46. アーサー対ドラゴン その2
――疲れた…。
トールはゼーゼーと息を上げて、地面にへたり込んでいた。
ドラゴンの咆哮が響きわたる中、ドラゴンが暴れるせいで飛んでくる木の幹やアーサーが攻撃することで刃のように飛び散るドラゴンの鱗をかいくぐりながら残された村人らを助けに行くのは、なかなかに厳しい仕事だった。
トールは間一髪で飛んでくる幹や鱗を避け、なんとか村人二人を他の村人らが集まっているところまで連れて来ることができていた。
「大丈夫か…?」
心配げにセシルが尋ねてくる。
「…大丈夫です。アシルさんが、ドラゴンを食い止めてくれてるので」
トールは息を整えながら答える。
トールが村人らを助けに行くことができたのは、アーサーがドラゴンと戦ってくれているからこそだった。アーサーが気を配るのが一ヵ所で済むように、トールは早く村人らを全員集めたかった。
「よく、こんな中を逃げてましたね…」
トールはセシルにしみじみと言った。誰もドラゴンを食い止めてくれない状況で何日間も逃げ回れていることは尊敬に値した。
「ずっと逃げてたわけじゃないんだ。ニコラたちが逃げれた後、近くに洞窟を見つけてさ。ドラゴンが入れないくらい小さかったから、そこに逃げ込んでやり過ごしていたんだ。…食料が尽きて洞窟から出たら、このざまだ」
セシルの言葉に、トールが先程連れてきた二人がうなずく。そういうことか、とトールは納得した。
「そうだったんですね…。ちなみにそこって、この人数入りますか?」
「入ると思う」
「なら、全員集まったら、そこへ行きましょう。もう一人ですよね。連れてきます」
回復してきたトールは立ち上がろうとした。
その時、ものすごい勢いでアーサーがトールらの方へ吹っ飛んで来た。
「うわ!」
驚いて思わず叫び声を上げるトール。セシルらも、突然のことに驚いていた。
アーサーはトールの手前で後方に宙返りすると、吹っ飛んだ勢いを殺して華麗にトールの隣で着地した。アーサーの身のこなしにも驚く。
「何が…」
「来ないで」
動揺するトールの言葉をさえぎり、アーサーはドラゴンの方へと飛び出して行く。
どうやらアーサーはドラゴンに吹っ飛ばされたようだ。
再びドラゴンへと向かっていくアーサーの後ろ姿を見て、トールは一抹の不安を覚えた。
「アシルって、絶対に実力者だろ?飛竜の群れを一瞬で片付けてたし。ドラゴンも、なんとかなるんじゃ…」
一人が期待のこもった声で言った。
――やっぱり、そう見えるのか…。
そう思いながら、トールはふるふると首を横に振った。
「…たぶん、厳しいです」
「そうなのか?」
眉間にしわを寄せて言うトールに、意外そうな反応が返ってくる。
トールは騎士団の見習い時代、魔物の種類と特性については叩き込まれていた。それゆえに、ドラゴンを倒すことがいかに難しいか知っていた。
「ドラゴンって、一発で首を落とさないと、倒すのは難しいんです。魔力があるから、回復してしまうので。でも首は高いところにあるし、しかも鱗が硬いから、ちっとやそっとじゃ刃が通らない。いくら―」
――いくら英雄アーサー・ラングレットとはいえ、一人でドラゴンを仕留めるのは厳しいんじゃ…。
トールは口に出かけたことを、慌てて飲み込む。『アシル』がアーサー・ラングレットであるとばれてはいけなかった。
アーサーが一人でドラゴンを仕留めるのは、トールから見れば高望みが過ぎた。
そもそも、ドラゴンは一人で倒せるものではない。騎士団でさえ、被害なしでは済まないのだ。それでもアーサーならば倒せるのでは、とトールですら思えてしまうのは、魔王討伐パーティーがたった四人で数多くの上位の魔物を葬ってきたからだろう。しかし当時は、四人もいたのだ。それも、実力者が。
けれども今はアーサー一人だった。
――四人と一人じゃ、話が違う。
トールは唇を真一文字に引き締めた。アーサーはいつも、涼しい顔で魔物を倒していた。しかし、今はどことなく余裕がないように見えた。
「そうなのか…」
青年は落胆して言った。
「アシルさんが魔法を使えたなら、話は少し変わってくるんですけど…、それでも厳しいです」
騎士の中でも、一人で強い魔物と渡り合えるような規格外な人物もいないわけではなかった。しかし、魔法が使えることが暗黙の前提だった。
――俺がもっと、強ければ…。
トールは自分のふがいなさに悔しくなる。
アーサーはドラゴンの繰り出す攻撃を見事にさばききっていた。辺りに飛び散った赤い血は、ドラゴンのものだった。端から見れば、アーサーの優位に見えるだろう。
――アーサーさん…。
トールは神妙な面持ちでアーサーの戦う姿を見つめた。
トールはその奥に、村人が一人残っているのを見つけた。その場から動けないようだった。
――そうだ、あと一人、連れて来なきゃ。
トールははっとしてその場から駆け出した。
木々の間を抜けてその人のもとへたどり着くと、トールはその場に立ち尽くしてしまった。
――嘘だろ。
その人の足は、血だらけだった。ドラゴンに踏まれたのか、あらぬ方向へ曲がっていた。
トールの心臓が跳ねる。
「っ、大丈夫ですか!」
「う…」
トールは怪我人の肩を揺さぶり尋ねたが、彼はかすかにうめき声を上げただけだった。
大丈夫であるはずがなかった。
「…っ」
トールはシャツの裾を破き、近くに落ちていた枝を添え木にして怪我人の足に縛り付けた。
――どうしよう。
トールは状況のまずさに冷や汗を流す。
残り一人は、足を怪我していて動けなかった。そしてトールらがいる位置は、ドラゴンを挟んでセシルらのちょうど反対側だった。つまり、トールは怪我人を背負ってドラゴンを迂回し、木や鱗やドラゴンの攻撃が飛んでくる中をセシルらのところまで戻らなければいけなかった。
――無理だ…。
トールはミッションの困難さに音を上げたくなる。
ふと、アーサーが必死にドラゴンを食い止めているのが目に入った。
トールは息を飲む。
――無理だ、じゃない。俺がやらなきゃ。
トールは覚悟を持った目をすると、怪我人を背負う。
トールはそろそろと後ろへ下がると、なるべくドラゴンの視界に入らないよう、木々の間を移動して行った。
半分ほど進んだ時だった。
ギョロリと、ドラゴンの真っ赤な瞳がトールらの姿をとらえた。
トールの喉が恐怖でヒュッと鳴った。
アーサーが焦る顔が、視界の端で見えた。
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