39. ジェナス・ルベックの回想 その2
「なんで、ドラゴンが」
その言葉は、間違いなくその場にいる全員の心情を物語っていた。
周囲の木々と同じくらい大きい体長と血のように真っ赤な瞳が、ジェナスらを震え上がらせた。
その場に固まってしまったジェナスらに、ドラゴンが威嚇の唸り声をあげる。ドラゴンの慟哭がビリビリとジェナスらを震わせた。
全員の顔に、絶望が浮かんだ。
「…っ、ジェナス、逃げろ!」
セシルが叫んだ。
「いや、でも…」
「お前が一番重傷だろ!早く逃げろ」
渋ったジェナスに対し、他の皆も逃げろと急かした。
「…」
それでも、ジェナスの足は動かなかった。自分が足手まといなのは重々承知だった。無事な右手でさえ、傷の痛みのせいでまともに動かせなかった。
他の皆は、ドラゴンが尾を振ったり踏み潰そうとしたりするのから逃げるのに必死だった。
セシルがジェナスのもとへやってきた。
「ジェナス、頼む、逃げてくれ」
セシルはジェナスの両肩に手をおいて言った。
「…メアリを、村を、頼んだ」
そう言ったセシルの浮かべたほほえみは、痛々しかった。
「セシル…」
ジェナスは目を見開くと、少し目を伏せてから、セシルをまっすぐに見つめた。
「…わかった。先に戻る。だから、必ず、お前らも戻って来いよ」
「ああ、必ず」
ジェナスとセシルは互いに向かって笑顔を浮かべた。そして、それぞれ反対側へと走り出した。
ジェナスは走りながら後ろを振り向く。皆が必死にドラゴンの攻撃をさばこうとしているのが見えた。
「…っ」
ジェナスの顔が歪む。
ジェナスは前を向くと、村へ向かってがむしゃらに走って行った。頬を水滴がつたっていた。
どこをどう走ったかもわからないうちに、いつの間にかジェナスは森の端まで来ていた。村が見えた。
「…!ジェナスじゃないか!」
農作業をしていた村人が、森から出てきたジェナスを見て驚きで声を上げる。
それを見た瞬間、ジェナスに一気に疲労と痛みが襲いかかってきた。息は絶え絶えで、肺が痛かった。足はもう動かなかった。左腕と左頬の傷がズキズキと痛んだ。
ジェナスはその場に崩れ落ちた。
「! 大丈夫か!」
村人がジェナスに駆け寄り、支えた。
「ひどい怪我じゃないか…」
村人はジェナスの左腕と左頬に巻かれた包帯
を見て、顔を歪めた。
「一体何があったんだ…?他のやつらは…?」
「…森には、行くな」
それだけ言付けると、ジェナスの意識は途絶えた。
目を開けると、きれいな白い天井が見えた。
「…?」
ジェナスは起き上がろうとして、左腕に痛みを覚えた。
「…っ」
ジェナスの左腕は、きれいな包帯が巻き直されていた。森にいた時よりも痛みが和らいでいた。
ジェナスは周りを見回す。ジェナスはベッドの上で寝かされていた。周りにもいくつかベッドが並んでいた。
「あ、起きられましたか」
神官がジェナスのもとへやって来た。
「気分は大丈夫ですか」
「平気です。…ここは?」
「ここは、ライゼルの教会です。あなたは村の方に運ばれて来たんですよ」
ライゼルは、ジェナスらの村から一番近い町だ。
「光魔法で治療をさせて頂きました。怪我をされてから少し時間が経っていたので、傷痕や痛みが残ってしまってはいますが…」
神官は説明しながらジェナスの左腕の包帯を取る。傷はふさがっていたが、痕が痛々しく残っていた。
「いや、助かりました。ありがとうございます」
ジェナスははたと気付いた。
「すみません、俺がここに運ばれてきてから、どれくらい経っていますか」
「半日くらいでしょうか?」
ジェナスらの村からライゼルまでも、馬を使って半日かかる。ジェナスがセシルらと別れてから、既に一日は経っていた。
ジェナスはベッドから飛び降りると、部屋の外へと走り出した。
「ちょっ…!どこへ行くんですか!」
驚く神官を置いて、ジェナスは教会から走り出た。
ジェナスが向かったのは、騎士団のライゼル駐屯所だった。
「…?どうしました?」
ただならぬ様子で駆け込んで来たジェナスに、騎士が尋ねた。
「…助けてください。ドラゴンが、出たんです」
「…本当に?」
騎士が怪訝な顔をする。
「どこで見たんだい?」
「リノア村の隣の森です。俺はリノア村の村人です。他の村人と一緒に下位の魔物を倒しに行ったら、森の奥でドラゴンに遭遇して…。まだ他の皆は残ってるんです」
それを聞いて、騎士は笑い出した。
「…?」
ジェナスは眉をひそめる。
「見間違いじゃないか?もう魔王は討伐されたんだ。ドラゴンなんて上位の魔物、そうそう出るはずがない。それに、その森は魔物よけの結界魔法があるじゃないか。たとえ出たとしても大丈夫さ」
騎士は一笑に付した。
「いや、でも」
「平気だよ。そんなに心配するな。他の人ももう戻って来ているだろうさ」
騎士はひらひらと手を振って、ジェナスに帰れと急かす。
「…」
ジェナスは帰るしかなかった。
ジェナスを教会に送り届けた村人の荷車に乗って村へ戻ると、他の村人らがジェナスのもとへとやって来た。
その中の一人に、メアリがいた。
「ジェナス、大丈夫だった…?」
メアリが心配げにジェナスに尋ねる。
「…ああ、なんとか」
ジェナスは笑って見せたが、メアリはジェナスの顔と腕に残った大きな傷痕を見て、ショックを受けていた。
「セシルたちは?帰っているか?」
メアリはふるふると首を横に振った。ジェナスが固まる。
「いいえ、まだ。…何があったの?セシルは無事なの?」
たたみかけるように尋ねるメアリ。その表情は、まだ残っている一縷の望みにすがろうとしているかのようだった。
ジェナスは、無意識に口にしていた。
「もう、だめだ。もう、だめなんだ…」
メアリと他の村人たちの顔から、サッと血の気が引いた。
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