21. 狩った魔物は有意義に
マックらに別れを告げた後、数日かけてアーサーとトールは二人が出会った町まで戻ってきた。
町にはウォーウルフが暴れた跡がまだ痛々しく残っていた。壊された建物はあらかた復旧していたが、作りの甘さからまだ完全に復旧していないことがわかった。
「やっぱりまだ、被害が残ってますね」
トールは顔を歪めながら言う。
「うん。あんなに大きいウォーウルフが暴れればね」
アーサーも眉をひそめていた。
「アースさん、どうします?俺、一応教会の方に店主がいるか見てこようと思うんですけど」
トールはアーサーに尋ねる。
アーサーはうーん、と首をかしげた。
「俺は、教会はちょっとなあ。トール君が戻ってくるのを、待ってるよ」
「わかりました。じゃあ俺、行ってきますね」
「ありがとう、お願い」
ひらひらと手を振り、笑顔でトールを見送るアーサー。
--なんか前もこんなことあったな。
既視感があるな、と思うトール。
その時とは違い、トールはアーサーがいなくなるのではという不安は感じなかった。
今では、トールはアーサーがなぜ教会に行きたがらないかわかっていた。
教会は、光魔法の使い手が集まる場所である。アーサーが魔王討伐の際に、教会から女神の加護を与えられているのは、誰もが知る事実だ。女神の加護が与えられることで、強さが増し、防御力が上がるのだ。光魔法の使い手ならば、女神の加護を与えられている人物は会えばわかるという。女神の加護が与えられている人物は限られている。女神の加護を受けたアーサーが教会に入ろうものなら、すぐにアーサー・ラングレットだとばれてしまうだろう。
トールは教会の中に入る。以前訪れた時とはうって変わり、荘厳な雰囲気の普段の教会だった。
「ようこそお越しくださいました。本日は、いかがなさいましたか」
神官がやって来て、トールに尋ねる。
「あの、お見舞いに。ウォーウルフが襲ってきた時に怪我をした、酒場の店主にお会いしたくて」
「ああ、彼ですね。幸い彼は怪我が軽かったので、もうご自宅に戻られていますよ」
「そうだったんですね…!ありがとうございます」
トールはほっとした。
「とんでもない。貴方に、我らが母と精霊の祝福があらんことを」
神官が祈ってくれたことにお礼を言うと、トールは教会を出た。
アーサーは、ちゃんとトールを待ってくれていた。思わずトールの顔がほころんだ。
「トール君、おかえり。どうだった?」
アーサーがトールに尋ねる。
「教会にはいませんでした。軽傷だったみたいで、もう戻ってるらしいです」
「そっか。それならよかった」
アーサーはほほえんだ。
「じゃあ、トール君、酒場に行ってみようか」
「はい」
二人は酒場に向かって歩き出した。
「アースさんって、どうやって店主と出会ったんですか?」
トールは気になった聞いてみた。
「偶然だよ。俺がこの町を訪れた時に、たまたま立ち寄ったのが、あの酒場」
「そうだったんですね」
アーサーは懐かしそうにふっと笑みをもらした。
「俺、あの頃、すごく荒んでいたらしくて。店主いわく、放っておけなかったんだって。だから、店主がいろいろ世話を焼いてくれて。いい人だよね、感謝してる」
アーサーの笑顔は柔らかかった。
「そうだったんですか。…というか、荒んでたんですか」
トールはアーサーの荒んでいたという言葉に引っかかった。
あはは、と笑うアーサー。
「そうらしいよ?俺は、そんなことないと思うんだけどね」
楽しそうにするアーサーの瞳に、暗い光が帯びているのをトールは見逃さなかった。
「…俺は、まだアースさんと出会ってそんなに経ってないんで、わからないですけど」
--なんか、店主の言うことわかる気がする。
口ではそう言っておきながら、トールは店主に同意できるところがあった。
荒んでいるというか、どこか危なっかしい感じがアーサーからはした。どこか、こことは違う世界に生きているというか。たまに見せるなんとも言えない表情が、トールにそう感じさせた。
「トール君は荒まないよね」
「え?」
唐突に自分に振られ、トールは不意を突かれる。
「だって、見習いで、騎士団をクビになっちゃったんでしょ?荒んじゃってもおかしくないなって思って」
アーサーが気遣うように笑う。
「…」
--たしかに。
トールは目を見開く。自分では気づいていなかった。よく考えれば、もう自分の夢は叶わなくなったのだ。それに気づいても、トールはどこか他人事なかんじがしていた。心の中に、ぽっかりと穴が空いている気分だった。
「…そうなんですけどね。たぶん、俺、とっくに諦めがついていたんだと思います。ずっと、騎士団の中でも弱かったんで。クビになった時も、ああ、ついにきちゃったかってかんじで。自分の中で納得はいってるんだと思います」
トールは笑ってみせた。
「まあ、なんだかんだ楽しいこともあったんで。いい思い出です」
にこっと笑うトールを見て、アーサーはまぶしそうにする。
「いい人だなあ、トール君は」
「?」
「俺は、楽しかったはずの思い出も、全部だめにしちゃった」
あはは、とアーサーは笑った。
「…?」
トールは怪訝な顔をする。アーサーの発言の真意が、よくわからなかった。
「アースさん、それって-」
「あ、トール君、着いたよ」
トールが言うのをさえぎって、アーサーが言う。アーサーの指差した先には、酒場があった。
酒場はウォーウルフに派手に壊されたため、まだその跡は残っていたが、壊されたところは簡易的にだが直されていた。
カランカラン、とドアベルを鳴らして、アーサーは酒場のドアを開ける。
カウンターにいた人物が顔を上げる。
「…へ?アースじゃないか?」
「こんにちは、店主。元気してます?」
アーサーはにこっと笑う。
そこには、目を丸くした店主がいた。
店主の頭には、まだ包帯が巻かれていた。
「お前さんらのおかげで、この通り元気だ!そっちはどうなんだ、アース?またふらっとどっか行っちまって」
店主は威勢良く笑いながら言う。
アーサーとトールは、店主の元気そうな姿にほっとする。
アーサーはにこっと笑うと、担いでいた袋をテーブルにドサッと置いた。
「ご要望の品、持って来ましたよ」
「?」
なんのことだと首をかしげる店主。
アーサーは袋の口を開けて見せる。その中身を見て、店主は驚きで目を見開いた。
「…これ、ホーンラビットじゃないか!どうしたんだ、こんなに」
にこにことしているアーサーを見て、店主がはっとする。
「もしかして、これ、狩って来たのか?」
「はい」
アーサーの答えに、店主はわっはっはと声をあげて笑う。
「さすがだなあ、お前さんは。ありがとな。今何か作ってやるよ」
「わあ、ありがとうございます」
店主は意気揚々とホーンラビットをキッチンに運んでいった。
「店主、無事でよかったです」
「うん。ホーンラビットも、喜んでくれたし」
アーサーは満足げだった。
しばらくすると、店主はホカホカと湯気をたてた料理を二人の前に置いた。いい匂いがトールの鼻を刺激し、トールの腹が鳴った。
「あはは、トール君、お腹すいてた?」
「はい…」
腹の鳴る音が聞こえていたことに、トールは少し恥ずかしくなる。
「食え食え。遠慮しなくていいからな」
「ありがとうございます、いただきます」
二人は出来立ての料理を頬張る。久々に店で食べる料理は、おいしかった。
「ところで、このホーンラビット、多すぎやしないか?さすがに全部は使いきれないんだが」
二人がおいしそうに食べるのを見ながら、店主が言った。
「まあ、全部もらっちゃうのも悪いしな。換金してきたらどうだ?ウォーウルフの件で、今商人があまり来なくなっちまっててな。売ったら、きっと買い手数多だぞ」
「へえ、そうなんですか」
「保存魔法もしっかりかかってるから、ちゃんと売れると思うぞ」
「あ、ちゃんとかけられてました?」
「そりゃもちろん」
店主の答えに、トールはほっとする。マックらの村からこの町までかなり距離がある。途中で腐らないように、出発前にトールは保存魔法をかけておいたのだ。しかし、数が数なのでうまくかけれているかを不安に感じていたのだった。最後の方は、疲労でふらふらになりながら魔法をかけるはめになるほどだった。
「保存魔法も、民間魔法の一つだっけ」
アーサーが尋ねる。
「そうです。もって一週間、てとこですかね」
時間的に、売るならそろそろ売らないとまずかった。
「トール君が魔法を使えて助かったよ。魔法なしだったら、もっと急いで戻ってこないと行けなかったから」
アーサーの言葉を聞いて、トールはあることに気づいた。
「…アースさんって、最初、一人で行くつもりでした?」
「うん」
「そしたら、戻るときって…」
「走ればいいかなって。急げば、一日で戻って来れるから」
「それ、一日中走り続けないといけなくないですか…?」
「まあ、そうだね。でも、いけなくはないよ」
「…」
--普通は、無理だって。
トールはアーサーの規格外さに、あきれるしかなかった。
アーサーはなんてことなさげに、もぐもぐと料理を頬張っていた。
「店主の言葉に甘えちゃっていいかもね。換金させてもらおうか」
「そうしましょう」
お金はあるに越したことはなかった。
「そしたら、俺、行って来ましょうか」
「そうしてくれると助かるな。頼んでもいい?」
「任せてください」
「ありがとう」
トールの申し出に、アーサーはありがたそうにする。
アーサーの役に立てるのが、トールは嬉しかった。思わず笑みがこぼれる。
「じゃあ、行ってきますね」
食べ終わると、トールはホーンラビットの入った袋を担いだ。
「うん、俺はここで待ってるね。いってらっしゃい」
アーサーがひらひらと手を振ってトールを見送る。
カランカラン、とドアベルを鳴らして、トールは外に出た。
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次回更新は10/30です。




