49. 決着
ストン、とアーサーは静かに地面に着地する。
「…!」
その場にいた全員が目の前で起きたことに驚愕し、言葉を失った。
ドラゴンの首に、一筋の血が流れる。
血の流れた傷口から、ズル、とドラゴンの頭が滑る。
重いものが落ちる音がした。
「…まじか」
誰かが呟いた。
地面には、ドラゴンの頭が横たわっていた。ドラゴンの首は、きれいな断面を残して落とされていた。キラキラと光を反射しながら、黒い鱗が舞い落ちた。
――さすがは、アーサーさんだ。
トールは笑みを浮かべた。半分、呆れも混じっていた。どこまで規格外なんだ、この人は。
「倒したのか…?」
セシルがおそるおそる尋ねる。
アーサーはにこっと笑う。
「うん。もう、大丈夫」
わっと歓声が上がった。
その歓声の中、アーサーはトールのもとへ駆け寄る。
「トール、大丈夫?」
アーサーはトールの前にしゃがむと、真っ赤に染まったトールの左腕と脇腹を見て、顔を歪めた。
「大丈夫じゃ、ないよね」
何か縛るもの、とアーサーは辺りを見回し、トールから借りていた、放り出していたマントを取ってきた。
「ごめんね、トール。これ、破くね」
アーサーは申し訳なさそうに言ってトールのマントを破き、手慣れた手付きで手当てを始めた。
――気にしなくて、いいのに。
トールは何か言いたかったが、口をかすかに動かすので精一杯だった。
セシルらが二人のもとへ駆け寄って来るのが見えた。トールが放り出した怪我人は無事だったようで、誰かが手当てをしている様子が聞こえてきた。
「…トール、ごめんね。こんなつもりじゃなかったのに。君に怪我をさせるだなんて。その上、君に頼っちゃって。俺を助けてくれてありがとう。ごめんね、無理させて。本当に、ごめん」
アーサーはトールの手当てをしながら、謝り倒した。アーサーの声は、泣きそうだった。
「…そんなに、謝らないでください。俺は、役に立てたなら、それで」
トールはかすれる声で言い、アーサーに笑って見せた。一瞬、アーサーの手が止まった。
「まったく、君は…。優しすぎるよ」
アーサーは悲痛さをにじませながらほほえんだ。
「アシル!トールは無事か…?」
セシルらが心配げな顔で二人のもとへやって来る。
「…一応。でも、すぐに教会に連れて行かないと」
アーサーは目を伏せながら言った。
「…ああ。他にも重傷なのが二人いる。早く戻ろう」
セシルの言葉に、ニコラらが困ったような顔をする。
「?…どうしたんだ?」
ニコラらの様子に気付いたセシルが、怪訝な顔で尋ねる。
ニコラが、おずおずと答えた。
「セシルたちにはまだ言ってなかったんだけど…。実は、俺たち、結界の中に閉じ込められてるんだ」
「…え?」
セシルが目を見開く。
「魔物の影響らしくて。ここから、抜け出せない」
「嘘だろ…」
セシルの顔に動揺が浮かぶ。それは他の人にも伝播し、絶望的な空気が漂った。
「…でも、なんとかして抜け出さないといけないだろ。ここにいても何にもならない。何か、考えよう」
セシルは力強く言った。その言葉で、少し絶望的な空気が改善されたように感じられた。
「アシル、何かないかな…?」
助けを求めるように、ニコラがアーサーに尋ねた。
アーサーはトールの傷口に巻き付けていた、包帯代わりの破いたマントをしっかりと結ぶと、立ち上がった。
「…そうだね」
アーサーは曖昧な答えを返すと、ドラゴンの死骸の前に進んでいった。
「?」
突然のアーサーの行動を、ニコラらは怪訝な顔をして見守る。
アーサーは横たわったドラゴンの死骸の前にしゃがんだ。アーサーは一点を見つめ、何かを考えているようだった。
「…一か八かだな」
アーサーがぼそりと呟く。
「?」
アーサーが何か呟いたのはわかったが、何を言ったのかまではトールらにはわからなかった。
ほんの一瞬だけ、トールはアーサーの気配が変わった気がした。得体の知れない感覚がぞわりとトールの背筋を走った。
――アーサーさん…?
まばたきをした後には、先刻の不気味な気配は消えていて、いつものアーサーに戻っていた。他の人は、アーサーの気配の変化に気付いていないようだった。
アーサーはゆらりと立ち上がると、トールらの方を振り向いた。
「一回、結界の方まで行ってみよう。ドラゴンを倒したから、何か変化があるかも」
そう言って、アーサーはにこっと笑った。
アーサーらは結界の境界に向かって歩いていた。なんとも言えぬ不安が漂っていた。
トールはアーサーに背負われていた。アーサーはトールを背負う時に、破いた残りのマントでトールと自身の体を一緒に縛り、トールが落ちないようにしてくれていた。細かなアーサーの優しさが嬉しかった。
一方で、本当に結界から抜け出せるのか、気にかかってもいた。
――アーサーさんは、どうして結界に変化があるって思ったんだろう。
トールは結界の仕組みについてよく知らなかったが、少なくとも重傷を負った中で考えることではなかった。トールは考えることを諦めた。
誰も何も言わぬまま黙々と進んでいると、見覚えのある場所へとたどり着いた。
「…あれ?」
ニコラが辺りを見回して、呟いた。
「ここって、さっきまで来れなかったところじゃない?」
アーサーらの目の前には、ひときわ大きな木があった。ニコラを安全なところへ連れて行こうとしていた時に、たどり着けなかった木だった。
トールは大木を見て目を見張った。
――結界、抜けた感覚はなかったけどな…。
トールは何かを通り抜けた記憶がないことに、少し違和感を覚えた。
――気付かなかっただけかも。
しかし、目の前に大木があるという事実が、トールの違和感を拭い去った。その事実にただただ安心した。
「うん。…抜け出せたみたいだ」
アーサーが言った。アーサーはほっとしたような笑みを浮かべていた。
歓声が一斉に上がる。安堵がひしひしと伝わってきた。
「よかった…!これでちゃんと村に戻れる」
「怪我人も治療してもらえるぞ。早く戻ろう」
村人らは肩を抱き合って喜んでいた。
「アシル、ありがとう。君がいなかったら、ドラゴンにやられて全滅だったと思う。本当に、ありがとう」
セシルがアーサーに言った。泣きそうな笑顔だった。セシルに続いて、他の人らも次々とアーサーにお礼を言った。
アーサーは少し困ったような笑顔を浮かべた。
「いえいえ。…まだ、村にたどり着いたわけじゃないんだ。早く行こう」
アーサーはトールをちらりと見ながら言った。
「そうだな」
セシルはうなずいた。
――もう、大丈夫なんだ。よかった。
トールは村人らの喜ぶ様子を見て、ほっとする。
張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、とたんにまぶたが重くなってきた。ゆっくりとトールの目が閉じられていく。
アーサーにつかまっていた右手の力が抜ける。
「トール?」
アーサーが呼ぶ声が聞こえた。
そこで、トールの意識は途絶えた。
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