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英雄の死に、祝福を。 ―魔王を倒した英雄が反逆したその後の物語―  作者: 坂町ミナト
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2. 冒険の始まり

「アーサー・ラングレット…?」


目の前の信じがたい光景に対し、トールの口から漏れたのは、かつての英雄、現在の反逆者の名だった。


町に突如として現れた中位の魔物、ウォーウルフ。騎士が数人がかりですら楽に勝てるとは言いがたいのに、このアースという人物は一人で颯爽と倒してしまった。


そして、トールが王都で見聞きしてきた様々な英雄の情報。


それらは、トールの頭の中で揺るぎないある一つの結論を導きだしていた。


目の前にいるアースという人物は、現在指名手配中の英雄、アーサー・ラングレットである。


アースは、王都で至るところに貼り付けられていた手配書の顔に、どこか似ている気がした。


トールが思わず口にした言葉に、アースが固まった。


アースはゆっくりとトールの方を振り向いた。


「トール君、君、今、なんて言った?」


笑顔だった。しかし、どこかぞっとする笑みだった。


トールはごくりと息を飲むと、言った。


「アースさんは…英雄の、アーサー・ラングレットですか?」


その場に緊張が走った。


笑顔を張り付けたままのアースからは、何を考えているのか読み取れなかった。

どくどくとトールの鼓動が激しく打つ。


「あはは、何言ってるの?そんなわけないじゃん」


笑い飛ばすアース。


「お尋ね者が、こんな町中を堂々と歩いてるわけないでしょ」


それは全くもってその通りである。

それでも、トールの確信は揺らがなかった。


「でも…ウォーウルフをこんなに簡単に倒せるのも、左利きなのも、今十九歳なのも…全部、アーサー・ラングレットに繋がります。それに、アースさんの顔、王都の手配書にどこか似てるんです」


沈黙が場を支配した。


アースは目をすっと細めた。


「…とりあえず、場所を変えようか」


その声の冷たさに、トールは従うしかなかった。






アースは酒場に戻ると、気を失っていた店主を担ぎ、教会へと向かった。トールはそれについていった。

さっきまでとても頼もしかったアースの背中が、今はとても怖く見える。


教会に近づくにつれ、人が多くなってきた。なんとも言えない不安感が町を包み込んでいた。あちこちで子どもの泣き声が聞こえた。


「もうすぐ騎士団が来てくれるから、大丈夫だ」

「もう、誰かが倒してくれたらしいぞ」

「たしかに、もう唸り声も壊れる音も聞こえないな」

「それにしても、どうしてウォーウルフがこんな町中に…」


町の人々の話し声が聞こえてくる。


「…あーあ、もう広まっちゃってるのか」


アースがぼそっと呟いた。


教会の手前まで来ると、アースは立ち止まって、トールの方を振り向いた。


「ねえ、トール君。店主を教会まで連れてくの、頼んでもいいかな?」


アースはにこっと笑った。


「え…わかりました」


トールは困惑した。教会は目の前なのに、どうしてここでトールと代わるのか。トールが店主を教会へ送り届ける間に、アースに逃げられる気がしなくもなかった。トールはアースの意図がわからなかった。


「ありがとう」


トールはアースに代わって店主を担ぐと、笑顔でひらひらと手を振るアースを後ろ目に、教会へと入っていった。


教会の中には、すでに多くの人がやって来ていた。怪我人はそこまで多くないことから、多くは家を壊されたりとりあえず逃げてきたりした人たちなのだろう。被害が少なく済んだのは、アースが騎士団の到着前にウォーウルフ倒したおかげに違いなかった。トールはあらためてアースのすごさを実感した。


「怪我人ですか!こちらで治療させていただきますね」


怪我をした店主に気づいた神官がトールの方へ駆け寄ってくる。


「お願いします」


トールは神官の案内に従って、怪我人用のベッドまで店主を運び、神官に店主を預けた。


「大丈夫そうですね。出血は少なくはありませんが、ちゃんと治療すれば治ります」


「よかったです」


トールはほっと息をついた。


トールが教会の外に出ると、そこではまだアースが待っていた。トールは少しほっとした。


「店主、大丈夫だそうです」


「なら、よかった」


明らかにアースは安堵の笑みを浮かべた。


「じゃあ、行こうか」


アースが歩き出す。トールは慌ててそのあとを追った。


「え、店主の付き添いとかしなくていいんですか?」


トールはてっきり、しばらく教会にいるものだと思っていた。


「うん?だって、しばらくは教会で安静にしなきゃでしょ。俺がいたって特に役に立たないしね」


アースはそこで一息つくと、続けて言った。


「…それに、もう騎士団がここに向かってるんでしょ。誰がウォーウルフを倒したのか、絶対に捜される。そんなのに付き合うことになったら面倒だからね」


「…そうですか」


やっぱりアーサー・ラングレットなんじゃ、とトールは思った。もしそうなら、騎士団に見つかるのはまずい。


沈黙を貫いたまま、二人は人気のない町のはずれまで来た。


「…ねえ、トール君」


立ち止まると、唐突に、アースがトールに尋ねた。


「はい」


トールの前を歩くアースの表情は、トールにはわからなかった。トールは少し緊張する。


「俺って、アーサー・ラングレットに見える?」


直球な質問だった。トールはなんと答えるべきかわからず、少し迷ってから答えた。


「えっと…、正直に言うと、見えます」


トールは素直に答えた。が、これでよかったのかは不安で、早く答え合わせをしたかった。


「そっか。…じゃあ、仮に俺がアーサー・ラングレットだとしたら、トール君はどうしたいの?」


「それは…」


考えてもいなかった。ただ、自分の中に浮かび上がってきた仮説が正しいのか、確かめたかっただけだった。トールは、それが本人にとってどう響くかまでは考えていなかったことを、アースの少し不安をにじませた声を聞いて、ひしひしと実感した。


アースは振り向いて、トールの様子を伺っていた。


トールは、どう答えるのかを決めた。


「実は、何も考えていなかったです。…ただ、自分の中に浮かんだ疑問を確かめたくて」


正直に言うことにした。


アースはトールのことを黙って見つめていた。


「でも、別にアーサー・ラングレットを騎士団につき出したいとかそういうのはなくて。俺にとっては、反逆者だろうがそうじゃなかろうが、遠い人であることには変わりないんで。そんな人をどうこうしようとかは思ってないです。それに、もしアースさんがアーサー・ラングレットだとしても、アースさんは俺の恩人です。アースさんがいなければ、俺はウォーウルフにやられて死んでたと思います。俺は、恩人に恩を仇でなんて返したくありません」


トールはアースをまっすぐと見つめ、笑顔を見せた。


アースはトールの言葉を聞いて、目を見開いた。


「…そっか。君はいい人だね」


アースはほほえんだ。


すると突然、あははは、とアースは声をあげて笑いだした。唐突のことにトールはぎょっとする。


「あーあ、ばれちゃったなあ」


ひとしきり笑い終えると、アースは息をついて、そう言った。いたずらがばれた時の子どものようだった。


「トール君、君は正しいよ」


アースは、呆然としているトールの方に向き直った。


「あらためて。…俺は、アーサー・ラングレット。今は王国から追われる身となっている、かつて英雄と呼ばれた者だ」


トールは、瞳がこぼれんばかりに目を見開いた。ある種の感動が、トールに押し寄せた。


「よろしくね、トール君」


アース、改めアーサーは、そう言ってにこりと笑った。


「…本当に、英雄だったんですね…!」


「そうだよ。あれ、なんでトール君泣いてるの」


アーサーは笑いながらトールに尋ねる。トールの目は涙でうるんでいた。トールはそれを腕でぬぐった。


「だって…、いくら今は反逆者だとしても、アーサー・ラングレットはこの国を救った英雄であることには変わりないじゃないですか。そんなすごい人に出会えただなんて、俺、感動で…」


嗚咽をもらすトールを、アーサーはくすぐったそうな顔で見ていた。


「まったく、君は。買いかぶりすぎだよ」


アーサーはぽんぽんとトールの肩を叩く。


「そんなことないです。少なくとも、俺にとっては俺を助けてくれた英雄です」


トールはきっとアーサーを見た。


「あはは、そう言ってくれるなんて嬉しいなあ」


そう言って笑うと、アーサーはすっと目を細めた。


「…さてさて、トール君。俺の正体が君にばれちゃったわけだけど、答え合わせしてはいさよなら、てわけにはいかないんだよね」


トールからすっと血の気が引いた。


--そりゃそうだ。


アーサーは、王国から指名手配され、一年間逃げ回ってきたのだ。必死に隠してきたであろう正体を知った人間を、やすやすと野放しにするとは思えない。


トールは自分の好奇心に駆られて行動したことを後悔しだした。笑顔を浮かべた目の前の指名手配犯が、恐ろしかった。


「…えっと、俺は、どうすればいいんですか…?」


トールはさっきとは別の意味で泣きそうになりながら聞いた。


アーサーはにこっと笑った。


「俺と一緒に来てくれない?」


「え?」


思ってもいなかった回答に、呆気にとられるトール。


「この辺はそうでもないけど、やっぱり王国のあちこちに俺の手配書があるわけじゃん。俺一人だと、動きにくいんだよね。協力者がほしいなって思って。それに、トール君は行くあてがないって言ってたしね」


トールはそういうことか、と納得する。同時に、とても安堵した。


「なんだ…。俺、てっきり口を開けないようにされるのかと思いました」


ふう、と息を吐くトール。


「あはは、そんなひどいことしないよ」


アーサーは笑い飛ばしたが、少し目を細めて言った。


「…まあ、トール君が俺を騎士団につき出すって言ってたら、そうしてたかもね」


その言葉にトールは震え上がった。自分の回答が間違っていなかったことにとても感謝した。


「で、どうする?一緒に来る?」


アーサーが再び尋ねる。


今の流れで断れるわけがなかったが、それを抜きにしても、トールはアーサーについていってみたく思っていた。アーサー・ラングレットという人物に惹かれていた。


「行きます。…行かせてください」


トールは真剣な目で答えた。


それを聞いて、アーサーはほほえんだ。


「ありがとう。じゃあ、これからよろしくね、トール君」


アーサーはトールに手を差し出した。


「こちらこそ、よろしくお願いします、アーサーさん」


トールは差し出されたアーサーの手をがっちりと握った。


まばらに広がる雲の隙間から差し込む光が、二人を祝福しているようだった。






「よし、じゃあ、行こうか」


一件落着すると、アーサーは再び歩き出そうとした。


「え、どこにですか」


トールはきょとんとして聞いた。


「トール君、忘れちゃったの?俺たち、ホーンラビットを狩りに行く途中だったじゃないか」


--え、それ、今行くの?


ウォーウルフ騒動やらなんやらで、トールの中ではすっかり後回しになっていたホーンラビット駆除であった。


ここに、反逆の英雄とその正体を知った少年の冒険譚が始まることとなった。


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