41. 気になること
「アーサーさん、偽名、変えたんですね」
二人に声が聞こえないところまで来ると、トールはアーサーに言った。
「うん。『アース』はもう、アーサー・ラングレットだってばれちゃったからね」
そう言ったアーサーは、少し悲しそうに見えた。
「そうですね…。これからは、二人の時以外はアシルさんって呼びますね」
「うん、お願い」
にこっと笑うアーサー。
トールはもう一つ、疑問に思っていたことを聞いてみた。
「アーサーさん、今さらではあるんですけど…。これ、受けても大丈夫だったんですか?」
以前、『深入りするのは、よくない』と言っていたアーサーが、村人たちを助けるのを引き受けたのは、トールは少し意外だった。
「あはは、だって、トールが助けたそうな顔してるから」
笑いながら言うアーサー。
「え、俺が理由ですか」
そういえば、引き受ける直前、アーサーはトールの顔をじっと見ていた。トールがどうしたいのかを見ていたのだと、トールは今更気付く。
「それだけじゃないけどね。ちょっと気になることもあるから」
「…?」
――なんのことだろう。
トールは騎士団がまともに取り合わなかったことが気になっていたが、アーサーは何が気になっているのか、トールは気になった。
「…まあ、別に助けなくたっていいんだけどね。自ら危険に足を突っ込むようなものだし」
言い訳をするかのように、アーサーは言葉を続けた。やはり危険だとはアーサーも思っているのだとわかって、トールは少し複雑な気持ちになる。
「でも、大切な人が死んじゃうのは、悲しいでしょ」
うっすらとほほえんだアーサーの表情は、意味深長だった。
「…そうですね」
トールも思うところがあった。
アーサーはトールの方を見た。
「ねえ、トール。俺も一つ、君に聞いていい?」
「? はい。なんですか?」
トールは首をかしげた。
「トール、中位の魔物が出ても引き返さなかったってジェナスが言ってた時、すごく怒ってたよね。あれ、どうして?」
「それは…」
トールはなんて言おうか迷った。アーサーにも、まだ全てを言える勇気はなかった。
「実は、昔、中位の魔物に遭遇したことがあって…。その時、俺は姉に怪我を負わせてしまったんです。それをちょっと、思い出してしまいまして…」
はは、と笑いながら、トールは頭をかいた。
そんなトールを、アーサーは静かに見守っていた。
「そっか。…それは、つらかったね」
「…はい」
アーサーの気遣いの言葉が、トールに熱いものを込み上げさせた。深くは聞かないでくれることが、ありがたかった。
トールは気を紛らわせるように、話題を変えた。
「そういえば、どうしてリノア村では下位の魔物が大量発生したんですかね?」
「うーん、二つの可能性があるかな」
トールの問いに、アーサーは指を一本立てた。
「一つ目は、何らかの原因があって下位の魔物が増えた可能性。マックさんらの村がこれだね」
マックらの村は、ロベルトと円卓の契約のせいで、魔法薬によって下位の魔物であるホーンラビットが増殖していた。
トールはホーンラビットが増える図を思い浮かべた。
アーサーはもう一本、指を立てる。
「二つ目は、上位または中位の魔物が増えたか移動したかしたせいで、下位の魔物が押し出された可能性。この二つだね」
トールは、今度はドラゴンと大トカゲがホーンラビットを追いたてている図を思い浮かべた。
アーサーは頭を少し傾けた。どっちだと思う、とトールに問いかけているようだった。
「…今回は、二つ目ですかね」
トールは少し考えながら答えた。
「お、どうして?」
「ジェナスさんたちは、結界魔法が張られているはずなのに、中上位の魔物に遭遇していました。結界魔法は、中上位の魔物を閉じ込めます。それなのに遭遇したということは、中上位が増えすぎて結界魔法がキャパオーバーしてしまったのかな、と。結界魔法から脱した中位の魔物に押し出されて、本来なら森の中から出てこないはずの下位の魔物が村まで出てきてしまったんだと思います」
魔物は一般的に、自身より上位の魔物の縄張りには入らない。それゆえに、中上位の魔物が増えたり移動したりすると、下位の魔物が押し出されるという現象が起きるのだった。
しかし、魔王が討伐され、全体として魔物が減った現在ではなぜそれが起こったのかは謎だった。
「…なるほどね」
アーサーは何か考えながら答えた。
「…強い魔物が現れたのは、魔法薬のせいっ
てことはありますか?」
トールは尋ねた。マックらの村のように、円卓が何か一枚噛んでいるのかもしれなかった。逆に、トールはそれ以外ドラゴンが出現した理由が思い付かなかった。
「あるかもね。…そうだったら、いいけどね」
――いいのかな?
昨日から意味深な反応が多いアーサーに対し、トールは首をひねった。
しばらくした頃。
ジェナスらが下位の魔物を狩っていたおかげか、アーサーとトールは大して魔物に遭遇せずに森の奥まで進むことができていた。
「全然、魔物に遭遇しないね」
「ですね。いいことですけど」
かなり奥の方まで来たはずだった。にもかかわらず、魔物に遭遇しないことはむしろ不気味でさえあった。
トールは食事に使ったたき火を片付けながら、ふと遠くに目をやり、はっとした。
「あの、アーサーさん」
「ん?」
アーサーがトールの方を向く。
「あれって、ジェナスさんが言ってた、最初に大トカゲが出た時に集合場所になった木なんじゃ…」
トールの視線の先には、ひときわ大きな木があった。
「そうかも。そしたら、リノア村の人たちが残されているところに近いかもね」
アーサーは大きな木を仰ぎ見ながら言った。
その時、アーサーの眉がぴくりと動いた。
「トール、もう行ける?」
「? 行けます」
トールは荷物を持って立ち上がった。
「こっち、誰かいる」
アーサーは森の奥へと進み始めた。
「…ほんとですか」
――よく、そんなのわかるよなあ。
トールはただただ感心しながら、アーサーに
ついていく。
ある一点を越した時、トールは違和感を覚えた。
「…?」
何かを通過したような感じがした。先刻までとは、空気が変わったような気がして、トールに緊張が走る。
しかし、アーサーは何も感じていないようで、どんどんと進んでいってしまう。
「あの、アーサっ」
トールは慌ててアーサーを呼び止めようとしたが、突然立ち止まったアーサーの背中にぶつかってしまった。
「…?」
トールは思い切りぶつけた鼻をさすりながら、アーサーの視線の先を見る。
そこには、木にもたれかかり、右腕を押さえた青年がいた。
その青年の右腕は、肘とその先がなかった。
「…!」
トールは絶句する。
青年は顔を上げると、アーサーとトールを見て目を見開いた。
「誰だ…?」
青年の口から漏れた。
「…見つけたね」
アーサーがぼそりと呟いた。
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