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英雄の死に、祝福を。 ―魔王を倒した英雄が反逆したその後の物語―  作者: 坂町ミナト
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29. 手がかり

アーサーは逃亡して、一体何を成し遂げたいのか。


気になってはいたが、トールから聞けるようなものではなかった。


「俺はね、大切な人を取り戻すために、魔王討伐に参加して英雄になったんだ。でも、目的は果たせなかった。俺は、諦められてないんだ。なんとかして、大切な人を取り戻したい。そのために、逃げ回りながら取り戻すための手がかりを探しているんだ」


アーサーは再びマントを洗いながら、淡々と話した。


「その、大切な人っていうのは…」


トールは聞いてみた。


「…俺の、幼なじみ。ずっと一緒だったんだ」


そう言って笑ったアーサーの表情は、物悲しかった。


「…そうだったんですか」


トールはそれしか言えなかった。何か言いたいのに、何を言うべきなのかわからなかった。


悲痛な面持ちで黙り込んでしまったトールを見て、アーサーはほほえんだ。


「…トール君、君に確認しておきたいことがあるんだけど」


アーサーがトールに言う。


「なんですか?」


「君、本当に、俺と一緒に来ていいの?」


「え?」


トールは目を見開く。


「裏切らないでねって言った後に言うのもなんだけど…。俺の逃亡は、いつ終わるかわからない。俺と一緒にいたら、君も反逆者で追われる身だ。本当に、それでいいの?」


アーサーがじっとトールを覗き込む。アーサーの灰色の目に、トールの顔が映る。


「それは…」


トールは言い淀んだ。先程も似たようなことを問われたが、その時は感情的になっていて特に考えもせず構わないと答えていた。いざ反逆者となって追われる身になっても良いかと問われると、即答はできなかった。


「…君は、いい人だ。俺と一緒に来なくても、俺のことはきっと黙っていてくれる。無理に俺といる必要はないんだよ」


そう言って、アーサーはほほえんだ。寂しげな微笑みだった。


その微笑みを見て、トールの心が決まった。


「アーサーさん。俺は、アーサーさんと一緒に行きたいです」


トールはアーサーを真っ直ぐに見つめた。


「…本当に、いいの?」


「はい」


不安げに尋ねるアーサーに対し、トールはきっぱりと答えた。


思い返せば、トール自身が、アーサーについていきたいと思ったのだ。自身を救ってくれた英雄の後ろ姿に、憧れた。トールはもはやアーサーのことを反逆者などと思っていなかった。自分の将来を不確実な方へなげうってでも、アーサーについていってみたかった。


「…あはは、君はすごいね」


きっぱりと答えたトールに唖然としていたアーサーは、笑いながら言った。


「ありがとう、一緒に来てくれて」


アーサーがほほえむ。


「こちらこそです。連れていってくれて、ありがとうございます」


トールも笑顔を見せた。


「ところで、手がかりっていうのは、どういうものなんですか?」


トールは疑問に感じていたことを尋ねた。どのような情報をアーサーが求めているのか、いまいちわかっていなかった。


「ああ、それはね、王家と取引できるような情報だよ」


「王家と取引?」


「うん。王家の弱みになるような情報があれば、それと引き換えに取り戻せるかもしれない」


「なるほど…」


逃げながらではかなり難しそうだった。


自分の頑張りどころかもしれないと、トールは心の中で意気込んだ。


「それで、何か手がかりは見つかっているんですか?」


トールは期待しながら尋ねる。


「ううん、何も」


「…」


あはは、と笑いながらアーサーが答える。


期待していたばかりに、トールは肩透かしを食らった気分だった。逃げ回りながら探すのは至難の技だとわかってはいたのだが。


「まあ、見つかりそうではあるんだけどね」


アーサーはすっと目を細めた。


「アーサーさん…」


トールはアーサーの顔から手元に、視線を移す。


「それ、諦めていいですよ…」


トールはアーサーが諦めずに洗い続けているにもかかわらず、全然染みの落ちないマントを見て言った。


「それはちょっと、悔しいかな」


アーサーは手を止めずに言った。


「でも、それ、さっきとあまり変わってなくないですか?」


「…」


トールの指摘に、アーサーは目線を泳がす。


けっこうな時間洗っていたのだが、染みの落ち具合にあまり変化はなかった。


トールはためらいつつもアーサーに言う。


「アーサーさん、それ、借りますね」


アーサーからマントを受け取ると、トールは懐から杖を取り出し、マントに向かって呪文を唱える。


「"クリンネス"」


すると、マントの染みが浮かび上がり、粒子となって消えていった。


目を丸くするアーサー。マントはすっかりきれいになっていた。


「トール君…」


「…はい」


恨みがましい声でトールの名を呼ぶアーサーに対し、今度はトールが目を泳がせる。


「どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」


アーサーがじっとりとした目でトールを見る。


「いや…、アーサーさんがあまりにも一生懸命なので、言い出しづらくて…」


トールは小さくなりながら答える。


「俺、頑張ったのに…」


ふてくされるアーサー。


「すみません…」


アーサーはしゃがんだ状態から地面に腰を下ろすと、トールとは反対側に転がった。


「アーサーさん、すみませんって」


背中しか見えなくなったアーサーにトールが言う。


アーサーの背中に、不服、と書かれているように見えた。


「…今日の夜は、トール君がごはん作ってね」


アーサーがぼそりと言う。


トールは目を丸くする。が、すぐに笑いだした。


「…?」


突然笑いだしたトールに対し、アーサーが怪訝な視線を送る。


「そのくらいお安いご用ですよ。そんなので許してくれるんですね」


--アーサーさんって、けっこう単純なのかも。


アーサーのぞくりとする面を多く見てきたトールにとっては、ふてくされて丸まっているアーサーがとても新鮮で、なんだか面白かった。


「…まあ、もともと俺が汚したからね。食材くらいは、俺が調達してくるよ」


ケラケラと笑うトールを見てふっと笑みを浮かべると、アーサーは起き上がった。


「もうちょっと、遠くに行っておこうか。ここだと、捜索に来ようと思えばたどり着ける」


「そうですね。明るいうちに進んでおきましょう」


アーサーの提案に、トールは同意する。


アーサーは立ち上がると、干してある洗濯物の方へ向かった。


「うーん、まだ乾いてないなあ。乾かしながら進めばいっか」


洗濯物の乾き具合を確かめながら、アーサーが言う。


「あ、アーサーさん、俺、魔法で乾かせます」


「…」


おそるおそる言うトールを見つめるアーサー。


「じゃあ、頼むね」


アーサーはにこっと笑って言った。


アーサーが再びすねなかったことに、トールはほっとした。

読んでいただきありがとうございます。

次回も読んでいただけると嬉しいです。

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