3. 終わらないウサギ狩り
突如として町に現れたウォーウルフを倒し、正体を知ってしまったトール・エインズを引き連れ、反逆の英雄アーサー・ラングレットはホーンラビット駆除に向かっていた。
「アーサーさん…どうして今、ホーンラビット駆除に行くんですか?」
トールが尋ねた。
「店主に期待されちゃったからね。ホーンラビットを持って行ったら、きっと店主喜ぶから、店主も浮かばれると思うよ」
「まるで死んだみたいに言わないであげてくださいよ…」
トールが呆れる。あははと笑うアーサー。
「…まあ、それに、騎士団が来るところにいたくないからね」
アーサーはふっと笑った。
--そっちが本音だろうな。
トールはアーサーの様子を見て思った。
しかし、ウォーウルフが出現した時に店主を見捨てて逃げず、助けに行ったことから、アーサーは店主のことをちゃんと心配しているのだとトールはわかっていた。
「あ、見えてきたよ。あの村じゃないかな」
アーサーが指差した先には、よくある村が広がっていた。畑が広がり、所々に家が立ち並んでいる。しかし、畑の周りに柵が設置されているにもかかわらず、畑の多くは荒らされていた。この状態では、収穫はまったく期待できなさそうだった。
「うわあ…これはひどいですね」
トールは顔をしかめる。
「うん。ここまでとは思わなかった」
アーサーも険しい顔をする。
「アーサーさん、早く行きましょう」
トールが先に進もうとする。
「あ、トール君、その前に一つ」
アーサーがトールを引き留める。足を止めるトール。
「二人の時以外は、俺のこと、アーサーって呼ばないでね」
「わかりました」
トールはうなずいた。
「あ、あと、もう一つだけ」
アーサーが思い出したように言った。
「俺、まだ、君のこと完全に信用したわけじゃないんだよね。変なマネ、しないでね。もししたら、どうなるかわかってるよね?」
にっこり笑うアーサー。
トールの背筋を、ぞわっと悪寒が走る。トールは、激しくうなずいた。こういう時のアーサーは、恐怖でしかなかった。
「じゃあ、行こうか」
トールを見て満足げにすると、アーサーはトールの肩をぽん、と叩いて歩いていった。
トールは、自分がやっていけるのか自信がなくなってきた。
近くまで行くと、被害のひどさがより鮮明にわかった。畑は至るところが掘り返され、土にまみれた作物の葉が散らばっていた。食べかけであろう実の部分もあちこちに転がっている。畑の周りに作られた柵も、突き破られたような跡があり痛々しかった。畑に人が全然見えないことが、事の深刻さを物語っていた。
二人はある畑の前で立ち止まり、荒らされた様を見ていた。
「こんなにひどい被害、初めて見ました」
トールが痛々しい顔をして言った。
「トール君は、ホーンラビットの被害を見たことあるの?」
アーサーが尋ねる。
「はい。俺の出身、農村なんで。ホーンラビットはよく畑を荒らしにくるんですけど、ここまでひどいのはそうそうないです」
トールが答えた。
「そうなんだ。一体ここは何があったんだろうね」
アーサーは、そう答えると、何か気づいたかのように村の奥の方へ視線をやった。
「そこの二人ー!危ないぞ!」
アーサーの視線の先から、叫び声が響いてきた。トールも顔を上げる。
すると、そこにはものすごいスピードで走ってくるホーンラビットと、それを必死の形相で追いかけてくる青年がいた。
ホーンラビットはまっすぐに二人のもとへ突っ込んでくる。
トールはそれを見ると、とっさに横に飛びずさった。
「あーあ、大変そうだね」
アーサーは他人事かのように言うと、腰に下げた短剣を抜いた。
「アーサーさん、危ないんじゃ…」
心配するトール。
「あはは、大丈夫だよ、あれくらい」
笑いとばすアーサー。
「よけろ!」
突進していくホーンラビットの先にいるアーサーを見て、ホーンラビットを追いかけている青年が、顔に焦りを浮かべて叫ぶ。
アーサーは笑顔のまま、短剣を持った左手をすっと前に突き出した。
そこへ角を突きだし、突っ込んでくるホーンラビット。
トールは思わず目をつぶった。グサッという嫌な音がした。
おそるおそる目を開けると、地面に血が滴っているのが見えた。
アーサーの突き出した短剣が、見事にホーンラビットの脳天を突き刺していた。
「…さすがです、アーサーさん」
あまりの鮮やかさに唖然として、トールが言った。
「まあ、ウォーウルフに比べればこれくらいはね」
大して様子の変わらぬままアーサーは言った。
「大丈夫、か…っ」
息を荒げながら、青年が二人のもとへたどり着き、言った。アーサーが短剣にホーンラビットを突き刺しているのを見て、その青年も唖然とする。
「…え?」
--まあ、そうなるよね。
トールは半ば同情を感じながら、青年の様子を見て思った。
ホーンラビットは下位の魔物といっても、倒すのは難しい。角を向けてものすごいスピードで突進してくるからだ。並みの動体視力と剣速では太刀打ちできない。それゆえにホーンラビットは農民を困らせているのであった。
「あなたこそ大丈夫ですか?」
いい笑顔でアーサーが青年に尋ねる。青年はずっとホーンラビットを追いかけてきたのか、今にも倒れこみそうだった。
「…大丈夫です」
ぜーぜーと息をしながら、青年は言った。
トールはなんだか青年が気の毒になって、青年に水をあげた。
トールにもらった水で復活した青年は、二人に向かって頭を下げた。
「ありがとう!助かった」
「いえいえ、このくらい」
アーサーは短剣に刺さったホーンラビットをぷらぷらと揺らしながら言った。
「こういうこと、結構あるんですか?」
トールは青年に尋ねた。
「ああ。半年前くらいからかな。全く、困ったもんだよ。おかげで畑もこの有り様だ」
青年は苦々しい顔で畑に目をやった。
「これじゃ、作物もまともに取れないですよね」
「そうなんだよ。早くホーンラビットをなんとかしなきゃいけないんだけど、俺らの手には余っててさ」
そこまで言って、青年ははっとしてアーサーを見る。視線を向けられたアーサーは笑顔で返した。
「もしよかったら、ホーンラビットの駆除に手を貸してくれないか?大したことはできないが、もちろん礼はする!」
青年はばっと頭を下げた。アーサーを見上げた瞳は期待できらきらとしていた。
「いいですよ。俺らでよければ、協力します」
にこっと笑って引き受けるアーサー。
トールも隣でうんうんとうなずいた。
「…!ありがとう!」
青年はアーサーとトールの手を取って、ぶんぶんと上下に振った。
「トール君、うまく誘導したね」
アーサーが面白そうにトールに耳打ちした。
「誘導したつもりはないんですけどね…」
はは、と笑うしかないトールだった。
「本当か!とても助かる、ありがとう」
青年につれられ二人は村長に会いにきていた。脳天に剣を突き刺された跡があるホーンラビットを見て村長は唖然としていたが、青年が二人がホーンラビット駆除に協力してくれる旨を村長に伝えると、村長は感激をあらわにして二人に感謝した。うっすら涙を浮かべていたほどだった。
本当に参っていたんだろうな、とトールは村の人たちが気の毒になった。
「いえいえ全然」
アーサーが笑って答える。
「二人は旅でもしてるのかい?」
「ええ、そんなところです」
村長の質問に、アーサーがごまかして答えた。
「そうかい。二人ともこの村のことはわからないだろう。いきなり外の者がやってきても他の村人も警戒するだろうから、案内人をつけよう」
「これは丁寧に。ありがとうございます」
アーサーはぺこりと頭を下げる。トールも同じく頭を下げた。
案内人は、二人をつれてきた青年だった。
青年はマックと名乗った。
「本当にありがとう。最初のうちは俺らで頑張れてたし、街のほうにも協力してもらってたんだけどさ。あまりに多いし長引くしでだんだん疲れてきちゃって。狩っても狩っても出てくるんだよ、あいつら。どうしようもなくなってたんだよね」
二人は村長の家を後にし、マックに村を案内してもらっていた。時折村人が家から出てきて、マックに挨拶するついでに二人を紹介してもらっていた。
ひとまずほっとしたのか、やれやれというようにマックは語った。
「前にもこんなことありました?」
アーサーが聞いた。
「魔王が倒される前はあったかな。でも、それ以外はこんなことなかったなあ」
どうしちゃったのかなあ、と青年はがしがしと頭をかいた。
それを聞いたアーサーがなんとも言えない顔をしているのを、トールは見逃さなかった。
--何かあるのかな?
トールは疑問に感じたが、それを聞く前にマックが話し出した。
「お、着いたぞ。ここが、ホーンラビットの巣がある森だ」
「へえ、ここが」
アーサーとトールは森を見上げる。村の外れにある森は、そこまで大きなものではなかった。
「行きますか、アーサ…アースさん」
思わずアーサーさん、と呼びそうになり、トールはとっさに言い直した。
「そうだね」
アーサーは、ふと思い付いたように言った。
「そうだ、トール君。いいこと思い付いた」
アーサーがいたずらを思い付いた子どものように笑う。トールは嫌な予感がした。
「どっちが多くホーンラビットを狩れるか、勝負しようよ」
--俺が勝てるわけないじゃん。
勝負する前から結果は目に見えていたが、トールは付き合ってあげるかと思い、それを承諾した。
「…いいですよ」
「ありがとう」
アーサーは嬉しそうに笑った。
--この人のこの笑顔、なんか断れないんだよなあ。
トールはそう思いながら、アーサーとともに森へと入って行った。
そして、夕暮れ時。
森の側の使っていない畑には、大きさの全く違う二つの山ができていた。マックや村長らが感嘆の声を上げて、主にアーサーの山を眺めている。
「…アースさん、おかしくないですか」
トールはホーンラビットを狩りまくった疲労と、アーサーの自分よりもはるかに多いホーンラビットの山を見せつけられた疲労で、地面に突っ伏していた。ちなみに、決してトールの狩ってきたホーンラビットが少ないわけではない。それ以上に、アーサーが狩ってきた量が異常だったのだ。
「ん?どの辺りが?」
アースさんの狩ってきたホーンラビットの多さですよ、と言おうとして、トールははっとあることに気づいた。
「いや、おかしいですよ…」
トールは恐ろしいことに気づいてしまったと思った。冷や汗がトールの頬をつたう。そんなトールを、アーサーは黙って見ていた。
「どうして、こんな大きくもない森から、こんなにたくさんのホーンラビットが出てくるんですか…?」
トールの声が震えた。
アーサーは二人の会話が村人たちに聞こえていないことを確かめると、トールの横にしゃがんだ。
「やっぱり、トール君もそう思う?」
アーサーが聞いた。トールはうなずいた。
「話を聞いた時からおかしいとは思ってたんだよね。でも、俺、農村にいたことないから、その辺の事情がわからなくて。トール君やマックさんが言うのを聞いて、確信したよ」
トールは、アーサーがホーンラビットによる被害について聞いてきたのを思い出した。
「こんなにホーンラビットが出てくるのは、おかしい」
アーサーが言い放つ。
アーサーがすっと冷たい目線を森の方へ向けた。すると、チロチロと見えていたホーンラビットの赤い瞳が、森の中へ消えて行った。
「え…、まだいたんですか…?」
トールはホーンラビットが森の中にまだいることに驚愕した。しかも、それは一匹や二匹ではなかった。明らかに、何十匹もの瞳が動いていた。
--こんなに狩ったのに?
トールは思わず狩ったホーンラビットの山を見る。
まだホーンラビットが大量にいるであろうことにも驚きだったが、決して近くはない距離でホーンラビットの存在に気づくアーサーにも驚きだった。
「…あーあ。これは、よくないなあ」
アーサーはそう言って口角を上げたが、その目は笑っていなかった。
「…どういうことですか」
トールは、アーサーが言わんとしていることがなんとなくわかっていた。けれども、それを認めたくはなかった。というよりも、認められなかった。
「誰かが、魔物を増やしている」
アーサーの鋭い声が、トールの懸念を言ってのけた。
トールはごくりと息をのんだ。
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次は10/10までに更新する予定です。




