38. ジェナス・ルベックの回想 その1
アーサーとトールが迷い込んだ森の近くにある、町からも離れた田舎の村であるリノア村が、メアリとジェナスの住む村だった。
魔王討伐前にも魔物は出ていたが、討伐後は魔物も現れなくなり、村全体で平穏な日々を過ごしていた。
しかし、平穏な日々は長くは続かなかった。
魔物が再び現れるようになったのだ。それも、大量に。
現れるのは下位の魔物ばかりだった。けれども、魔物の再来は、それが下位であっても村の平穏を壊すのには十分だった。
魔物の大量発生は、村に大きな被害を与えた。農作物はだめになった。外に出ると魔物に襲われるので、外に出られなくなった。どうにもならなくなり、村人たちで話し合った結果、村の若者が魔物狩りに行くことになったのだった。下位の魔物なら普段から対処していたので、村人だけでなんとかなると踏んでの決断だった。それが、一か月前のことだった。
ジェナスも魔物狩りへと向かった一人だった。
出発の直前だった。
森の前では、見送りの人々がやって来ていた。ジェナスは、その中の二人に目を向ける。
「ちゃんと、帰って来てね」
「もちろん。待ってて」
二人は抱擁をすると、一人がジェナスの元へとやって来た。
「婚約者に見送ってもらえるやつは羨ましいな、セシル」
ジェナスはにやっと笑いながら言った。
「いいだろ。待っててくれるメアリのためにも、早く済ませて帰って来ないとな」
笑い返すと、セシルは後ろを振り向いた。そこには、メアリが少し不安げな表情を浮かべて、セシルらを見送っていた。
「おまえらの結婚式も控えているもんな。幼なじみたちのために、俺も頑張りますよ」
ジェナスはセシルの背中をばしっと叩いた。
「痛っ。力強いんだよ、お前は」
「悪い悪い」
セシルの文句に、ジェナスはおどけてみせ
る。
「…ありがとな。一緒に、無事に戻って来ようぜ」
「ああ。絶対な」
笑いかけたセシルに、ジェナスも笑顔を返した。
しかし現実は、そう生易しくはなかった。
「…なんだよ、これ」
ジェナスは思わず呟く。
森の奥は、魔物の巣窟と化していた。魔物を狩っても狩っても、次々とわいてきてきりがなかった。まだ下位の魔物だけなのが救いだった。
いつ魔物が襲ってくるかわからないので、まともに休むこともできなかった。
森の奥に入った人々は皆、疲れ果てていた。全員ぼろぼろになってしまっていた。普段出入りする森の端とは比べ物にならない環境に、精神的にも身体的にもやられていた。
ジェナスの前を歩くセシルが立ち止まった。
「セシル?どうした?」
ジェナスは尋ねる。セシルはある一点を見つめていた。
「…みんな、逃げろ!」
セシルが叫んだ。
「!」
ジェナスはセシルの視線の先を見て、目を見開いた。
そこには、中位の魔物の大トカゲがいた。
ギョロリとした黄色の目が、その場の全員を恐怖におとしいれる。
セシルの叫びを聞いて、全員一目散に駆け出した。
ジェナスとセシルも、走り出した。
「しまった。奥まで入りすぎた。中位の魔物なんて、俺らじゃ無理だ」
セシルが冷や汗を流しながら言う。
「いや、違う。こんなところに、中位の魔物がいるはずないんだ。魔物よけの結界魔法があるじゃないか」
ジェナスは言いながら、じゃあこの状況は一体何なんだ、と心の中で叫んでいた。
ジェナスたちのいる森の奥には、王宮魔法使いによって魔物よけの結界魔法が張られていた。結界魔法は、強い魔物ほど出られなくなる魔法だ。そのため、中上位の魔物に遭遇することはないはずだった。ジェナスたちは、結界魔法の使われている範囲まで進んでいなかった。
後ろからドスドスと嫌な足音が聞こえてくる。
「とりあえず、あの大きな木のところで集まろう!みんなばらばらに向かうんだ!」
セシルが四方八方に逃げる他の皆に向かって叫ぶ。いろんな方向から返事が聞こえてきた。
「…さすが、次期村長だ」
「今感心するとこじゃない」
ジェナスの言葉に、セシルは呆れて笑った。
セシルは村長の息子であり、次期村長だった。
そんなセシルのとっさの判断のおかげで、な
んとか全員、無事に集まることができた。
「なんで、中位の魔物なんかいるんだよ…」
一人が呟く。それは、全員が思っていることを代弁していた。
「どうする、セシル」
ジェナスはセシルに尋ねる。
「…戻ろう」
その言葉に、全員がセシルの方を向く。
「下位の魔物ならまだなんとかなる。でも、中位となったら話は別だ。俺らじゃ無理だ。逃げるので精一杯だ。村に戻ろう」
ほとんどの人はうなずいていた。しかし、一部は納得いかない部分があるようだった。
「戻ろうって…。まだ、全然魔物は残ってるぞ?きっと中位がいたのは、たまたまだよ。それに、ちゃんと逃げ切れたじゃないか」
一人が言った。それに対し、別の人が言い返す。
「次は上手くいくとは限らないだろ」
「びびってんのか?」
「そうじゃねえよ!」
もめ始めてしまったのを見て、セシルが慌てて止める。
「一回落ち着け!」
ジェナスや見ていた人たちも加勢して、なんとか鎮めることができた。
「わかった。たしかに、このまま帰るにはまだ魔物も多い。でも、中位が出たのも事実だ。一回ここから離れて、もう少し村に近いところで狩ろう。これでどうだ?」
セシルが全員に尋ねる。今度は、誰も反対しなかった。
ジェナスらは大トカゲに遭遇したところよりも村に近いところに移動し、そこで魔物狩りを続けていた。幸いなことに、遭遇するのは下位の魔物だけだった。しかし、狩っても狩っても出てくる魔物に、ジェナスは違和感を覚えていた。
「なあ、セシル」
「なんだ?」
「そろそろ、戻った方がいいんじゃないか?もうすぐ一か月経つぞ」
「そうか、もうそんなに経つのか」
セシルの顔には疲れが見えていた。それはセシルに限らず、全員に言えることだった。
「出てくる魔物も多すぎる。騎士団に頼んだ方がいいんじゃないか」
「ああ。それに、けっこう奥まで来ちゃったからな…。また中位に遭遇したら、たまったもんじゃない」
セシルの言葉に、ジェナスは同意する。ジェナスらは、下位の魔物を狩るうちに、再び奥まで進んでしまっていた。
セシルがジェナスを見る。
「ジェナス、みんなに戻るって伝えよう」
「ああ、そうし―」
ジェナスの言葉は最後まで続かなかった。セシルの後ろに現れた何か大きなものを見て、ジェナスの目が見開かれる。
ジェナスはとっさにセシルの腕を引き、自分の後ろに放る。
「!?」
放り出されて地面に突っ伏すセシル。
ジェナスの目の前に、鋭い物体が降ってく
る。ジェナスは思わず左腕を上げ、顔を隠した。
肉の削れる音がした。
「うわああ!!」
ジェナスは叫び声を上げ、顔の左側を押さえながらその場に崩れ落ちた。押さえた手が、ぬるりとした生暖かいもので濡れる。顔を覆った左腕と、覆いきれなかった左頬がざっくりと削れていた。
「…ジェナス?」
セシルは起き上がると、目の前の光景に唖然とした。
そこにいたのは、初めに遭遇したものよりもさらに大きい大トカゲだった。前足の大きな鋭い爪が、赤く濡れていた。そして、その前でジェナスが痛みに悶えていた。
「ジェナス!」
セシルは駆け出し、ジェナスを抱えて大トカゲから離れる。
セシルは背中に背負った矢を取り、弓を引いた。放たれた矢は大トカゲの右足に当たっ
た。
右足に矢が刺さった大トカゲは、矢を取ろうとその場でのたうっていた。
セシルはジェナスを安全なところまで連れていく。
「ジェナス、大丈夫か」
ジェナスの息は荒くなっていた。ぱっくりと割れた傷口からは、血がどくどくと出ていた。
「すまない、俺をかばったせいで…」
セシルは鞄から布を取り出し、ジェナスの傷痕に当てる。布はすぐに真っ赤に染まった。
「…いいんだ、気にすんな」
弱々しくジェナスは言った。
「おい!ジェナス、どうしたんだ!?」
近くにいた他の皆が驚いてやってくる。
「大トカゲにやられた…!傷の手当てを手伝ってくれ」
「ああ」
ジェナスに包帯をぐるぐると巻いていく。
「大丈夫か…?」
「ああ、なんとか。助かった」
手当てをしてもらったジェナスは、痛みに顔を歪めながらも答えた。
いつの間にか全員集まっていた。
「大トカゲがいた。しかも、前のよりも大きいやつだ。ジェナスも大怪我を負った。もう村に戻ろう」
つらそうな顔で言うセシルに、皆がうなずく。
「ジェナス、歩けるか?まだ近くに大トカゲもいる。早めに離れたい」
「大丈夫だ、歩ける」
心配そうに言うセシルに、ジェナスはふらつきながらも立ち上がり、笑って見せた。
その時だった。
「おい、なんだよ、あれ…」
一人が、信じられないという顔で言った。
視線の先では、真っ黒な巨体がジェナスらを見ていた。広げた翼が、より体を大きく見せていた。真っ赤な瞳が怪しげに光っていた。全員の背筋が凍る。
「なんで、ドラゴンが」
そこにいたのは、そこにいるはずのない、上位の魔物であるドラゴンだった。
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