19. 感謝
翌日。
朝になって出発したアーサーとトールは、マックらの村に戻って来ていた。
「あれ、お前さんら、ホーンラビットを倒してくれた兄ちゃんらじゃないか」
村の端に位置する畑で農作業を始めていた村人が、アーサーとトールに気づくと、目を丸くして言った。
「おはようございます。今、戻りました」
トールはその村人に言った。
村人が表情に安堵をにじませる。
「おいおい!戻るのが遅いじゃないか!マックらがすごい心配してたぞ」
村人は近くにいた子どもに、マックに伝えるように言う。子どもは村の中心に向かって走って行った。
「マックさんが」
トールは少し驚いて言った。そんなに心配してもらえているとは思わなかった。
「ああ。早く行ってやってくれないか。昼までに戻らなかったら、街まで捜索願を出しに行くって息巻いちまっててさ」
アーサーの周りの空気が凍った気がした。トールはちらりとアーサーを見る。アーサーは笑顔のままだったが、その笑顔はこわばっていた。
太陽は上空に昇ってきていた。もう、昼までそんなに時間はなかった。
「ありがとうございます。急ぎます」
「おう、いってらっしゃい」
トールはお礼を言うと、村人に見送られ、固まったアーサーを引き連れて村の中心に向かった。
「危なかったですね」
トールはアーサーに言った。
「…うん。深入りするのは、よくないね」
そう言ったアーサーの笑顔は、少し怖かった。
二人が村の中心に着くと、子どもから知らせを受けたのか、マックと村長が正面からやって来た。
「アース!トール!よかった!」
「二人とも、無事だったか…!」
マックと村長はあからさまにほっとした表情を浮かべる。マックはもう街へ行こうとしていたのか、しっかりとした服装をしていた。
「無事ですよ。遅くなっちゃって、すみません」
トールはにこっと笑って言った。
「いや、無事ならよかった。最近は森の中はかなり危ないから、何かあったんじゃないかって心配だったんだ。もし何かあったら、もう、領主に直談判に行こうと思ってた」
ほっと息をつきながら、マックは言った。
「そんな、俺らは村の人間じゃないのに…」
「でも、ホーンラビットをあんなに倒して、村を助けてくれたじゃないか!そんな恩人が行方不明なのに放っておけないよ」
「その通りだ。二人には、感謝してもしきれない」
トールの言葉に、マックが何を当たり前のことを、とでも言うように返す。村長も、それにうんうんと同意した。その様子に、トールはなんだか嬉しくなった。
「あ、ホーンラビットについてなんですけど」
アーサーが言う。
「あれは、魔王の影響がまだ残っていたかんじですね。もう少ししたら、落ち着くと思います。しばらくは巣には近づかない方がいいですけど、近いうちに解決しますよ」
マックと村長はその言葉に、目を丸くした。心なしか、二人の目はうるんでいるように見えた。
「本当か…?」
「はい」
アーサーはにこっと笑う。
マックはアーサーとトールの手をがしっと握った。驚くアーサー。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
マックはしっかりと二人の手を握って、噛みしめるように言った。
「もう、なんと言っていいか…。ホーンラビットの駆除だけでなく、巣まで見てきてくれて。領主に頼んだって相手にもしてもらえなかったのに、それを他人の君たちが...。本当に、感謝する」
村長が頭を下げる。
それに少し焦ったトールだったが、少しでも助けになれたようで、嬉しかった。思わず顔がほころんだ。アーサーも、嬉しそうにしていた。
「いいんですよ」
アーサーが空いた方の手をひらひらと振りながら言う。
村長は目をうるませながら顔を上げる。
「ありがとう。頼まれていたホーンラビットも、しっかりと処理してある。好きなだけ、持っていってくれ」
「わあ、ありがとうございます」
アーサーは村長の言葉に、嬉しそうに言った。
アーサーは、ふと気づいたように、村長に声を落として言った。
「ああ、村長。実は、折り入ってお願いが」
「なんだい?我々にできることなら、なんでも」
真剣なアーサーの表情に、村長は快く答える。
トールは、アーサーが何を言い出そうとしているのかわからず、少し不安になった。
「今回、俺たちがここに来たことは、なかったことにしてくれませんか」
思いがけないアーサーの言葉に、一同驚く。
「え…?」
「せめて、少し滞在したくらいに。ホーンラビットを駆除したとか、そういうことは、伏せていただけると」
アーサーがにこっと笑う。意図の読めない不気味な笑顔だった。
戸惑うマックと村長。
「別に、悪いことでもなかろうに、一体、何故…」
「あまり、目立ちたくなくて。今回のことは、村の皆さんで行ったことにしていただけないでしょうか」
戸惑う村長に、アーサーは困ったように笑って見せる。
その笑顔にうっとひるんだ村長は、やれやれと首を縦に振った。
「わかった。張本人のお前さんが言うなら、そうしよう。村のみんなにも、言い含めておく」
「ありがとうございます」
アーサーは嬉しそうに言った。
「でも、村の者はみな、お前さんらにすごく感謝している。それだけは、伝えておきたい」
村長は真剣な目でアーサーとトールを見る。
その視線に、アーサーがたじろいだ。
「…ありがとうございます」
一瞬固まったアーサーだが、にこりと笑ってみせると、ぺこりと頭を下げた。
その様子を、村長とマックはほほえましく見ていた。
「ありがとうございました」
アーサーとトールは、村の人々からもらった、血抜きしたホーンラビットが詰まった袋を担ぎ、村長たちにお礼を述べた。
「こちらこそ。お前さんらが来てくれなかったら、どうなっていたことか。本当に、感謝している」
「その通りだ。またいつでも来てくれ」
「ありがとうございます。では」
口々にお礼を言われつつ、二人は手を振って村を出発した。
「いい人たちでしたね。助けになれて、俺、よかったです」
トールは満足げに言った。
「そうだね」
アーサーが言う。
アーサーは少し困ったような表情を浮かべていた。
「…アーサーさんって、もしかして、人に感謝されるの慣れてないですか?」
魔王討伐を成功させるまでの三年間、アーサーらは行く先々で魔物を倒していたという。感謝されるのは慣れてそうにもかかわらず、反応に困っていたアーサーがトールは不思議だった。
「?そんなことないと思うけど…」
アーサーが目を反らす。誤魔化したいようだった。
「でもさっき、挙動不審でしたよ?」
トールはたたみかけて尋ねてみる。
アーサーは逃げ切れないと思ったのか、少しためらった後に口にした。
「…だって、俺、今はもう英雄じゃないんだよ?感謝される理由がないと思うんだ」
その言葉に、トールは目をぱちくりとさせる。
「え…。アーサーさん、もしかして、英雄だから感謝されるんだと思ってたんですか?」
こくりとうなずくアーサー。
トールは唖然とした。
「そんなことはないですよ…。英雄だから感謝されるんじゃなくて、助けてくれた人だから、感謝されるんです」
「…そういうものなの?」
アーサーが首をかしげる。
「そういうものです。英雄って肩書きは、実際の行動があってこそつけられたものですよ」
トールは熱弁する。
「そっか。…そうだったらよかったけどね」
遠くを見つめたアーサーの瞳は、どこか暗い光を帯びていた。
「アーサーさん?」
意味深長な返答に、トールは眉をひそめた。
アーサーはにこっと笑う。
「なんでもないよ。店主に、ホーンラビットを届けに行こうか」
「…はい」
なんだか誤魔化された気がするトールだった。
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次回更新は10/28です。




