36. どうか救いの手を
「…すみません、こちらだけで話してしまっていて」
メアリが申し訳なさそうに言う。
「俺が話そう」
ジェナスが申し出た。
「魔王討伐後しばらくしてからのことだ。俺たちの村に魔物が多く出るようになって、村の若手で討伐に行ったんだ。それが、一か月前の話だ」
ジェナスは苦しそうに顔を歪めると、話し始めた。
「ここからそう遠くないところにあるのが、俺たちの村だ。村に出てくるようになったのが下位の魔物だったから、俺らだけで対処できると思ったんだ。それが間違いだった」
ジェナスは唇を噛んだ。
「はじめこそ、下位の魔物ばかりだった。けど、森の奥に進むと、中位の魔物も出てきたんだ。そんなの、俺らには手に負えない。…俺は初めて中位の魔物に遭遇した時、この傷を負ったんだ」
ジェナスは顔の左側を押さえる。押さえた手の合間から、痛々しい傷痕がのぞいた。
「俺は早い段階で傷を負ったおかげで、村に戻って来れたんだ。他のやつらに、帰らされた。俺が村に戻る直前にも、…よく見れてないが、強い魔物と遭遇していたらしい。もう、だめだ。魔物狩りは、失敗したんだ」
ジェナスは頭を抱える。ジェナスの瞳は、揺れていた。メアリは顔を伏せた。
そんなジェナスを、アーサーは静かに見つめていた。
「…どうして、中位の魔物が出た時点で戻らなかったんですか」
トールがぼそりと言う。
トールの低い声に、アーサーらは驚く。
「中位の魔物なんて、一介の村人で相手できるようなものじゃない。中位の魔物がいる森になんか、入っちゃいけないんだ。怪我人が出たならなおさらだ。どうして早く戻らなかったんですか」
トールは声を荒げた。
トールの脳裏には、ある記憶が光のように走っていっていた。ある中位の魔物の前に、一人の少女が血だらけになって倒れていた。
トールの頭に痛みが走る。
「トール…?」
アーサーはものすごい剣幕のトールに面食らいながら、トールの様子をうかがうように声をかけた。
アーサーの声を聞いて、トールははっとした。
「あ…」
トールの目の前には、驚いた顔でトールを見るジェナスとメアリ、心配そうにしているアーサーがいた。
「すみません、声を荒げてしまって…。…昔、ちょっと、あって」
トールは慌てて謝り、弁解した。自分でも、あんなに声を荒げてしまったことが驚きだった。
「いや、君の言う通りだ。言い返す言葉もない」
ジェナスが決まり悪そうに言う。
「今思えば、あの時点で引き返しておくべきだったんだ。あいつらは、もう…」
ジェナスの語尾は小さくなっていき、最後の方は聞こえなかった。
「本当に、もう、だめなの?」
メアリが責めるようにジェナスに尋ねる。
「…期待は、しない方がいい」
「…」
苦しそうに言うジェナスの言葉を聞いて、メアリはうつむく。
トールはそんな二人を、やりきれない気持ちで見ていた。
魔物、しかも中位の魔物に遭遇して無傷で済むのは、戦い慣れている者だけだ。中位の魔物がいる森に一か月もいれば、普通の村人はひとたまりもないだろう。
何かに気付いたのか、メアリがはっとして顔を上げ、アーサーとトールの方を見る。
「あの…、あなたたちなら、強い魔物も倒せますか?」
おずおずと尋ねてはいるが、その口調には期待がにじんでいた。
「メアリ、何を言って-」
「うん、まあ」
突然のメアリの質問に慌てるジェナスの言葉を遮り、アーサーが答える。
淡々と答えたアーサーは、にこっと笑って見せた。意図の読めない笑みだった。
「本当ですか!…魔物狩りに行った人たちを、助けてくれませんか…?」
「おい!」
ジェナスがメアリに叫んだ。メアリはジェナスの大声にビクッと震える。
「…あれを見たら倒せるなんて言えない。無理だ、やめておけ」
アーサーとトールに、ジェナスが静かに言う。その目は真剣だった。
ジェナスはメアリの方を向くと、たしなめるように言った。
「メアリ、お前、他人を巻き込む気か?何考えてるんだ」
ジェナスの言葉を聞いて、決まり悪そうにするメアリ。
「それは…。でも、この人たちは大トカゲを倒して、私を大トカゲから守ってくれたのよ?それも、あっという間に」
「大トカゲ?そんなものに、遭遇していたのか?」
ジェナスが驚く。
「…ええ」
「まじかよ…」
ジェナスははあ、とため息をついた。
「というか、大トカゲを倒したって、本当か?」
はっとしてジェナスがアーサーとトールに尋ねる。
アーサーはジェナスからは茂みに隠れている大トカゲを指差した。
ジェナスは地面に倒れた大トカゲを見て、あんぐりと口を開ける。
「…あれを、お前ら二人で倒したのか?」
「うん」
「あっという間に?」
「うん」
にこにこと答えるアーサー。アーサーの答えを聞いて、ジェナスは愕然としながら倒れた大トカゲと二人を交互に見た。
ーー俺は、あんまり役に立ってないけどな…。
トールは曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
「そうか、それなら…」
ジェナスは考え込む。その表情は、期待と不安が入り交じっているようだった。
「森から帰って来れているのは、ジェナスだけなんです。私の婚約者のセシルも、戻ってなくて…」
メアリの声が震える。それを聞いて、ジェナスは顔を背けた。
メアリはばっと顔を上げた。その瞳は、涙でうるんでいた。メアリは両手を胸の前で握り、アーサーとトールに向かって言った。
「どうか…、どうか、私たちを助けてくれはしませんか?」
それは、心臓がぎゅっと掴まれるような、切実な頼みだった。
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