31. 宝石鳥 その1
森の中に、駆けていく足音と上がった息の音が響く。
アーサーとトールは、森の中を必死で駆けていた。二人の後ろからは、中位の魔物である宝石鳥が金切り声をあげて追ってきていた。
「うーん、なかなか撒かれてくれないなあ」
困ったなあ、とアーサーは呟く。
その隣を、泣きそうになりながらがむしゃらに走るトール。
--どうして、こんなことになってるんだろう…。
事の発端は、少し前にさかのぼる。
それは、森の中を進んでいた時だった。
トールは、背筋がぞわりとするのを感じた。
「…アーサーさん」
「うん、いるね」
アーサーはとっくにわかっていたようで、トールの不安げな声にも冷静に答えた。
魔物のいる気配がした。
トールは辺りを見回す。一見しただけでは、どこにいるのかわからなかった。
「たぶん、こっち」
アーサーは左前を見て言う。
トールもその方向を向いた。確かに、何かがいる気配がした。
「こっちには気付いていないみたいですね」
トールはほっとしながら言う。
「そうだね。せっかくだから、何がいるのか見てみようか」
「なんでですか!」
楽しそうに言うアーサーに、トールは思わずつっこむ。
--せっかく気付かれてないのに…!
極力、魔物との遭遇は避けたいトールだった。というか、トールの感覚が通常だった。
「今日の昼食が手に入るかもしれないんだよ?」
アーサーがきょとんとしながら言う。
「…」
どうやら、アーサーとトールの感覚は違うらしい。
トールは変に魔物に遭遇するよりも、食事が一回抜きになる方が良かったが、口には出さなかった。
「よし、じゃあ、昼食を狩りに行こうか」
トールはがっくりとうなだれて、足取り軽く進むアーサーについていった。
「あれ、宝石鳥の雛だ」
そこにいたのは、中位の魔物の宝石鳥の雛たちだった。
木の根本の洞にある巣の中にうずくまって眠っていた。ふわふわとした羽毛が気持ち良さそうだった。
アーサーとトールが近づいてきたことに気付き、雛たちが目を開けた。瞳は宝石のようにキラキラと輝いていてきれいだった。トールは思わず見とれた。
アーサーは巣の前にしゃがむと、雛の一羽を手にとる。抱き上げられた雛はアーサーを見て、クエッと無邪気な鳴き声をあげた。
「…初めて見ました」
トールは初めて見る宝石鳥を触りながら言った。ふわふわとした羽毛に手が埋もれる。
「トール君の故郷にはいなかったのかい?」
アーサーが尋ねる。
「はい。俺の故郷は、もっと狂暴なのが多かったんで」
トールのことをつついてくる雛たちを見ながら、トールは答えた。何気に痛かった。
「この鳥も、わりと狂暴だよ?」
「そうなんですか?」
見た目に反する情報に、トールは驚いて聞き返す。
「うん。肉食だからね」
「それって…」
「人間もごはんってこと」
トールはケラケラと笑うアーサーの言葉を聞いて、思わず巣から離れた。
--こいつら、俺のこと食料だと思ってたんだな…。
しきりにトールのことをつついていた雛たちを恨めしげに見ながら、トールは思った。どうりで痛かったわけだ。一見無害そうな雛なのに、人間も食べるという事実が信じがたかった。ちらりと見えた巣の中の鋭い爪が、トールをぞっとさせた。
目の前から餌が消えた雛たちは、消えた餌を探すかのようにあちこちに首を動かしていた。一部の雛はアーサーという新しい餌を見つけてつつきに行っていたが、アーサーに凍てつくような目で睨まれ、すごすごと巣の中に後退していた。
「こんなにきれいな目をしてるのに…」
トールは呟く。
トールの言葉を聞いて、アーサーの目がきらん、と光った。ように見えた。
「トール君、知ってる?」
「…何をですか?」
にやっと笑ったアーサーを見て、トールは嫌な予感がした。
「この鳥、目が魔法石になるんだよ。高く取引されるんだって」
「聞いたことあります」
よく知られたことだった。王都で宝石鳥の瞳を身に付けている貴族を見たことがあった。
「魔法を使える人間を食べたやつほど、きれいな目になるらしいよ」
「…」
--それは、知らなかった。
つまり、この目の前にいる魔物たちにとって、アーサーよりもトールの方がはるかにおいしいごはんというわけだ。先程までトールばかりつつかれていたのも、トールが魔法を使えるせいだろう。
トールは目の前のふわふわとした毛玉たちのことがさらに恐ろしくなった。
「トール君がごはんにされちゃう前に、こいつらをごはんにしちゃおうか」
「怖いこと言わないでくださいよ…」
トールはアーサーに見捨てられそうで、泣きそうになりながら言う。
あはは、と笑うアーサー。アーサーはトールをからかって楽しんでいるようだった。
それに気付いたトールはむすっとする。
そんなトールを気にせず、アーサーは続けた。
「まあ、トール君だけじゃ足りないだろうから、トール君がごはんにされちゃう時は俺も食べられてるだろうね」
なんとも言えぬ衝撃を受け、トールはアーサーを見つめた。
アーサーともあろう人が、中位の魔物である宝石鳥ごときに餌にされるわけがなかった。それなのに、トールが餌にされる時はアーサーも同様に餌にされていると、アーサーは言った。
アーサーがトールのことを見捨てないと言っているようで、トールはなんだか嬉しかった。
手の中の雛をなでているアーサーを見て、トールの頭の中にふと嫌な考えがよぎった。
「…アーサーさん」
「ん?」
「この雛たちって、まだ雛ですよね」
「うん。雛は、雛だよ」
「雛って、母鳥がいるものじゃないですか?」
トールの言葉に、アーサーは首をかしげる。
ああ、とアーサーが何か納得したように言う。
「そういえば、いるものだね。忘れてた」
あはは、と笑うアーサー。
アーサーの言葉に、トールはへなへなと崩れ落ちながら頭を抱えた。
「忘れないでくださいよ…」
「ごめんごめん、でもトール君も忘れてたでしょ?」
「…何も言えないです」
その時、二人の背後からガサッという音がした。
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