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英雄の死に、祝福を。 ―魔王を倒した英雄が反逆したその後の物語―  作者: 坂町ミナト
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23. 裏切り

トールが出かけていったしばらく後のことだった。


「おーい、店主、いるか?」


酒場の外から、店主を呼ぶ声がした。


「なんだ?」


店主は磨いていたグラスを置くと、ドアへと向かって行った。


店主はカラン、とドアを開ける。そこにいたのは、近所の住民だった。


「おい、見たか?掲示板の新聞」


「いや、まだだ」


店主は何事かと首をかしげる。


近所の住民は掲示板から取ってきたのか、新聞を取り出すと、店主にある面を見せる。そして、声をひそめて店主に言った。


「ここだ、これ、見ろよ」


「ん?」


「…あいつに、似てないか?」


「…」


ひそひそと話す二人を見ながら、アーサーはジョッキの中身を揺らす。ジョッキの中身がぐるぐると回った。


「いや、まさかな」


「でも、まさかじゃ済まないくらい似てるだろ。それに、時期もぴったりじゃないか」


近所の住民は新聞を店主に渡す。


「まあ、読んでみろよ」


じゃあな、と手を振り、近所の住民は帰って行った。


店主は新聞を片手に、店の中へと戻ってくる。


店主の方を見ていたアーサーと、ばちっと視線が合った。


「…」


「…」


気まずい沈黙が流れた。


店主は、新聞の姿絵をちらりと見る。そして、アーサーの顔を見た。アーサーを見る目は、(いぶか)しげだった。しかし、疑念というよりもむしろ確信に近い(いぶか)しさだった。


「なあ、お前さん、アースだよな」


「そうですよ」


アーサーはにこっと笑う。


「…アーサー・ラングレットに、そっくりじゃないか?」


「やだなあ、気のせいじゃないですか」


あはは、と笑うアーサー。


「逮捕されたロベルト・ダナウェンが、アーサー・ラングレットに嵌められたと言っているらしいぞ。時期的に、お前さんが向こうへ行っていた時じゃないか?」


「偶然ですよ」


「…」


「…」


アーサーと店主は、無言で見つめ合う。緊張感が張り詰めていた。


「お前さん…、反逆者だったのか」


恐怖を目に宿しながら、店主がためらいながらも、口にした。


アーサーの目がすっと細くなる。


「…違うってことには、してくれないみたいですね」


アーサーは突然、声をあげて笑い出した。唐突なことに、店主はぎょっとして後ずさる。


「アース…?」


店主の呟きには、明白な恐怖があった。目の前の人物が、得体の知れないものだと。アーサーはそれを感じ取っていた。


「やっぱ、だめだなあ、信頼しちゃ。どうせ、裏切られるんだ」


あはは、とアーサーは笑う。その笑い声からは狂気が感じられた。店主はぞっとする。


「…俺が、あいつらを裏切った報いかな」


アーサーは目を伏せながら、ぼそっと呟いた。


「アース、すまんな…」


店主は扉を開けようとする。


すると、店主の目の前にフォークが飛んできて、扉に刺さった。


「!」


バサッと、新聞が店主の手から床に落ちる。店主はへなへなと床に座り込んだ。


「…すみません、店主。騎士団に行こうとしたんでしょ?今行かれると、困るんですよ」


アーサーはつかつかと店主の方へと歩み寄る。店主の顔に恐怖が浮かんだ。


アーサーはそんな店主の様子に傷ついた顔を、一瞬見せた。しかしすぐに表情を消すと、店主の落とした新聞を拾い、記事に目を通すと、ふっと笑みを浮かべた。


「あーあ、やられたなあ」


笑みを浮かべてはいたが、その瞳は笑っていなかった。


アーサーはくるりと(きびす)を返すと、新聞を放っぽり、店の奥へと進む。


「お前さん、何を…」


店主は震えながら尋ねる。


「裏口、通らさせてもらいますね」


アーサーは店の裏口の扉の前に立つと、店主の方を振り向いた。


「店主、俺、あなたには感謝してたんですよ。お世話になりました」


アーサーの浮かべた笑みは、悲しかった。


アーサーは背を向けると、扉を開け、店の外へと出ていった。


パタン、と扉が閉まる。


「アース…」


呆然とした店主が店に残された。






トールが酒場に戻ると、そこには数人の人だかりができていた。


「…?」


そこに流れる不穏な空気に嫌な冷や汗が流れる。


トールが戻ってきたことに、入り口に立っていた店主が気づく。


「お、戻ってきた」


店主はトールの肩をおもむろにつかむと、真剣な目で言った。


「悪いことは言わない。早く、逃げるんだ」


「え?」


唐突な言葉に、トールは聞き返す。事態が飲み込めなかった。


「お前さん、気づいてないんだろ。あいつは、アースは、アーサー・ラングレットだったんだよ…!」


「…え」


トールは目を丸くする。


--ばれちゃったの?


トールの瞳が動揺で揺れる。


「ほら、見ろよ」


近くにいた住民がトールに見せてきたのは、さっきトールが遠目に見た新聞記事だった。


そこには、記事の下の方に、王都で見慣れた手配書のアーサーの姿絵が描かれていた。


「アースにそっくりだろ?」


「まあ、そうですけど、他人のそら似じゃ…。だって、アースさん、いい人じゃないですか」


トールは一生懸命だった。


『いい人だよね、感謝してる』


アーサーの嬉しそうな言葉をトールは思い出す。アーサーの信頼している店主に、アーサーの正体がばれるのは避けたかった。トールはなんとか誤魔化そうとした。


しかし、その努力は水泡に帰した。


「いい奴だったけどな…。まさか、大罪人だとは思わなかったよ。よく働いちゃくれたが、あの笑顔の裏に何を隠しているかと思うと、怖いよな」


「本当にな」


周りの人々が、同意する。


トールは店主の言葉に、殴られたような衝撃を受けた。


アーサーのことをいい奴だと言い、世話を焼き、アーサーに助けられた身でありながら、正体が自分と相容れない者だとわかった途端手のひらを返す人間の恐ろしさに、トールはぞっとした。


「お前さん、しばらくあいつと一緒にいただろ。すまんな、俺が連れてってくれなんて言ったせいで」


「そんな…」


申し訳なさそうに言う店主に、トールは動揺を隠せなかった。もはや、目の前にいる人物はトールの知っている店主ではないような気さえした。トールは、自分の中から何かがすっと引くのを感じた。


トールはうつむく。


「いつあいつが戻って来るかもわからない。まあ、騎士団が捕まえてくれるだろうが、早く、逃げておけ」


「…いいえ」


トールはゆらりと顔を上げる。


「逃げてなんかいられません」


今までにないくらい、冷たい声が出た。その声に、周りの人々がビクッと震える。


トールの茶色の目が鈍く光る。


「俺が、アーサー・ラングレットを捕まえます」


読んでいただきありがとうございます。

次回更新は11/1です。

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