32. 宝石鳥 その2
二人はすかさず後ろを振り向く。
そこには、雛たちを何倍にも大きくしたサイズのふわふわとした鳥が立っていた。雛たちよりもきらきらと輝く瞳と、はるかに鋭く長い爪を持っていた。その鳥は、アーサーの手の中の雛を見て、目を細めた。
正真正銘、宝石鳥の雛たちの母鳥だった。
トールの顔からサッと血の気が引く。隣のアーサーの頬にも、冷や汗が流れた。アーサーの口の端がひくつく。
母鳥がくちばしを開いた。
「キエエエエエエエエエエエ!!」
「うわあああああ!?」
つんざくような金切り声を母鳥が発し、鳴き声がビリビリと響いた。
トールも思わず飛び上がって声を上げた。その横では、一匹と一人分の叫びを間近で聞かされたアーサーが、耳が痛そうにしていた。
「ごめんね、すぐ返すね。ごはんにしちゃおうなんて、思ってないから」
アーサーは突如現れた宝石鳥の母鳥に向かって言い訳にならない言い訳を並べながら、雛を巣に戻す。
アーサーが雛を巣に戻した瞬間、母鳥が動いた。
アーサーはそれを見逃さなかった。
「!」
トールは気付いたら衝撃とともに地面に転がっていた。
トールの上に覆い被さったアーサーが起き上がる。
母鳥が二人、特にトールめがけてつかみかかってきたのだ。
アーサーがトールを自分ごと突き飛ばしたおかげで、捕まらずに済んだ。先刻までトールが立っていたところが、母鳥の爪で深くえぐられていた。
母鳥がトールの方を見、トールと目が合った。宝石のような目に見つめられ、トールの背筋が凍る。
「トール君、逃げるよ」
アーサーがトールの手をつかみ、起き上がらせる。
「…っ、はい!」
トールは立ち上がると、アーサーとともに走り出した。
駆けていく二人の後を、母鳥も追ってきた。
ドスドスという足音が、二人の背後から響いてくる。
「雛、返したよね?なんで追ってくるのかな?」
アーサーが走りながら疑問を口にする。
「巣の場所を、知られたからだと思います。それに、雛を食わせないといけないので…」
トールも走りながら答える。
「そっか、ごはんにされちゃうのかあ。それは、嫌だな」
「俺もですよ」
母鳥は諦めてくれる気配はなかった。
「宝石鳥って、飛べないんでしたっけ?」
先程から走るばかりで飛ばない宝石鳥を見て、トールがアーサーに尋ねる。
「うん。そうだったはず」
「倒しますか?」
飛べないのであれば、木の繁る森の中でなら倒せそうだった。
トールの提案に、アーサーは首を横に振る。
「倒すのが楽なんだけど…。宝石鳥を殺すと、瘴気が発生するんだ。光魔法の使い手は今いないから、瘴気は発生させたくないな」
瘴気とは、一部の魔物から発生する毒素のことだ。生きている間も瘴気を発生させる魔物もいれば、死体から発する魔物もいる。宝石鳥は後者だった。瘴気は光魔法という魔法の中でも特殊な魔法でないと浄化できない。ただの魔法使いであるトールには、光魔法は使えなかった。
「それは、倒しちゃだめですね」
トールはそこで、疑問を感じた。
「でもさっき、雛鳥を食べようとしてなかったですか?」
「雛鳥は、まだ発生しないんだよ」
「なるほど」
キエエエ、と母鳥の金切り声が響く。突然発せられる鳴き声に、トールはぎょっとする。
アーサーの眉がぴくりと動いた。
「トール君、頭下げて」
アーサーの言葉に、トールは反射的に頭を下げる。
すると、先刻までトールの頭があったところに、足の大きな爪が振り抜かれる。
トールはぞっとしながら、体勢を戻すと、後ろを振り向いた。
振り抜いた勢いで木に刺さった爪をまさに引き抜いていたところの母鳥が目に入った。
「…」
「やっぱり、魔法を使える人間の方がおいしいんだね」
「嬉しくないですよ、それ…」
トールの息が上がってきた。
足が再び自由になった母鳥は、諦めずに二人を追ってきていた。
「なかなか諦めてくれないね。トール君、体力もつ?」
「まだ、いけます」
アーサーの質問に、トールは答える。まだへばるわけにはいかなかった。
「ならよかった。でも、早く撒きたいね」
アーサーは追ってくる母鳥を見ながら、呟いた。
そして、今に至る。
全く諦めてくれない母鳥は、二人を追い回していた。
二人はひたすら走りまくるしかなかった。
「怪我とか、負わせれば、足止めできて逃げきれるんじゃ...?」
トールは思い付きをアーサーに提案してみる。
アーサーは困ったような表情を浮かべた。
「トール君、できそう?」
「いや、俺は、厳しそうです…」
走ってかなり体力を消耗したトールには難しそうだった。しかも、トール自身は宝石鳥の格好の餌ときている。
それを聞いて、アーサーは申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、俺、手加減苦手なんだ…」
「…それは、しょうがないですね…」
つまり、怪我を負わせるのを通り越して仕留めてしまうということだろう。
トールは強いことの弊害があることを知った。
逃げる二人の目の前に、茂みが迫っていた。
二人はガサッという音とともに茂みに突っ込み、通過しようとする。
すると、踏み出した先で、足が空を切った。
「あ」
それはアーサーの声だったか、トールの声だったか。
足元に、地面はなかった。
二人は、崖から飛び出していた。
二人の頬に冷や汗が流れる。
「っうわあああああああ!」
トールの叫び声が響く。
アーサーとトールは、崖下へまっ逆さまに落ちていった。
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