30. 地図
トールの魔法がうまくいって洗濯物もしっかりと乾いていた。二人は荷物をまとめて、どこへ向かうか話していた。
「アーサーさん、これからどこへ行くんですか?」
「うーん、どうしようか」
トールの質問に、アーサーは困った表情を浮かべた。
アーサーは再び表舞台に姿を現してしまったため、普通の旅のように町中や街道を堂々と行けなくなってしまった。アーサーの探す手がかりにたどり着きづらくなってしまったように、トールは思えた。
「あ、そうだ。俺、いいもの持ってるんだった」
「?」
アーサーは思い付いたように言うと、腰に提げた小さいカバンから折りたたまれた紙のようなものを取り出した。
「何ですか、それ?」
トールは聞いてみる。
アーサーは取り出した紙を広げた。
「地図だよ」
「えっ?」
思いもしなかったアーサーの言葉に、トールはすっとんきょうな声を上げた。
「アーサーさん、どうして地図なんてもの持ってるんですか!」
「? 魔王討伐の時に、王家からもらったんだ」
驚くトールに、きょとんとしながらアーサーが答える。
「そんなに驚く?」
「驚きますよ!だって、地図ってかなりの機密情報ですよ。普通、お目にかかる機会なんてありません。作るのだって禁じられてるんですよ。貴族だって、自分の領地すら王家に地図の作成許可を取らないといけないのに…」
トールはそう言って、ちらりとアーサーの持つ地図に目をやる。アーサーの持つ地図には、びっしりと線や文字が刻まれていた。地図を初めて見るトールでも、かなり詳しいものであると見てわかった。
「へえ。じゃあ俺、いいものもらったんだね」
アーサーは感心しながら地図を眺める。
ーーこの人、なんかずれてるよな…。
そんなアーサーを見て、トールは半ば呆れながらそう思った。普通、地図を持つことはないし、持っていることを忘れたりなんかしない。きっと盗品でも持っている気分だ。
「そういえば、レオナルドがこの地図は古いけど、詳細でいいやつだって言ってたかも」
「やっぱり、そうなんですか」
トールの思った通り、詳しい地図であるらしい。反逆者がこんな詳細な地図を持っていたら、なおさら野放しにはできないよな、とトールは王家が必死であることに納得する。
「魔王復活のかなり前のものなんだって。レオナルド、もっと新しいものを寄越せよって文句言ってたなあ。だから、あんまり役に立たないかも」
あはは、と笑うアーサー。
「…」
ーー大貴族って、怖いなあ…。
見ることさえ難しい地図なのに、その質に文句を言えることが、トールにとってはすごすぎることだった。
と同時に、情報源が貴族に偏っているであろうアーサーの世間はずれのひどさに、トールは頭を抱えたくなった。
「…いや、十分役に立ちますよ。見てもいいですか?」
「もちろん」
トールはアーサーの持つ地図をのぞきこむ。そして、眉をひそめた。
「アーサーさん…、これ、どうやって見るんですか…?」
トールはアーサーに泣きついた。
文字や線や記号がびっしりと詰まった地図は、もはや何かの絵画のようで、何をどう見ればいいのかわからなかった。
「ああ、そんなに難しくないよ。文字は地名や山や川の名前ね。点線が領土の境界線で、二本線が街道。斜線のところが森で、三角形が山。太い線は川。この四角いやつが、関所や要塞。ちなみに、上が北で下が南ね」
アーサーは淡々と、地図の見方を説明する。
「王都はここで、メルベックがここだから…」
アーサーは順番に地図上を指差す。地図の中心には王都、その少し南東にメルベックがあった。
「今いるのはこのあたりかな」
アーサーはメルベックから南西に少し行ったところを指差す。斜線で引かれた箇所だった。
「なるほど」
アーサーが指差した箇所の近くには、街道を表す二本線が伸びていた。おそらく、トールがはじめ故郷へ戻る時に使おうとしていた街道だった。
「とりあえず、街道や大きな街は避けたいですよね」
きっと、"反逆者アーサー・ラングレット再登場"の知らせが舞っていることだろう。
「うん。王都からも離れたいかな」
アーサーは地図の下の方を指差した。
「南に行こう」
「…南、ですか」
「うん。円卓のこともあるしね。手がかりがあるとすれば、南の方かも」
ウィシュタル王国の最南端には、魔王が出現した森、いわゆる「始まりの森」がある。魔王の力を使ったかもしれない円卓は、王家と関わりがあるという噂もある。王家を追い詰める手がかりを得られるとすれば、たしかに南の方だった。
「…それに、南は魔王の影響が強くて、被害が大きかった地域だ。まだ混乱が続いているだろうから、紛れ込みやすいだろうし」
アーサーは目を伏せつつ、つけ加えた。
「…っ」
アーサーの一言が、トールにずしりとのしかかった。
魔王存命時、王国の南部は対魔王戦の最前線だった。大量の強化された魔物は、討伐に赴いた騎士だけでなく住民にも襲いかかったという。南部の村や町、街道はすっかり荒れてしまったらしかった。
トールは自分の両手の手のひらを見る。
ーー俺、あの時何してたんだろうな…。
トールは罪悪感がじわじわと心の中に染みわたっていくのを感じた。
かすかに震える両手をぐっと握りしめると、トールはアーサーを見た。
「…そうですね。南に向かいますか」
そう答えたトールの顔を、アーサーがじっと見つめる。
「?」
首をかしげるトール。
「いや…。トール君、何か言いたそうだなって思って」
それを聞いて、トールはぎくりとする。
「いや、何もないですよ」
トールは慌てて否定した。浮かべた笑顔がひきつっていないか不安だった。
「そう?何かあれば言ってね」
「はい」
再び地図を見始めたアーサーを見て、トールはほっと胸をなでおろす。
ーーアーサーさん、鋭いところあるからな…。
深くは聞かれなかったことに、トールはふう、と息をつく。
「今いる森を抜けた先が、王国の南部だね」
地図に描かれた森は、南部の方まで広くひろがっていた。
「とりあえず、森を南下していこうか」
「そうしましょう」
トールがうなずくと、アーサーはほほえんだ。
二人は森の奥へと進んで行った。
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