48. トールにできてアーサーにできないこと
「トール!!!!」
アーサーの悲痛な叫び声が響き渡る。
「ああ、あ、あ」
全身がどうしようもなく痛かった。もはや痛みとは言えないような痛みが、トールの全身をつんざいていた。
トールは息も絶え絶えに、痛みにあえぐ。
ドラゴンの尾が直撃した左腕は、痛みすらも感じられず、感覚がなかった。間違いなく肋骨は折れていて、息をすることすらままならなかった。トールは吹っ飛ばされ地面に叩きつけられた状態のまま、動けなかった。心臓だけが、バクバクと動いていた。反射的に出てきた涙がトールの視界をぼやけさせた。
ぼやけた景色の中に、呆然としたアーサーが見えた。その表情には、明らかな焦りが浮かんでいた。
――アーサーさんも、あんな顔、するんだな…。
トールは朦朧とする頭でそんなことを思った。
いつでも澄ました顔のアーサーがこんなにわかりやすい焦りを浮かべるのを見るのは初めてで、少し意外だった。
ズシン、と地面が揺れて、トールは恐怖で固まった。
ドラゴンが、トールの方へと向きを変えていた。血溜まりのような瞳に、倒れたトールの姿が映っていて、トールは背筋が凍る。
アーサーの顔がサッと青ざめた。
「トール」
アーサーはトールに向かって駆け出そうとする。が、アーサーに向かってドラゴンの尾が振られた。
アーサーは咄嗟に地面に両膝をつき、上半身を後ろに反らして尾をよける。ドラゴンの尾はそのまま振り抜かれ、近くの木に当たった。鈍い音がした。ドラゴンの尾が直撃した木の幹には、大きなへこみがついていた。
――アーサーさんは、よけれちゃうのか…。
トールは造作もなくドラゴンの尾をよけたアーサーを見て、自身に対するなんとも言えない落胆を感じた。常人技じゃない、と突っ込むほどの精神的な余裕は残されていなかった。
――俺、また、足手まといになるのか。
トールに悔しさがこみ上げる。
トールは思わず、アーサーに向かって言っていた。
「俺は、大丈夫ですから…!まだ、動けます…!」
言うと同時に、痛みが駆け巡る。トールは無理やり笑顔を作った。
本当は、大丈夫なんかではなかった。動けそうにもなかった。
けれども、弱音を吐きたくはなかった。
アーサーはトールの言葉を聞いて、驚いた顔をした。トールの本音に気付いているのか、灰色の瞳がこぼれ落ちそうなほどに目を見開いたアーサーは、顔を歪めた。
ドラゴンは相変わらず、トールのことを見ていた。真っ赤な目に射竦められるトール。動かなければと思うのに、ドラゴンに見つめられた恐怖と打撃のどうしようもない痛みで、トールは動くことができなかった。
ドラゴンがゆっくりとトールの方へ近付いて来た。トールはビクッと震えた。心臓が早鐘のように打っていた。
アーサーははっとしたような顔をする。そして一瞬、その顔に躊躇いを垣間見せた。
アーサーはつらそうに笑った。
「トール…。一瞬でいいんだ。ドラゴンの隙を作れる?」
トールは目を見開く。思わず笑顔があふれた。
「もちろんです…!任せて、ください」
アーサーが頼ってくれたのが嬉しかった。足を引っ張るだけにならないのが救いだった。しかし、トールの絶望的な状況が好転したわけではなかった。
迫り来るドラゴンの迫力に、トールは押し潰されそうになる。ドラゴンがトールを殺すまでのタイムリミットは、もうすぐそこだった。極限の状況下で、とてつもない恐怖に屈しそうになりながらもトールは必死に思考をめぐらせる。
――ドラゴンが俺に注意を向けているんだ。こんなチャンス、無駄にできない。アーサーさんにつなげなきゃ。
トールはドラゴンを見る。ドラゴンの真っ赤な目と目があった。ドラゴンが唸り声を上げる。その衝撃が、ビリビリと伝わってきてトールの背筋が凍った。
――アーサーさんで無理なのに、俺にできるわけが…。
対峙したドラゴンとの圧倒的な力の差を前に、トールは弱気になる。恐怖で瞳が揺れる。
ふと、トールは先刻の自身の発言を思い出した。
『アシルさんが魔法を使えたなら、話は少し変わってくるんですけど…』
――あれ、待てよ。
トールははっとした。
――ある、ひとつだけ。俺にできて、アーサーさんにできないこと。
トールは力の入らない手に精一杯の力を込める。右手を震えながらもなんとか前に出した。
勝算はなかった。こんなことを試みるのは、トールは初めてだった。上手くいかない可能性の方がはるかに高かった。それでも、やるしかなかった。
トールはちらりとアーサーの方へ視線を向ける。アーサーは心配げにトールのことを見ていた。アーサーが動けば、ドラゴンはアーサーを攻撃するだろう。その際にトールがドラゴンに踏み潰されることは目に見えていた。だからアーサーは動けなかった。しかし、アーサーがいつでも動ける体勢にあることを、トールは見て理解していた。
トールは右手の先に集中する。
ドラゴンの顔が、前に出したトールの右手の延長線上に来た。
「"ライト"」
トールは呪文を唱えた。
その瞬間、ドラゴンの両目の周りにまばゆい光が瞬いた。
ドラゴンは突然自身の視界を覆った光にたじろぎ、動きを止めた。
その一瞬を、アーサーは見逃さなかった。
アーサーは近くの木の幹を駆け上がり、空へと飛び上がる。
「すみません、このくらいしか…」
トールは杖なしで上手くいったことに安堵しながらも、アーサーに呟くように謝った。
「最高だよ、トール」
両手で握った剣を振り上げながら、ドラゴンの頭上へと飛び上がったアーサーはにやりと笑う。
そして、落下の勢いとともに、アーサーはドラゴンの首へと剣を振り下ろした。
アーサーの一閃が空を引き裂いた。
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