45. アーサー対ドラゴン その1
たどり着いた場所の中心にいたのは、ドラゴンだった。
ドラゴンは後ろ足で立ち上がれば、周囲にそびえ立つ木々と同じくらいの高さはありそうだった。真っ黒な体表の鱗がギラギラと輝いて不気味だった。動かした大きな羽が突風を生み、トールたちは飛ばされそうになる。
ドラゴンの近くには、四人の青年がいた。全員全身傷だらけだった。ドラゴンから逃げようとしているが、ドラゴンの攻撃に阻まれ近くを逃げ回るので精一杯なようだった。地面には所々に赤い血が飛んでいた。
「みんな…」
目の前の光景に、ニコラが震える声で呟く。
ドラゴンと戦っていた金髪の青年がニコラらに気付き、目を見開いた。
「お前ら…!何で戻って来たんだ、逃げろ!」
金髪の青年はニコラらを見ると、切実な顔で叫んだ。
その時、金髪の青年の背後に黒い影が伸びた。
「!」
青年は背後を見てしまった、と顔に焦りと恐怖をにじませた。トールらも危険な状況にその場から飛び出しそうになる。
ドラゴンの前足が振り下ろされた。青年はぎゅっと目を瞑った。大きな爪が地面を削る。
「あーあ、やっぱり切れないや。ドラゴンは硬いね」
アーサーの残念そうな声が響いた。
金髪の青年の前に、アーサーがすっと立っていた。左手に持った短剣の刃がこぼれていた。
金髪の青年にドラゴンが前足を直撃させる寸前、アーサーが駆けつけ、短剣でドラゴンの前足の軌道をずらしたのだった。地面には黒い鱗が数枚落ちて、キラキラと光っていた。
おそるおそる目を開けた金髪の青年は、ぽかんとしてアーサーを見つめた。
「もしかして、君、セシル?」
見つめられたアーサーは、青年の方を向くと首をかしげて尋ねた。
「…!ああ、俺がセシル・リーナスだ。あなたは…?」
セシルは自分の名を言い当てられたことに驚きながら、アーサーに尋ねる。
その時、ドラゴンが唸り声を上げてアーサーとセシルに牙を向いた。ビクッと震えるセシル。
アーサーは全く後ろを見ずに、短剣を後ろ側に投げる。アーサーに投げられた短剣はまっすぐにドラゴンの方へと飛んでいき、ドラゴンの顎の下の柔らかい部分に刺さった。ドラゴンは悲鳴を上げて少し後ろに下がり、悶える。
唖然とするセシルに、アーサーが言う。
「手短に話すね。俺はアシル。ジェナスに助けてくれって頼まれて、あっちにいるトールと一緒にここに来たんだ」
アーサーは少し離れたところで見守っていたトールに目をやる。
「ジェナスが…」
セシルはジェナスの名を聞いて目を見開きつつも、嬉しそうな表情を見せた。
ズシン、と衝撃がアーサーたちを襲う。ドラゴンがアーサーの投げた短剣を振り落とし、アーサーとセシルの方へと歩みを進めていた。セシルの瞳が揺れる。
「セシル、借りるね」
アーサーはセシルから剣をもぎ取り、ドラゴンに向けてすっと構えた。
「?ああ」
手の中から消えた剣に戸惑いつつも、セシルは快く答えた。
「トール、頼むね」
「はい」
アーサーの頼みに、トールはうなずく。
「ありがとう」
アーサーはトールに向かってにこっと笑うと、ドラゴンに向き直った。そして次の瞬間、アーサーのまとう雰囲気ががらりと変わった。
「…っ」
トールらに、アーサーから放たれる圧がビリビリと伝わってくる。
アーサーは薄く笑みを浮かべ、その灰色の瞳は真っ直ぐにドラゴンを見据えていた。瞳には、不気味な銀色の光が宿っていた。アーサーの放つ殺気は、あてられた者全員に死を想起させた。触れてはいけない何かが、心臓をつかんだように感じられ、背筋が凍る。ニコラらは死の淵でも見たかのように、ガタガタと震えていた。
「あ…」
もっとも間近で殺気を受けたセシルは、これ以上ない恐怖を顔に浮かべてアーサーから後ずさる。足がもつれ、セシルは地面へと崩れ落ちた。
トールはアーサーから目が離せなかった。目を反らせば襲われる未来が確定しているような、魔物と目があってしまった時のようだった。それよりもはるかに恐ろしかった。
今までも、トールは怖いアーサーを何度か見てきた。しかし、それらがいかに子供騙しであったかを、トールはひしひしと実感していた。
誰もが恐れるドラゴンが、アーサーを恐れていたのだ。
ドラゴンはじり、と後ろへ後ずさった。明らかにアーサーを恐れていた。目こそ反らしていなかったが、赤い瞳からは先刻までの凶暴な光は消え失せていた。そこに浮かんでいたのは、紛れもなく恐怖だった。
少しずつ後ずさるドラゴンに向かって、アーサーが歩みを進める。
緊張した沈黙が、アーサーとドラゴンの間に横たわる。アーサーの地面を踏む音が妙に大きく聞こえた。
トールたちは、その場で見ているしかなかった。そもそも、全員アーサーの殺気にあてられ動けなかった。
ドラゴンの間合いに入るか入らないかというところで、アーサーが剣を振りかぶりドラゴンの頭めがけて飛び出した。
それを見た瞬間、トールは身体が動いていた。何をしなければならないか、無意識的にわかっていた。アーサーの殺気から解放されて身体が軽く感じた。トールは走り出した。
一瞬、ドラゴンの視線がトールに向いた。しかし、ドラゴンは目の前に迫る得体の知れない存在を無視することはできなかった。
アーサーはドラゴンの首元めがけて剣を振ろうとした。その時だった。
ドラゴンは唸り声を上げながら口を大きく開けた。
アーサーの目の前に鋭い牙と大きな口が迫る。
「っ」
アーサーはドラゴンの牙を蹴り、横に跳ぶ。
ドラゴンは空を噛んだ。
アーサーはドラゴンの側方の地面に着地する。ドラゴンは突如消えた敵を探していた。
トールはセシルのもとに駆け寄る。
「こっちです、逃げましょう」
トールはセシルの腕をつかみ、立たせようとする。
「ああ…」
目の前で起きたことに呆然としているセシルは、視線を目前から動かさず、漫然と答えた。
トールはセシルの手を引き、ニコラらがいるところまで走って逃げる。その間にも、アーサーはドラゴンに向かって行き、トールとセシルが逃げられるようにしていた。
「セシル!」
ニコラらのいるところに着くと、ニコラらが心配と安堵を浮かべながらセシルのもとへとやって来た。
「みんな…」
セシルもほっとしたような表情を浮かべる。そしてはっとして、トールに向き直った。
「すまない、礼が遅れて…。助けてくれてありがとう」
セシルはトールに頭を下げた。
「いや、俺はたいして…。まだ、他に人はいますか」
トールは複雑な表情をしながら、セシルに尋ねる。
「あと三人、残ってる」
セシルは顔を伏せた。
「わかりました。セシルさんとみなさんは、ここで待っててください。全員集まり次第、ここから離れましょう」
「わかった」
セシルらがうなずくのを見ると、トールは再びドラゴンの暴れる草むらへと走り出して行った。
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