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英雄の死に、祝福を。 ―魔王を倒した英雄が反逆したその後の物語―  作者: 坂町ミナト
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25. 光の行く先

探索魔法の光は、使っている本人にしか見えないことが幸いだった。おかげで、トールは誰にも声をかけられることなく進むことができた。


探索魔法の光は、町の裏道の奥へと伸びていた。住民でさえも近寄らない裏道には、血だらけの人々が点々と倒れていた。いわゆる「裏の人間」のようだった。地面に残された血の跡が、アーサーが通ったことを指し示しているみたいだった。


ツンと血の匂いがトールの鼻の奥を突く。


トールは口を押さえながら、光をたどって行った。


-ーこれ、しばらく他の人は来ないだろうな。


ここに倒れている人々は、アーサーを追ってきて返り討ちにあったみたいだった。


幸いにもアーサーのいるであろう場所は町の南側だった。誰にも見つからずにアーサーを連れ出せそうだと考えながら、トールは歩いていた。


遠くの方から、キン、と剣のぶつかり合う音が聞こえてきた。人を斬る音がした。


トールの心臓が跳ねる。


-ーアーサーさんが、いる。


トールは音のした方向へと急いだ。


「…っ!」


トールは曲がり角からその先の光景を見て、息を飲んだ。


そこには、周囲の壁に血が飛び散り、地面に倒れた人の山と真っ赤な血溜まりがあった。そこに一人、ゆらりと立つアーサーがいた。アーサーの持つ剣からは、血が滴っていた。どことなく、アーサーがうつろに見えた。


トールの首筋を冷や汗がつたう。


アーサーがトールに気付いた。


「え、トール君…?」


トールの方を振り向いたアーサーは、返り血で血だらけだった。


被ったマントからのぞく灰色の目には不穏な光が帯びていて、トールはぞっとする。


「…来ちゃったんだ。なんで、来たの?」


「え?なんでって…。アーサーさんの存在がばれて、早く合流して逃げなきゃって…」


思ってもいなかったアーサーの問いに、トールは戸惑う。


「そう。君、どうやってここまで来たの?」


アーサーが尋ねる。


「…探索魔法を、使いました。アーサーさんに貸したマントをたどったんです」


トールは緊張しながら答える。


「ああ、そういうこと」


アーサーはトールから借りたマントに目をやる。トールのマントは、血で真っ赤に染まっていた。


「ごめんね、トール君。君から借りたマント、血まみれにしちゃった」


アーサーが申し訳なさそうにほほえむ。


「アーサーさん…」


アーサーの目がすっと細くなった。


トールの首筋にピリッという感覚が走る。後ろから何かが迫ってくる気配にトールは気付いた。ばっと後ろを振り向く。


トールのすぐ後ろに、トールに向かって剣を振り下ろさんとしている男の姿があった。


「…!」


トールの瞳孔が開く。


その後は、一瞬だった。


トールは、とっさに右手を動かし、左腰に提げた剣を握ると、すっと引き抜いた。トールは引き抜いたままの勢いで、剣を振り抜く。


ビシャッと、赤い液体が飛んだ。


「…!」


アーサーが目を見開く。


「かまいません」


トールは言った。


うめき声とともに、ドサッと男が崩れ落ちる。


男の胴体には、縦にくっきりと傷が刻まれていた。


「俺も、血まみれなんで」


トールは力が抜けたように振り上げた右手を下ろし、アーサーの方に振り向くと、にこっと笑った。


笑顔を作ったはいいが、口の端はひくついていた。右手には、人を斬った感触が生々しく残っていた。剣を握る手が、ガタガタと震える。


-ー今、俺、何した?


トールは、自分のしたことが信じられなかった。間違いなく自分のしたことなのに、どこか非現実感があった。


顔にかかった返り血が、生暖かくて気持ち悪かった。


トールは背筋に悪寒が走る。が、首を振ってその感覚を払うと、アーサーの手をつかみ、トールは走り出した。


「アーサーさん!こっちです!」


「え?」


初めて人を斬ったであろうに、それに構わずアーサーの手を引くトールに、アーサーは戸惑った。


そんなアーサーにはお構い無しに、トールはアーサーを連れて町の中を駆けて行った。






トールは呆然とするアーサーの手を引き、南側から町の外へ出、人のいない山道まで走ってきた。幸運にも、誰とも遭遇せずに済み、トールはほっとした。


走り続けた疲労で足がもつれ、トールは地面に転ぶ。アーサーはそんなトールの横で止まった。


「…っ、ここまで来れば、大丈夫な、はずです…っ」


地面にへたり込んだトールは、息を上げたまま、アーサーに言う。


ふと、トールの脳裏にトールが斬った男の倒れた姿が思い出された。トールは人を斬った感触と浴びた血の生暖かさ、倒れた男の光のない目を思い出し、胃の中のものが逆流するような感覚に襲われる。


「…う」


トールは口を手で押さえる。トールの顔は真っ青になっていた。


「トール君、大丈夫?」


アーサーがトールの前にしゃがみ、尋ねる。


トールが顔を上げると、アーサーは心配そうな顔でトールを見ていた。


「アーサーさん…」


呟くと、トールは喉に不快感を感じ、アーサーから顔を反らす。トールは道の横に吐き出した。喉に残る刺すような苦さに咳き込む。


「俺…、人を、斬っちゃいました」


トールは震える自分の手を見つめながら呟く。呼吸が乱れる。


「トール君、大丈夫だから、落ち着いて」


アーサーはトールの肩をつかみ、目を合わせて言う。アーサーの手についた乾ききっていない血が、トールの肩をべっとりと濡らした。


「息、吐いて」


アーサーはほほえむ。


「…」


アーサーの笑顔を見て、トールは自分の中でうずまいていたぐちゃぐちゃとした感情が、すっと引いていくのを感じた。


呼吸が楽になる。


「ありがとう、連れて来てくれて。…ごめんね、無理させて」


アーサーは悲しい笑顔を浮かべた。


トールの瞳から涙が落ちた。


「え、トール君?」


トールの頬を涙がつたうのを見て、アーサーがうろたえる。


「…アーサーさん」


「?」


「俺、怖かったです。人を斬るの」


「うん」


トールの瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。感情があふれて、しょうがなかった。


そんなトールを、アーサーはぎゅっと抱きしめた。


至る所が赤く染まったアーサーからは血の匂いがしたが、トールは気にならなかった。アーサーの抱擁は優しかった。ただただ、嬉しかった。


トールはアーサーにしがみつく。


「…俺っ、情けなくて、こんなに怖いこと、アーサーさんばっかりにさせて…っ」


トールの口から嗚咽が漏れる。


トールの言葉を聞いて、アーサーは目を見開いた。


「そんなこと、気にしないで。俺は、平気だから」


アーサーはぽんぽんとトールの背中を叩いた。


トールの泣き声が響いた。


読んでいただきありがとうございます。

次回更新は11/3です。

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