37. 隠し事
メアリが目に涙を浮かべて懇願する。
「…っ」
トールはメアリの切実な頼みを聞き、心が痛む。トールは、メアリたちを助けたかった。けれども、安易に引き受けられるものではなかった。引き受けたとて、トールは自分が役に立つとは思えなかった。きっとアーサーに頼りきりになってしまうのだろうと思うと、トールは何も答えることができなかった。
トールはちらりとアーサーを見る。アーサーの横顔からは、何も読み取ることはできなかった。
「…見ず知らずの人間に、任せていいの?」
アーサーはメアリに尋ねた。アーサーはうっすらと笑みを浮かべていた。
「もう、そうするしかないんです」
メアリは暗い表情で言った。
「ジェナスからもうだめだということを聞いても、私は婚約者のことを諦められなかった。でも、他の村人は誰も森へ向かおうとはしない。それは、しょうがないわ。危ないもの。だから私は、自分でセシルを探しに行こうと思ったの。だってまだ、無事かもしれないじゃない。待ってるだけは嫌だったの」
堰が切れたように話すメアリの言うことを、アーサーとトールは静かに聞いていた。
「…でも、森の中で大トカゲに遭遇して。私は、何もできなかった。あなたたちが来てくれなければ、どうなっていたか。私は、私がセシルを探し出すことなんて無理だってわかったの。だから、もう誰かに託すしかないんです」
メアリの目から涙があふれる。
「もう、誰でもいい…っ。誰でもいいから、彼を、森へ行った人たちを、助けてほしい…!」
泣いてしまったメアリの背中を、ジェナスがそっとなでる。ジェナスの表情は、暗かった。トールはその表情に見覚えがあった。自分の無力さにやるせなさを感じている顔だった。
「…騎士団は、出動していないんですか?」
トールは、ふと浮かんだ疑問を口にする。村人が森から帰っておらず、しかも中位の魔物が出現しているとなると、騎士団が動いていてもおかしくなかった。
「…動いてくれなかった」
ジェナスが苦々しく答えた。
「え?」
トールは驚く。
「中位の魔物が出たって訴えたんだ。でも、この森は大丈夫だって言って取り合ってくれなかった。もう魔王もいないし、魔物よけの結界魔法がかけられているからな。…実際、魔王討伐前は大して魔物がひどくなかったから、騎士団も信じてくれないんだろう」
「そんな…」
トールは騎士団が取り合わなかったことにショックを受けた。騎士団は、困っている人がいたら助けるべきであるはずだった。
「…なるほど」
アーサーが呟いた。トールはアーサーを見て、ぞくりとした。アーサーの灰色の瞳は鋭い光を帯びていた。
――何か、気になること言ってたのかな…?
トールはアーサーがなぜ鋭い目をしているのかわからなかった。
アーサーがおもむろにトールの方を見た。
「?」
何も言わずトールを見つめるアーサーに、トールは首をかしげる。
アーサーはほほえむと、メアリとジェナスの方へ向き直った。
「いいよ。君たちを助けるよ」
アーサーはにこっと笑った。
それを聞いて、ジェナスとメアリはぽかんとしてアーサーを見つめた。
「…本当ですか?」
「うん」
メアリの目から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
「…っ、ありがとうございます!」
メアリは泣きながら頭を下げた。
「…いいのか?」
ジェナスが不安げな顔で聞いてきた。
「本当に、危険なんだ。戻って来れないかもしれない」
「まあ、なんとかしてみるよ」
軽く答えるアーサー。案の定、ジェナスの顔の曇りは晴れなかった。
一方で、トールは嬉しかった。アーサーがメアリとジェナスを助けると言ってくれ、見捨てることにならず、トールはほっとしていた。けれども、トールの心の中には少しもやもやとしたものがあった。
「トールも、それで大丈夫?」
アーサーがトールに尋ねる。
「はい、大丈夫です」
トールは笑って見せた。
四人はたき火を囲んでいた。
村まで戻るには日が暮れすぎていたので、野宿することになったのだ。
「今さらだが…。俺は、ジェナス・ルベックだ」
「私はメアリ・ノーマンです」
アーサーが仕留めた大トカゲの丸焼きを食べながら、今さらな自己紹介をしていた。
トールは噛んでいた固くていまいちおいしくない大トカゲの肉を飲み込む。
「トール・エインズです」
トールはぺこりと頭を下げる。
「…アシルです」
アーサーはなんとも言えない笑顔を携えていた。
――あれ、使ってる名前、変わってる。
トールはアーサーの使う偽名がアースでなくなっていることに気付いた。
「引き受けてくれて本当にありがとう、アシル、トール。身勝手な頼みだったのに…」
ジェナスが頭を下げた。
「いいよ、気にしないで」
アーサーが肉を頬張りながら言った。トールもうんうんとうなずく。
「ところで、ジェナス。ここって、君らの村から近いの?」
アーサーが尋ねる。
「まあ、あまり遠くはないな。…というかお前ら、なんでこんな森の中にいたんだ?」
ジェナスがはっと気付いたように尋ねる。
「あはは、迷子になっちゃって」
「お前らの方が危なかったんじゃないか…」
笑うアーサーに、ジェナスが呆れる。
メアリの手から、ぽとりと大トカゲの肉を刺した串が落ちる。
メアリは泣き腫らした目をしたまま、すやすやと眠っていた。
「…疲れたんだな」
ジェナスがメアリを横にさせて、マントをかけてやる。
「ジェナスさんは、メアリさんを追って森に?」
トールは聞いてみた。
「ああ。…メアリが婚約者のセシルのことを諦めてないのは、わかってた。メアリがいなくなったってメアリの母親から聞いて、すぐに森に来たんだ。…俺は、間に合わなかったけどな」
ジェナスは自嘲的に笑った。
「ありがとな、メアリを助けてくれて」
「いち早く気付いたのは、トールだよ」
アーサーがトールを見る。
「いや、俺は…。大トカゲを倒したのは、アシルさんですし…」
トールは謙遜した。
「二人のおかげだよ」
ジェナスがほほえんだ。
アーサーはメアリの方をちらりと見る。メアリがぐっすり眠っていることを確かめると、アーサーはすっと目を細めた。
「さてさて、ジェナス。君、何を隠してるの?」
「…っ」
「え?」
突然のアーサーの質問に、ジェナスは明らかに動揺した。
トールはアーサーの質問に驚く。トールには、ジェナスが何か隠しているなど思いもしなかった。
「メアリに知られたくないみたいだったから、聞かないでおいたけど…。今なら聞けるね」
「それは…」
ジェナスの目が泳ぐ。
アーサーは獲物を狙う魔物のような目をしていて、トールは少し怖かった。
「君、ずっと誤魔化してたよね。森の奥で、本当は何に遭遇したの?見てないって言ってたけど、強い魔物、見てたんでしょ?そうじゃないと、もうだめだなんて言わないでしょ。中位くらいなら、なんとか逃げ切れる。君が証拠だ。それに、トールも言ってたけど、どうして引き返さなかったの?何があった?なんでメアリに聞かれたくなかった?」
たたみかけるアーサー。ジェナスが固まった。
トールはアーサーの言葉を聞いてはっとした。ジェナスは、森の奥へ行くことを止めるわりには、その理由には全く言及していなかった。「もうだめだ」としか言っていなかった。たしかに、あの恐れようは中位の魔物だけで引き起こされるものではなさそうだった。
中位くらいなら、なんて言ってのけるのがアーサーらしくはあるが。
「…お見通しだったのか」
アーサーに問い詰められたジェナスは、はあ、と息をついた。
「お前らに隠しはしないよ。危険なところに行ってもらうんだからな。…メアリが寝るまで待ってくれてありがとう。俺は、メアリには知られたくなかったんだ。だからこれは、村の人たちにも言ってない」
ジェナスは真剣な表情で話し始めた。
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