28. その死を祝福せよ
「うわっ」
唐突に視界が何かにふさがれ、トールは驚いて声を上げた。
「はは、トール、ついてないな」
トールの隣に座った少年らが笑う。
むすっとしながら、トールは顔に張り付いたものを取る。それは反逆の英雄、アーサー・ラングレットの手配書だった。風に吹かれて、トールの顔に飛んできたのだった。
「元英雄の手配書じゃん。久々に見たな」
隣に座った黒髪の少年がトールの持つ手配書をのぞきこみ、言った。
「そもそも騎士団の練習場に飛んで来るもんじゃないだろ」
もう一人の薄茶髪の少年が言う。
トールは同期の見習い騎士らとともに、王宮の騎士団の練習場にいた。訓練の休憩中で、練習場の端に三人そろって座っていたところに、手配書が飛んできたのだった。
王宮内にもアーサー・ラングレットの手配書は貼られていたが、騎士団の練習場に飛んでくることは珍しかった。
「もはや懐かしいよなあ。あの凱旋式の日から、全然音沙汰ないじゃん。もう、死んでるんじゃね?」
「…いくら反逆者でも、魔王を倒した英雄だよ。さすがにその言い方は、ないんじゃない」
黒髪の少年の言葉に、おそるおそるながらもトールは不服そうに返す。
「それはトール、いい人すぎるって。たしかに魔王を倒したのはアーサー・ラングレットだけど、その後にやらかしたことがやばすぎる。だって、凱旋式にいた騎士団を半壊させたんだぜ?処刑ものだろ」
黒髪の少年が言い返す。
「本当にな。まあ、そんなやばい奴がそう簡単に死ぬところも想像できないけどな」
薄茶髪の少年が言う。
「円卓じゃね?ほらさ、王家の裏の兵力って噂あるじゃん。円卓くらいしか、アーサー・ラングレットを倒せないだろ」
「おい、一応王宮内だぞ。滅多なこと言うなよ」
黒髪の少年のすべらせた言葉に、薄茶髪の少年が慌てて止める。この言葉には、トールも焦った。一応、円卓は騎士団と敵対する裏の組織だ。円卓が王家の裏の兵力だという陰謀論はあったが、あくまで噂に過ぎなかった。不敬罪に問われてもおかしくはなかった。
黒髪の少年は慌てて口を押さえた。言われるまで気付かなかったようだ。
「あっぶな!ありがとな、助かった」
「どういたしまして。まあ、アーサー・ラングレットが円卓じゃないと倒せないっていうのは同意する」
「それは、俺もそう思う。でもさ、もう音沙汰ないんでしょ?それなら別に、死んでることまで望まなくても...」
「お前なあ」
トールの言葉に、二人は呆れた顔をする。
「それは甘いだろ。ウィルバウナー副団長レベルの奴が野放しになってるんだぜ?危険極まりないだろ」
「トールの境遇を思えば、そう言うのはわかるけどさ。俺らだって、英雄の活躍には盛り上がったし、魔王を倒してくれたことには感謝してる。あのつらすぎる魔物の討伐に駆り出されなくてよくなったしさ」
薄茶髪の少年が言うと、黒髪の少年もうんうんとうなずいた。
「でも、反逆者は、反逆者だ。その死は、王国の人々から祝福されるよ。トールこそ、不敬罪気を付けなよ」
「うーん…」
二人の言葉に、トールは煮え切らない返事を返すしかなかった。
トールは無意識に、手に持った手配書をぐしゃりと握りつぶしていた。
--俺は、やっぱり祝福できない。
トールはふと、見習い騎士時代の同期との会話を思い出していた。
たしかに、剣の実力者であり反逆者であるアーサー・ラングレットは死を望まれるのだろう。それはトールにも理解できたが、引っかかるものがあった。
アーサー・ラングレットは魔王を討った英雄だ。魔王が討たれた後ならもう用済み、死んでもかまわないということなのだろうか。トールはどうしても納得はできなかった。アーサーが反逆した経緯を聞いた後はなおさらだった。
トールは隣にいるアーサーをちらりと見る。
トールがアーサーを町から連れ出したのは昨夕のこと。
アーサーとトールは、森の川で血のついた服を洗っていた。
アーサーはトールの貸したマントに飛び散った血を落とそうと必死だった。
--どう見ても、反逆するような悪い人には見えないんだよな…。
洗濯に一生懸命なアーサーは平凡な人そのものだった。
--アーサーさんはいい人だ。悪い人じゃない。死んで喜ばれていいはずがないんだ。
服を洗う手に力が入った。
「ごめんね、トール君。マントの血、なかなか落ちないや…」
先刻から一生懸命マントの血を落とそうと頑張っているアーサーだったが、すっかり染みてしまった血は頑固にも洗われることを拒んでいた。マントには、まだたくさんのシミが残っていた。
「大丈夫ですよ、気にしないでください」
しょげるアーサーに、トールは返す。
--何人に襲われたら、こんなに返り血を浴びることになるんだろうな…。
トールは想像して震えた。アーサーを狙う人の多さも、それを引き起こしたアーサー出現の報の威力も、全員返り討ちにしてしまったアーサーの強さも、計り知れなかった。トールはこれ以上想像するのをやめておいた。
手元の洗っている服がトールの目に入る。トールの服も、たいして血は落ちていなかった。
「…っ」
トールには、自分の手に血が染み付いているかのように見えた。洗っても洗っても落ちない血が。人を殺したという事実が、べっとりと貼り付いていた。
トールは人を斬った感触を思い出し、ぶるりと震える。
「…」
そんなトールの顔をアーサーはじっと見つめる。
「?」
アーサーの視線に気付き、トールはアーサーの方を見る。
「トール君、なんか、元気ない?」
「え?」
アーサーが尋ねた。
ぎくりとして、トールは聞き返す。
「トール君って、いつも一生懸命というか。目の前のことにちゃんと集中してるのに、さっきからぼーっとしてるなって思って。…もしかして、疲れちゃった?」
アーサーの瞳にはトールを心配する色が浮かんでいた。
「あ…」
アーサーには見抜かれているようだった。
トールがぼうっとしていた原因は二つあった。どちらを言うべきか、トールは迷った。
トールは決心すると、先程から心に引っかかって離れなかったものの存在を口にした。
「…アーサーさんの凱旋式での話が、頭から離れなくて。俺、そんなことがあったなんて、全然知らなくて…」
トールが呟くように言う。
今まで聞いてきたアーサー反逆の筋書きは、アーサーを悪とするものだった。アーサーと王家の約束など、初耳だった。奪われた大事な人を取り戻すために魔王討伐に参加し、魔王を討ち取ったにもかかわらず約束を反故にされたのは、どれほどショックなことだったのだろう。
そりゃ、荒みもするよな、とトールは思う。アーサーが気の毒だった。同時に、一年もの間、王家の広めた話を信じていた自分が嫌だった。
「知らなくて当然だと思うよ。王家も、全力で隠していたみたいだし」
アーサーは気にしていなさそうに言う。
「でも…」
「いいんだよ。俺は、トール君が俺の話を信じてくれたことが嬉しい」
アーサーはにこっと笑った。
「アーサーさん…」
トールの心がじんわりと暖かくなる。
「…そういえば、まだ俺の逃亡の目的を話してなかったね」
アーサーはマントを洗う手を止めると、思い出したように言った。
「…!」
トールはごくりと息を飲んだ。
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