼んでしまって。ジェナスの言う通りだったわ。危険に巻き込んでしまって、怪我もさせてしまってごめんなさい」
メアリがトールに頭を下げる。
「謝らないでください…!俺たちが望んで引き受けたものなので」
トールはおろおろとしながら言う。
「…まあ、アシルさんにかかれば、たいていの危険はなんとかなるので。気にしないでください」
――アーサーさんがいなければ、全滅だっただろうな…。
トールはあらためてアーサーのすごさを実感するとともに、またしても足を引っ張ってしまったことにやるせなさを感じた。
「そう言ってもらえて、ありがたいわ」
メアリは申し訳なさそうに顔を上げつつ、言った。
「そういえば、アシルは?」
セシルが尋ねる。
「俺もわかんないんだよ。後でここに来るって言ってたんだけど、全然現れなくて」
ニコラが首をかしげながら答えた。
「そうなのか…。アシルにもあらためてお礼をしたかったんだけど。トール、アシルがどこにいるかわかったりするか?」
セシルがトールに聞く。
「うーん、俺もわからないです…。でも、きっともうしばらくしたら、ふらっと現れますよ」
トールもアーサーがどこに行ったかは謎だった。思えば以前はぐれた時も、アーサーとは偶然再会できたようなものだった。一方で、アーサーならふらっと現れそうな気もした。
「現れたといえば…」
メアリが思い出したように言う。
「アーサー・ラングレットが、再び現れたそうね」
「え?」
心臓が跳ねた。
「え、そうなの?」
ニコラが驚いてメアリに聞く。
「ええ。今日ライゼルに来て知ったんだけど…。メルベックっていう街に現れたそうよ」
小さい町であるライゼルにも、アーサー・ラングレット出現の報が届いてしまっているらしい。
――アーサーさん。
トールの背中を、嫌な汗が流れた。
「全然知らなかった。大ごとじゃん、それ」
「そうなのよ。だから、騎士団が捜索を強化してるみたい」
メアリの言葉に、トールは焦りがつのる。
――早くアーサーさんと合流しないと。
トールは手のひらをぐっと握りしめた。
「でも、なんでだろうな」
セシルがつぶやく。
「アーサー・ラングレットって、俺たちを魔物から解放してくれた存在じゃないか。文字通りの英雄だ。そんな人が、どうして反逆者になっちゃったんだろうな」
「…」
トールは何も言えなかった。
――アシルの正体がアーサー・ラングレットだって知ったら、この人たちも店主と同じ反応をするのかな。
そんな考えが、トールの頭をもたげた。
トールは、今すぐベッドから飛び出してアーサーを探しに行きたい衝動に駆られた。しかし、それができない自分を恨むことしかできなかった。
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