50. 幸運の偏在
目を開けると、目の前には真っ白な光景が広がっていた。
「…?」
トールは眩しさに目をしぱしぱとさせる。
――何があったんだっけ。
ドラゴンにやられて重傷を負い、アーサーがドラゴンを倒し、無事に結界を抜け出せたところで気絶したことをトールは思い出した。
――今、どういう状況?
トールはがばっと起き上がる。
そこは、ベッドがいくつか並んだ白い部屋の中だった。
「…え?」
トールはベッドの上で呆然とした。
トールは状況がわからず、きょろきょろとあたりを見回す。
「あ、起きた」
声の方向を向くトール。
「…ニコラさん?」
声の正体は、ニコラだった。トールの近くのベッドにいたニコラはトールのベッド横までやってくる。ニコラは小さな椅子をベッド横にひっぱってきて、それに座った。そして、トールのいるベッドの横の小机に置かれた小さなベルを取り、チリン、と鳴らした。
「目覚めてよかったよ」
ニコラはほっとしたように言った。
「ここは…?」
「ライゼルの教会だよ。リノア村の近くの町。結界を抜けて村まで戻った後、俺たち重傷組はここに治療に来たんだ」
ニコラはトールの質問に答えた。
「戻った後…。てことは、みなさん無事に、村まで戻れたんですか」
「ああ」
「怪我をした人は…」
「みんな治療を受けて無事だったよ」
食い気味に尋ねるトールに、少し驚きつつもニコラはほほえんだ。ニコラの右腕の袖は、通された腕はなく所在なさげに揺れていた。
ニコラの右腕は失った部分こそそのままだったが、傷はしっかりと塞がっているようだった。
「よかった…」
トールは安堵してはあ、と息をついた。
「えっと…、俺、どのくらい寝てたんですか?」
「今日で三日目かな」
「そんなに…」
トールは愕然とした。そんなに寝ていたとは思わなかった。
そんなトールを見て、ニコラは呆れた顔をして言った。
「いや…、まずはさ、自分の怪我の心配しないの?」
「え?」
その時、部屋の扉がノックされ、神官が入ってきた。
「何かありま…!」
神官は起き上がっているトールを見て、目を見張った。そしてすぐに、ほっとした顔で胸をなで下ろした。
「目覚められてよかったです。気分はいかがですか?」
「えっと…、悪くはないです」
神官はトールのベッドを挟んでニコラの向かいに椅子を置き、そこに座った。
「ならよかったです。…怪我については?」
神官に尋ねられ、ニコラはまだ何も、と答える。神官はトールに向き直った。
「貴方の怪我はひどかったんですよ。正直なところ、後遺症が残ってしまうほどでした」
トールは固まった。
――そうだ、俺、左腕と肋骨をやられてたんだった。
トールはドラゴンの攻撃を受けた後の途方もない痛みを思い出して震えた。そして、違和感を覚えた。
――あれ、でも、今は痛くないや。
思えば、先刻もベッドから飛び起きることができた。トールはばっと自分の怪我した箇所を見た。いつも通りだった。
不思議そうな顔をするトールに対し、神官は話を続けた。
「ですが、幸運なことに、貴方がたが運ばれてきた日に一級神官がこちらにいらしていたんですよ。その方が治療されたので、貴方の怪我を後遺症なく治すことができたんです」
「…そうだったんですか」
光魔法を司る教会の中には、階級制度がある。軽い怪我を治す下級神官から、重い怪我をも治せる上級神官まで様々いる。小さな町の神官だと下級であることが多かった。一級神官ともなるとかなりの上級である。決して大きくはないライゼルで一級神官に治療してもらえたのは、かなりの幸運だった。トールは自分の幸運に感謝した。
トールは左腕を動かしてみる。感覚がなくなっていたはずの左腕はしっかりと感覚があり、思うように動いた。呼吸も苦しくなかった。シャツをめくってみると、傷跡も残っていなかった。トールは後遺症がほとんどないことにほっとする。
と同時に、右腕を失ってしまったニコラに申し訳なくなってきた。
「ニコラさんは…」
おそるおそる尋ねるトールに、ニコラは少し悲しそうに笑った。
「俺は、もう腕が食われちゃってるからね…。いくら一級神官でも、なくなったものは治せないって言われた」
「そうですか…」
――まただ。
またもや自分だけが助かってしまった幸運の偏在に、トールは不条理さを感じた。
うつむいたトールに、ニコラが慌てて言う。
「でも、君の応急措置がなかったら、もっとまずかったって。ありがとう、助かったよ」
「はい。きれいに処置されていましたので、光魔法を使いやすかったです」
神官も続けて言った。
「なら、よかったですけど…」
トールはニコラの傷を焼いた時のことを思い出し、少し血の気が引く。あの時のニコラのくぐもった叫び声と傷口を焼く感触が、トールの頭にこびりついて離れなかった。
「ところで、痛みはないですか」
神官がトールに尋ねた。
「特には…。あ、でも、少し体が重い気がします」
三日も寝ていたからだろうか、全身がけだるかった。
「痛みはないようで、よかったです。大怪我を治すとなると、光魔法も強力になります。身体への負担が大きいので、まだ身体が重いのでしょう。しばらく安静にしていれば、それもなくなると思います。もう少し、ここに泊まって行ってください」
「ありがとうございます」
トールはぺこりと頭を下げた。
神官はお大事に、と言い残して部屋から出ていった。
「心配したよ。君が一番重傷だったし、三日も起きないから」
ニコラが言った。
「すみません、心配かけてしまって」
「あ、謝ってもらおうとしたわけじゃなくて」
謝るトールに、ニコラは左手を横に振って否定した。
「ちょうど明日、セシルたちがここに来る予定なんだ。俺もまだ入院中だし。トールが起きたって聞いて、みんなも安心すると思う」
トールははっとした。
――アーサーさん、どうしているんだろう。
トールの脳裏に、アーサーの後ろ姿が浮かんだ。
「あの、ニコラさん。俺、結界から出れた後のことを何も覚えてなくて…。あの後、どうなったんですか?アシルさんは…」
トールは不安をにじませながら、ニコラに尋ねた。
「ああ、そうだよね。えっと、アシルは、ライゼルにしばらく泊まるって言ってたよ」
――それは絶対、ない。
ニコラの答えを聞いて、トールは即座にそう確信した。アーサーがわざわざ町に泊まるはずがない。しかし、ニコラが嘘を言っているようには見えなかった。実際に、アーサーがそう言ったのだろう。となると、アーサーはリノア村に泊まらない口実としてライゼルに泊まると言い、実際はどこか別のところに身を潜めているだろう。『アシル』が『アーサー・ラングレット』であるとばれてはいないらしい。
少なくとも、アーサーがうまく隠れられているようでトールはほっとする。
「結界を抜けた後、君が気絶しちゃったじゃん?そしたらさ、アシルがすごい焦って」
「そうだったんですか?」
トールは目を丸くする。
「ああ。まだ比較的動ける人たちで、怪我人連れて大急ぎで村まで戻ったんだ。幸い、魔物と遭遇することもなかったし。いやあ、アシルってすごいね。君を背負ってるのに、走るのすごい速かった」
感心して言うニコラ。
「走りまくったから、なんとかその日のうち
に村まで戻れたかな。その後はすぐに、ここまで送ってもらったよ。さすがに限界だったみたいで、アシルはライゼルに着く前に他の人に君を託してたけど。その時、後からここに来るって言ってた」
「そうだったんですね」
トールは納得した。アーサーは自分の正体がばれるぎりぎりのところまで、トールのために走ってくれたのだ。トールの胸がじん、と熱くなる。
「その後、アシルとは会えてないけどね…。俺が寝てる時に来たのかも」
「そうかも、しれないです」
トールはぎこちなく笑った。アーサーが来るはずはない。
「でも本当に、君は幸運だったよ。こんなライゼルなんて小さな町に、一級神官が来るなんてさ。俺、初めて見たよ」
ニコラは感動したように言った。大きい街に住んでいない限りは、一級神官なんて見る機会はない。
ふと、トールの頭に疑問が浮かんだ。
「…どうして、一級神官が来ていたんですかね」
一級神官が小さな町に来る時は、何かがあった時だ。
「アーサー・ラングレット」に関するものではないかと、トールに不安がつのる。
「たしかに、なんでだろうね?なんか、教会内で何かあったみたいなこと言ってた気がするけど、よくわかんないや」
ニコラは大して気にしていないようだった。
「そうですか…」
教会内のことだとしても、もやもやと浮かぶトールの不安が晴れることはなかった。
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