43. 迷子ってわけじゃないけど
三人は、今朝までアーサーとトールが野宿をしていたところに向かっていた。そのはずだった。
「ねえ、トール」
「はい」
アーサーはニコラに聞こえないように、声を落としてトールに話しかけた。トールも小声で答える。
「ここ、さっきも通ったよね?」
「…通りました」
「ここ通るの、三回目な気がするんだけど」
「間違ってないと思いますよ。俺もそう思ってました」
「…」
「…」
アーサーとトールは沈黙した。ニコラはまだ気付いていないようなのが救いだった。
「あの木に向かえばいいはずだよね」
アーサーはひときわ大きい木を見る。ジェナスの話にも出てきた、野宿していた場所からも近い大木に向かって、三人は進んでいた。
「はい。ずっと向かってるはずなんですけど…」
その時、大木が見えなくなった。
「!」
アーサーとトールは目を見張る。
大木は、見えなくなったのではなかった。遠ざかって、他の木に隠れていた。
トールはおそるおそる言う。
「…今、大木から遠ざかりましたよね」
「うん。…ここも、さっき通ったところだよ」
アーサーが周りを見て言う。
二人は顔を見合わせた。嫌な可能性が、二人の頭の中をめぐっていた。
「…あのさ」
ニコラの声に、二人はギクッとする。
「ここ、さっきも通った気がするんだけど…。気のせいかな?」
ニコラが不安げに尋ねた。
――終わった…。
トールはなんと言えばよいかわからず、アーサーを見る。
アーサーは困ったようにほほえみながら言った。
「ごめん、悪い知らせなんだけど…。俺たち、ここから抜け出せなくなっているみたいだ」
「えっ…?」
それを聞いて、ニコラがうろたえた。
「それって、どういう…?」
「実は、もう、ここを通るの三回目なんだ。あの大木に向かって進んでたんだけど、一定のところまで行くとここに引き戻されてる」
「そんな…」
ニコラの顔から血の気がすっと引いた。
「だから、安全なところに連れてくのはできなくなっちゃった。ごめん、一緒に来て」
アーサーが申し訳なさそうに言う。
「いや、謝らないでよ。助けてくれてるだけでありがたいんだ。…足手まといにならないように頑張るよ」
ニコラは弱々しく笑った。
「ニコラさん…」
トールはニコラを見つめた。
「さてさて、そしたらニコラとはぐれた人たちを探そうか」
アーサーはにこっと笑って言った。トールとニコラは頷き、三人は森の奥へと歩いて行った。
しばらくした頃だった。
アーサーの眉がぴくりと動いた。アーサーが立ち止まる。
トールも嫌な気配を察した。首筋がぞわりとする。
「…ニコラ、俺から離れないで」
「…?わかった」
アーサーの鋭い声に、ニコラは怪訝な顔をしながらもアーサーの後ろに立った。アーサーは短剣の柄に左手をかける。
「トール、気付いてる?」
「気付いてます」
トールは言いながら、剣を抜いた。スラリと、剣を抜く音が響く。
「ならよかった。そっちは、頼むね」
「…っ任せてください」
トールは剣の柄をしっかりと握り直しながら、にやっと口角を上げた。トールはアーサーに任されて、緊張とともにやる気がみなぎってきた。
三人の周りを、何かがぐるぐると動いていた。木々に隠され、何がいるのかわからなかった。
ニコラは不安げに、自分たちの周りを動くものをきょろきょろと見ていた。アーサーは何がいるのか既にわかっているようで、目線を少し動かす程度だった。トールは緊張しつつも真剣な面持ちで、何がいるのか必死に目で追っていた。
トールの瞳に、トカゲに似た尾が空中を通過するのが映る。
――わかった。
トールはぐっと剣を握る。
「来るよ」
アーサーが言うとともに、木々の隙間から一斉に翼のある魔物が大量に飛び出てきた。
「…!」
中位の魔物である飛竜の群れだった。二本足で、足には翼がついている。トカゲに似た尾をはためかせながら、飛竜は三人の周りをぐるぐると飛び回った。
一匹がニコラに向かって飛び出す。ニコラは思わず左腕で顔を覆った。
アーサーが左手を動かす。人の腕と同じくらいの体長しかない飛竜は、腹を一直線に切られ、悲鳴をあげながら地面に落ちた。次々とやってくる飛竜を、アーサーは涼しい顔で切り落としていく。それを、ニコラが呆気にとられて見ていた。
トールの方にも、飛竜が向かってきた。
牙を向いた飛竜の喉元めがけて、トールは剣を突き刺す。上手く刺さり、飛竜は悲鳴を上げて地面に落ちる。息つく間もなく、別の飛竜が複数、トールに噛みつこうとしてくる。
トールはすんでのところでよけながら、飛竜を切っていった。
「トール、上」
アーサーの声が聞こえた。トールは反射的に上を見ると、飛竜がトールめがけて真っ逆さまに飛び下りて来ていた。
「!」
トールは地面に転がり、間一髪で飛竜をよける。飛竜は地面に激突する瞬間に向きを変え、地面に転がったトールの方へ変わらぬ勢いで飛んできた。
トールは飛び上がると、そのままの勢いで体をねじり、低空飛行をしている飛竜を上から突き刺した。手応えがあった。
トールは地面に着地すると、飛竜から剣を引き抜いた。
「助かりました」
トールはアーサーに言う。ニコラを守りながら飛竜をさばきつつ、トールにも目を向ける余裕があるアーサーに頭が下がった。
「いえいえ」
アーサーはにこっと笑った。
「うわあ!」
「?」
そう遠くないところから、悲鳴が聞こえてきた。トールはばっと声のした方向を向く。その方向に、飛竜も集まっているようだった。
「…みんなの声だ」
ニコラが呟いた。それを聞いて、トールはアーサーに言う。
「アシルさん、俺、あっち行きます!」
「わかった。俺たちも追うね」
トールはアーサーの返事を聞くと走り出した。
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