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英雄の死に、祝福を。 ―魔王を倒した英雄が反逆したその後の物語―  作者: 坂町ミナト
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18. 血まみれの日常

「うん、この辺ならもう大丈夫かな」


アーサーは町のはずれの人気のない街道で止まると、トールを下ろす。


空は、すでにオレンジ色に染まっていた。


「ありがとうございます」


トールはお礼を言いつつ、アーサーの様子をうかがった。


「?」


トールの視線に気づいたアーサーが、トールを見て首をかしげる。


「…アーサーさん、体力化物なんですか?」


トールはあきれかえって言った。


アーサーは、トールを担いでかなりの距離を猛スピードで走ってきたはずなのに、なんてことない涼しい顔をしていた。


「ん?トール君、あんまり重くないから」


あまり答えになっていない答えが返ってきた。


「そうですか…」


はぐらかされたのと、なんとなく軽いと貶されたように感じるのとで、トールは脱力してしまった。


「今日のうちには村まで戻れそうにないね」


アーサーは日の暮れた空を見て言った。


「そうですね。…今日は野宿にしておきますか?」


町で騒ぎがあった日に、どこかに滞在の記録を残すのはまずい気がした。


アーサーは表情に嬉しさをにじませた。


「そうしてくれると、ありがたいな」


「じゃあ、そうしましょう」


トールは笑顔で言った。


「とりあえず、食事の用意でもしますか?」


街道から脇の森に入り、小川で水を汲んだり返り血を洗い流したりしながら、トールはアーサーに尋ねた。


「そうしようか。あ、トール君、鞄から弓、出せる?」


「え?」


トールの鞄には弓など入っていないはずだった。トールは戸惑いながらも鞄の中を探ると、中からロベルトの部屋に飾られていた弓が出てきた。唖然とするトール。


「なんか使えそうだったから、入れさせてもらっちゃった」


いたずらっ子のように笑うアーサー。


「いつの間に…」


トールは弓が鞄に入っていたことに、まったく気づかないでいた。


アーサーは近くに落ちていた枝を拾うと、それを器用に短剣でまっすぐに整えていた。


「トール君、ありがとう」


「いえ」


アーサーはにこっと笑ってトールから弓を受けとる。


弓の弦に削った枝をひっかけると、アーサーは上空を見渡した。


木々の合間を、何羽か鳥が飛んでいった。


アーサーはそれを見逃さなかった。


枝を引きながら、弓を上空に向けると、すっと枝を持つ手を放す。


放たれた枝はきれいな軌道を描いて、まっすぐに鳥に向かって飛んでいく。


「わあ」


トールは思わず感嘆の声を上げる。


ギャッという鳥の鳴き声とともに、枝が刺さった鳥がアーサーとトールの元に落下してきた。アーサーはぱしっと鳥の足をつかんだ。けっこうな大きさだった。


「アーサーさんって、剣だけじゃなくて弓も使えるんですね」


トールは、アーサーが飾り矢にもかかわらず遠距離を飛ばして見せたのを思い出しながら言った。今も装飾用の弓と即席で作ったほぼ枝な矢で成した芸当だった。


「あはは。俺、剣より先に、弓を習ったからね」


「え、そうなんですか?」


「うん」


意外だった。アーサーは剣士として有名だ。弓も使えることは、聞いたことがなかった。てっきり、弓はおまけでやってるのだと、トールは思ったのだった。


アーサーは、短剣で器用に鳥をさばいていた。


「アーサーさん、狩人向いてるんじゃないですか?」


「そうかな?無事に逃げ切れたら、なろうかな」


アーサーは鳥から視線を動かさずに言った。


トールは、周囲から小枝を拾ってきて、地面の上に組み立てる。


「さばくの、ありがとうございます。あとは、俺がやりますよ」


「いいの?」


「はい」


少し不安げな顔をしたアーサーを不思議に思いながら、トールはアーサーから鳥を受け取った。


トールは鳥を二つに分け手頃な枝に刺すと、その枝を地面に刺して固定する。


「"フレイム"」


トールが唱えると、さっき組み立てた枝の中にぱっと火が上がった。


パチパチと音を立てて枝が燃えていく。


「わあ、さすが」


アーサーが感心してトールの起こした火を見つめる。


「そんな、大した魔法じゃないですよ」


トールは謙遜する。


「それでもだよ。俺が火を起こそうとしたら、もっと時間がかかっちゃう」


ふっと笑うアーサー。


「あ…」


トールはしまったと思った。正直、トールは自分の魔法を褒められるようなものではないと思っていたし、実際そうだった。けれども、魔法を使えないアーサーから見れば手の届かない芸当なのだろう。


トールははっとして言った。


「あ、じゃあ、アーサーさん。これからは、火起こしは俺に任せてください。俺、アーサーさんに頼ってばかりなんで、これくらいさせてほしいです」


トールの言葉に、アーサーは目を丸くした。が、すぐに笑顔が浮かんだ。


「じゃあ、お願いしようかな」


「任せてください」


トールは誇らしげに自分の胸を叩いた。


トールは火加減を見ながら、枝を回して鳥を焼いていた。


「…手慣れてるね」


トールが焼くのを見ながら、アーサーは言った。


「まあ、家にいた頃はよくやってたので」


「トール君って、農村の出身なんだっけ?」


「はい。といっても、実家は農家一本じゃなくて。わりと魔物も多かったんで、よく森に狩りも行ってました」


「そうだったんだ。だから、慣れてるんだね」


「おかげさまで、そうですね」


はは、とトールは笑った。


そんな会話をしているうちに、鳥からいい匂いが立ち上ってきた。


--こんなもんかな。


トールは鞄から塩を取り出して焼き上がった鳥にふると、アーサーに手渡した。


「ありがとう」


アーサーはきらきらとした目で焼かれた鳥を見つめる。きれいな茶色の焦げ目がついていた。


トールは倒木に座るアーサーの隣に座った。


「いただきます」


アーサーとトールは鳥にかぶりついた。


アーサーの顔がぱあっと明るくなる。


「…!おいしいね、これ」


「本当ですか?よかったです。アーサーさんの下処理がよかったおかげですよ」


トールははふはふと頬張りながら言った。


「俺が焼いても、こんなにおいしくならないよ」


アーサーはおいしそうに食べながら言った。


「そういえば、魔王討伐の時は食事はどうしてたんですか?」


トールはふと疑問に思ったことを聞いてみた。


「うーん、その時々かな。でも、野宿の時は、マルツァーは料理作らせたらだめな人だったし、エステルは肉をさばけなかったし、レオナルドは食べれればいいっていう考えの人だったから、基本的に俺が作ってたかも」


あはは、と笑って懐かしそうにするアーサー。


トールは魔王討伐の話を振ったことに対して、アーサーが嫌な顔をしなかったことにほっとした。


「なんか、大変そうですね…」


「その当時はね。…今となっては、いい思い出かも」


アーサーは少し、寂しそうな顔をした。


「…」


--アーサーさんって、魔王討伐パーティーのメンバーに対して悪い感情はないんだな…。


何がアーサーを反逆に駆り立てたのか、いまいちわからないトールだった。


「トール君は、肉をさばくのは平気な人?」


アーサーが尋ねてきた。


「?はい」


「絞めるのは?」


「それも、大丈夫です」


アーサーの質問の意図がわからなかった。


首をかしげるトールに、アーサーは決まり悪そうに言った。


「…トール君さ、今日、人の血を見て倒れかけちゃったじゃない。俺にとっては、血にまみれるのは日常だったんだ。だから、君にとっては日常じゃないってことに気づかなくて。申し訳なかった」


「そんな…」


「だから、もしかしたら人以外の血を見るのもだめなのかなって思って。確認しておきたかったんだ」


アーサーはにこっと笑った。


トールは何かがこみ上げてくるのを感じた。アーサーがトールのことを気にしてくれていたことが、素直に嬉しかった。


「…心配してくれて、ありがとうございます。たぶん、俺、人が怪我したり殺されたりするのを見るのが、まだだめなんだと思います。一応騎士見習いだったのに、情けないですよね」


トールは半ば自嘲的に笑う。


そんなトールをアーサーはじっと見ていた。


「…そんなことは、ないんじゃない?人が傷つくのを見るのがだめってちゃんと思えるのは、いいことだと思うよ」


アーサーの言葉には、自分はもう違う、という意味が込められているように聞こえた。


アーサーの灰色の瞳に、たき火の炎がチラチラと映る。銀色とも見まがう瞳は、どこか悲しげな光を帯びて見えた。


「トール君は、そのままでいいと思うよ」


アーサーはにこっと笑った。


「…そうですかね」


アーサーが本気でそう思っているのか、ただの皮肉なのかは、トールにはわからなかった。






後片付けをして、寝静まった後。


トールはふと目を覚ました。


周りはまだ真っ暗で、たき火の燃え跡がわずかにパチパチと燻っていた。


トールは起き上がった。視界の端に、アーサーが眠っているのが見えた。


アーサーは木にもたれかかり、座り込んで眠っていた。足を抱えこみ、左手は短剣の柄を握っていた。寝ている間に襲われても、いつでも斬りかかれる体勢だった。


「…」


トールはマックらの村に着くまでの数日間、アーサーがずっとこの体勢で寝ていたことを思い出した。


トールはなんとも言えない気持ちになった。


--アーサーさん、やっぱり気を張り詰めているのかな…。


野宿で寝るときはある程度警戒すべきだろう。しかし、ある程度治安のいいこの場所で、こんなに警戒しているアーサーを見て、トールは複雑な気持ちだった。トールのことを警戒しているのか、はたまた魔王討伐の時からの癖なのか。どちらにせよ、警戒を解けないアーサーのことが、トールはなんだか気の毒になった。


「…もっと、信用してもらえるようになりたいな」


トールはぼそっと呟いた。


初めは、偶然アーサー・ラングレットについていくことになっただけだった。ウォーウルフを倒して助けてくれたアーサーが輝いて見えたから、トールはついて行きたいと思った。アーサーの圧が怖かったこともあるが。その後も、アーサーにとって正体を知っているトールは脅威であるはずにもかかわらず、何度もトールを助けてくれた。アーサーは、トールにとって今や恩人以上の存在になっていた。


トールは、アーサーには何か事情があるのではないかと感じていた。


アーサーと出会う前に聞いていたアーサーの評判は、ひどいものだった。


王国の裏切り者、なんてものは生ぬるい。魔王討伐の成果を一人占めしようとしたとか、身の程知らずな要求をして、受け入れられなかったことに理不尽にも激怒したとか、そもそも魔王討伐パーティーのお荷物だったとか、挙げ句の果てには魔王と契約した、人間の皮を被った魔物だというものまであった。


評判はさすがにひどすぎやしないかとトールは思っていたのだが、間違っていなかったらしい。


散々な評判の一方で、実際のアーサーはいい人だった。評判とは全然違った。トールは、そんなアーサーの役に立ちたかった。


トールはうとうととしながら考えていたが、頭が働かなくなってきたので枕にしていた鞄に再び頭をうずめた。


--アーサーさんに信頼してもらえるにはどうすればいいかな。


そんなことを思いながら、トールは眠りに沈んでいった。


読んでいただきありがとうございます。

次回更新は10/27です。

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