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英雄の死に、祝福を。 ―魔王を倒した英雄が反逆したその後の物語―  作者: 坂町ミナト
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26. 裏切らない味方

「…ご迷惑、おかけしました」


「やだなあ、そんなにかしこまらないでよ」


泣き腫らして目を真っ赤にしたトールは、自分のさらした醜態に恥ずかしい思いをしながら、アーサーに言う。あはは、とアーサーはそれを一笑に付した。


「落ち着いた?」


「はい、おかげさまで」


アーサーの問いかけに、トールは答える。アーサーのしてくれる気遣いが、嬉しかった。


トールは自分の斬った男のことを思い出し、自分のしたことにごくりと息をのむ。


トールは額の前で両手を握った。


-ーごめんなさい、殺すことになっちゃって。


トールは心の中で男に謝る。自分の命が危なかったとはいえ、申し訳なかった。


「トール君?」


何してるの、とアーサーが尋ねる。


トールは顔を上げると、アーサーに笑顔を見せた。


「俺が斬った人に、祈ってました。俺が、殺したことには変わりないんで。…まあ、自己満足かもしれないですけど」


トールに殺された男は、トールに死を悼んでほしいなどとは思っていないだろう。それでも、トールは祈りたかった。


「そっか。…優しいね、君は」


アーサーはトールにほほえんだ。


アーサーの目がすっと細くなった。


「でも、ごめんね。君のその優しさ、利用させてもらうね」


「!?」


アーサーはそう言った途端、トールを地面に叩きつけた。


唐突な出来事と体を地面に打ち付けた痛みに、トールは呆然とする。


「え、アーサーさん…?」


アーサーはトールの首に自分の腕を押し付け、トールが動けないようにする。血管が圧迫されて、息苦しかった。


トールの頬に冷たいものが落ちた。


「どうせ、君も裏切るんでしょ…?」


そう口にしたアーサーの瞳からは、涙がこぼれ落ちていた。


トールは驚きで目を見開いた。


「知ってるよ。反逆者である俺を騎士団に突き出せば、君は一躍英雄だ。騎士団にだって、戻れるかもしれない。俺とともにいる理由がない」


アーサーの声は、淡々としていた。しかし、言葉の端々から、絶望が読み取れた。


「最初からわかってたんだ。俺の正体を知った君は、消しておくべきだって。裏切られるんじゃないかってこんなに悩むなら、さっさと殺しておけばよかった」


アーサーはにこっと笑う。


「アーサーさん…」


トールは呟く。


トールは見開いていた目をすっと細め、アーサーを睨む。


「アーサーさん、あなた、誰と話してるんですか?」


「…?」


「俺は、アーサーさんと話しています。でも、あなたはそうじゃないでしょ。ありもしない裏切り者の幻影に向かって、話している」


「そんなことは…」


トールの気迫に、アーサーがたじろぐ。


「アーサーさん、今、俺、怒ってますよ。あなたに殺されそうになっていることにじゃない。あなたが、俺を見てくれないことに、怒ってます。俺、そんなに信用ないですか」


「それは…」


アーサーはトールから目を反らす。


「…アーサーさんって、そうですよね。ふと思い出したように、唐突に突き放してくる。でも、俺が危なくなったら、いつだって助けてくれるんだ。ウォーウルフの時も、巣に落ちた時も、商会で捕まった時も。そんないい人のこと、どうして裏切れなんかするんですか」


「…だって、俺、反逆者だよ」


「知りませんよそんなこと。俺にとっては、唯一無二の俺の英雄です」


「俺と一緒にいたら、君まで反逆者になるんだよ」


「かまいません。俺は、反逆者を捕まえる英雄なんかより、英雄を助ける反逆者になりたい」


「トール君…」


アーサーの顔が歪む。


「…俺、ウォーウルフから助けてもらったあの日から、アーサーさんが憧れなんです。尊敬する恩人なんです。そりゃ、たまに怖いこともありますけど。でも、裏切るだなんてあり得ません」


「…言葉では、なんとでも言えるよ」


「それはアーサーさんも同じでしょ。言葉では、なんとでも言える。アーサーさんは俺を殺せばよかったって言うけれど、言うだけじゃないですか。あなたなら、いつだって俺を殺せたでしょ。でも、そうしなかった」


トールの視界がぼやける。


「店主が荒んでいたって言った意味、わかりました。裏切られることが、悲しいんですね。アーサーさん、今すごく、荒んでます。店主に裏切られて、悲しいんですよね。それで、俺にも裏切られるかもって、思ってるんですよね」


「…」


「協力者がほしいんでしょ。俺の優しさを、利用するんでしょ。なら、とことん利用しましょうよ。アーサーさんは結局、自分のことじゃなくて俺のことを考えてくれている。それはありがたいです。嬉しいです。でも、もっと自分の都合を通していいんですよ」


トールは悔しかった。アーサーが頼ってくれない自分が。トールの瞳から涙がこぼれ、地面に落ちる。


「まったく、君は…。俺のことを、良く捉えすぎだよ」


アーサーは呟いた。


「…ねえ、トール君。君のこと、信じていいの?」


そう尋ねるアーサーの声は、震えていた。笑顔を作ったその表情は、泣きたくなるような表情だった。


「もちろんです」


トールは笑った。


アーサーが泣きそうな顔になる。


トールの首から、アーサーの腕がどかされた。トールは上体を起こす。


「…俺さ、一度、すごい裏切りにあって。それが、反逆の理由なんだけど」


アーサーは、ぽつりぽつりと語りだした。


「俺、大事な人を王家にさらわれて。魔王を倒せば返してくれるって約束されたんだ。それを信じて頑張って、魔王を倒したんだよ。なのに、返してもらえなかった。もともと、王家は返す気なんて、なかったんだ。裏切られて、頭が真っ白になって。気づいたら、国王を殴り飛ばしてた。騎士団をめちゃめちゃに倒してた。自分のしたことに気づいたときには、もう遅くて。俺は、反逆者になっていた」


初めて聞く、アーサーの反逆の理由だった。


思っていたよりもはるかに、悲しい理由だった。


同時に、トールは理解した。時折垣間見えるアーサーの闇のようなものの、正体を。


「アーサーさん…」


トールの顔が同情で歪む。


「俺は、あの日、大事だったはずの仲間の晴れ舞台を、台無しにしたんだ。その上、まだ、取り戻せなかった大事な人を諦められずに、逃げ回っていろんな人を困らせてる。俺は、そんなひどいやつだよ。それでも君は、俺を裏切らないでいてくれる?」


アーサーがほほえんだ。


その瞳には、トールに拒絶される恐怖が見え隠れしていた。


トールはアーサーをまっすぐに見つめた。


「裏切りません。トール・エインズの名にかけて、俺はずっと、アーサーさんの味方です」


そう言って、トールは笑顔を見せる。


「トール君…」


アーサーの瞳から涙がこぼれ落ちる。


「…本当に、君は、いい人だね。ありがとう。こんな俺の、味方になってくれて」


かつてない、嬉しそうな笑顔だった。


トールはその笑顔を見て、ほわほわとした暖かい気持ちになる。思わず顔が緩む。


「…ごめんね。俺、何度も君に、ひどいことしちゃった」


アーサーがトールに言う。心底、申し訳なさそうだった。


「うーん、否定はできないですけど…。でも、全然大したことないですよ。アーサーさんが本気じゃないの、なんとなくわかってたんで」


トールはにこっと笑う。


-ー半分、嘘だけど。


正直、最初の頃はアーサーに冷たい視線を向けられるたびに、怖くて仕方がなかった。けれども、それ以上にアーサーの優しさを知って、そして毎回、結局脅すのみで終わっていたことから、アーサーが本気でトールを殺そうとしていないと感じるようになっていた。アーサーはトールを殺さないと、信じていた。トールはアーサーに怒ってなどいなかった。


「…そっか。ばれちゃってたか」


アーサーはあはは、と笑う。そして、空を仰ぎ見ると、言った。


「なんでかな、君のことは、何故だか殺せなかった」


「…」


「…トール君って、かっこいいよね」


「え?」


思ってもいない言葉に、トールは目を丸くする。


「ウォーウルフに立ち向かう君を見たとき、思ったんだ。ああ、この人はかっこいいなって。俺は、あんな風に見ず知らずの人は助けに行かない。助けても、自分の助けたい人だけ。でも君は、危険を顧みずに助けに行った」


「…無鉄砲なだけですけどね」


トールは照れくさくなって頭をかく。尊敬する人にかっこいいと思われていたことが、とても嬉しかった。


「それでもだよ。…君は、俺の憧れの人に、似ているのかもしれない」


アーサーの瞳は遠くを見つめていた。


「アーサーさんの憧れの人、ですか?」


「うん。尊大で自由気ままで、でも責任感があって、なんでも有言実行するんだ」


「それ、俺に似てます…?」


トールは、まったくもって自分とは異なる人物像を言われ、怪訝な顔をした。


「似てるよ。誰でも、助けに行っちゃうかっこいいところが。…俺には、ないところ」


そう言ったアーサーは、少し悲しそうだった。


「アーサーさんは、かっこいいですよ。助けてほしい時に、必ず助けてくれるところが」


トールはにこっと笑った。


そんなトールを、アーサーは目を丸くして見つめる。


アーサーはふっと笑うと、柔らかい笑みを浮かべた。


「君には敵わないなあ。…俺の正体がばれたのが、君で良かった」


「アーサーさん…」


トールはなんとも言えない、暖かい気持ちになる。


「これからもよろしくね、トール君」


「はい…!こちらこそ、お願いします、アーサーさん」


アーサーとトールはがっしりと握手を交わした。


夕暮れ時の沈む太陽が、二人をまばゆく照らしていた。






一年ぶりに、反逆の英雄アーサー・ラングレットが表舞台に姿を現した。


その知らせは瞬く間にウィシュタル王国の主要都市を駆け巡って行った。


「やっと、登場か」


新聞に目を通した輝くような金髪の人物が、にやりと口角を上げる。


「…やはり戻って来るのか、君は」


赤髪の人物が、大量の本に埋もれながら、新聞を見て呟いた。


「…待っていました、貴方が戻って来るのを」


長い白金の髪をたなびかせ、街の掲示板を見た人物が呟く。


「あやつが、戻って来ただと…!」


バン、と机を叩き、国王が顔を真っ赤にして叫ぶ。報告をした官僚がビクッと震える。


「今すぐ騎士団に通達だ。反逆者、アーサー・ラングレットの捕獲を最優先せよと…!」


「っ、かしこまりました」


血走った目で命ずる国王に、官僚は怯えながら返事をし、すぐさま国王の命令を伝達しに行く。


「へえ。ロベルト殿、やってくれるね。これは、英雄狩りが起きるなあ。急がなきゃ」


街の掲示板を後にし、白髪の人物が歩いていく。耳飾りがカラン、と揺れた。


アーサー・ラングレットが再びウィシュタル王国の表舞台に現れたことで、様々な人の様々な思惑も、音を立てて動き出した。


アーサーとトールはその中心にいるのだが、二人はまだ、それを知らない。


読んでいただきありがとうございます。

次回更新は11/4です。

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