42. ニコラ
「誰だ…?」
青年は、突然現れたアーサーとトールを見て、恐怖の色をにじませながら呟いた。
なくなった青年の右腕は、布が巻かれて止血はしてあったが、まだポタポタと血が垂れていた。額には、脂汗がにじんでいた。
「…っ、大丈夫ですか!」
トールは青年のそばに駆け寄り、しゃがむ。
青年はビクッと震え、少し後ずさった。
「あ…。突然、すみません。俺たちは、ジェナスさんに頼まれてここに来ました」
怖がらせてしまったことに気付き、トールは慌てて言った。
「ジェナスに」
青年は目を見張った。そして、安心したように顔をゆるめた。
「…これ、手当てさせてもらってもいいですか」
「あ…、頼みます」
青年は軽く頭を下げた。
トールは右腕の布を外すと、切断面の少し上できつく布を絞め直した。
「…これ、焼かないとまずいんじゃない?」
傷を見たアーサーが言った。
「そうですよね…」
トールは一瞬戸惑った。
「俺がやろうか?」
アーサーがトールをのぞきこむようにして尋ねた。トールのことを見透かしているようだった。トールはごくりと息を飲んだ。
「いや、俺がやります」
そう言うと、トールは懐から杖を取り出した。
「傷、焼きますね」
トールは神妙な顔で青年に言う。青年はおそるおそる頷いた。
「口、開けて」
「?」
アーサーの言葉に、青年ははてなを浮かべながら口を開けた。そこに、アーサーは布を突っ込んだ。
「!」
「舌噛むといけないから。耐えてね」
驚く青年に、アーサーはほほえんで言った。
「アシルさん、ありがとうございます」
「いえいえ」
トールのお礼に、アーサーはこてん、と首を傾けた。
トールはふう、と息をつくと、杖先に集中する。
「"フレイム"」
トールが呪文を唱えると、杖先にぽっと炎があがった。
「…!」
青年は驚いたように杖先の炎を見つめた。
「…焼きます」
トールの言葉に、青年はぎゅっと目をつむった。
トールは杖先を傷口に近づける。ジュッという焼ける音がした。
青年がくぐもった悲鳴を上げる。トールは思わず顔を歪めた。
トールは唇を噛み締めながら、なんとか傷口の全体を焼ききった。
「終わりました。…ありがとうございます、耐えてくれて」
トールは青年に言った。どっと疲れがトールを襲った。変な汗が流れていた。
アーサーが青年の口から布を取り出す。
「いや…。こちらこそ、ありがとう。自分じゃ無理だったから...」
息があがったまま、青年は言った。
「俺、ニコラっていいます。君らは…?ジェナスに頼まれたって言ってたけど…」
ニコラは名乗ると、おそるおそる尋ねた。
「俺はアシル。で、こっちはトール。森で迷子になってたらジェナスと出会って、君らが取り残されていることを聞いて。それで、君らを助けてほしいって頼まれて来たんだ」
アーサーが説明する。
「そうか…。ジェナスは、無事だった?」
「うん。痕は残ったけど、ちゃんと傷も治ってるよ」
「よかった…」
ニコラは安堵して息をついた。
「ところで、この怪我はどうしたの?」
アーサーが尋ねる。
「ああ、これ…」
ニコラはなくなった右腕に目をやる。
「…ドラゴンが出たって話は、ジェナスから聞いた?」
ニコラの質問に、アーサーとトールはうなずく。
「ジェナスを逃がした後、俺らもドラゴンから逃げようとしたんだ。でも、無理で。ドラゴン強すぎるんだよ。ちっとも逃げる人を見逃さないんだ」
ニコラは思い出したのか、ぶるっと震えた。
「俺は、何人かとなんとか逃げきれたんだ。だけど、たぶんまだ残りのやつらはドラゴンの近くにいて…。俺らじゃドラゴンには到底敵わないから、助けを呼ぼうとして村へ戻ろうとしてたんだ。でも他のやつとはぐれちゃって。一人でいるときに、小ドラゴンと遭遇して、右腕を食われたんだ…」
ニコラの瞳が揺れる。
「…逃げきれて、よかったです」
トールは声をかけた。右腕だけで済んだのが幸いだったと思えてしまうのが、なんだかつらかった。
「そっか。…それじゃあ、まだ奥に他の人が残っているんだね」
アーサーの言葉に、ニコラはこくりとうなずいた。
「どのくらい前にはぐれたの?」
「一日くらい前かな」
ニコラは少し考えながら答えた。
「なら、まだ近くにいるかも。早いうちに探しに行った方がいいね。行こうか、トール」
「はい」
トールは返事をする。
「ニコラさんは、どうします…?一緒に来るか、それとももう少し安全なところで待ってるか」
トールはふと気付いて、尋ねた。右腕を失う大怪我だ。本当なら村まで戻った方がいいのだろうが、そうするにはアーサーかトールが付き添わないと危険なので、難しそうだった。アーサーとトールが野宿をしていた場所なら、魔物もほとんど出ず、比較的安全なはずだった。
「…本音を言うと、俺、もう、ここにいたくないんだ」
ニコラは震える左手で包帯の巻かれた右腕を押さえる。
「情けないけど、怖いんだ。もう、二度とあんな目に遭いたくない。みんなが残ってるのに逃げることになるけど…。安全なところにいたい」
ニコラの瞳に涙があふれる。
「…つらかったですよね」
トールは言った。仲間とはぐれて、腕を失って、いつ出るともわからない魔物に怯えながら一人で逃げなければならないだなんて、想像しただけで耐えられなかった。
アーサーがニコラの背中をぽん、となでる。
「とりあえず、まずは安全なところへ行こうか」
アーサーがほほえんだ。
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