14. 死なすべきだった人
ユベルが、転移魔法を使って逃げ出した。
ホールには、アーサーとトール、そして気絶させられた敵が残されていた。
「あーあ、逃がしちゃった」
アーサーは残念そうに言うと、その場に寝転がった。
ふう、と息をつくアーサー。
トールはアーサーのもとへ寄ると、アーサーの隣に座った。
「…助けてくれてありがとうございます、アーサーさん」
トールはアーサーにお礼を言う。そして、付け加えた。
「すみません。俺、アーサーさんの足を引っ張ることになっちゃって…。俺が、ホーンラビットの被害を止めたいって言い出したのに」
トールはそう言って、唇を噛む。
寝転んだままそれを見ていたアーサーは、腕を顔の上にのせた。
「…別に、君をあのまま死なせたってよかったはずなのにね」
アーサーはぼそっと呟いた。
その言葉に、トールはビクッとする。
「むしろ、そうすべきだった。俺の正体がばれてるんだし。なのに、なんでかな、助けちゃった」
「…」
あはは、と笑うアーサーに、トールは何も言えなかった。何と言えばいいのかわからなかったし、自分が何を言いたいのかもわからなかった。
「ごめんね、トール君。こんなひどい奴で」
アーサーが嘲るように笑う。
トールは、何かがこみ上げてくるのを感じた。
「いいえ、違います。アーサーさんは、ひどい奴なんかじゃありません」
トールはきっぱりと言った。顔に置いたアーサーの腕が、ぴくりと動いた。
「アーサーさん、何回も俺のことを助けてくれたじゃないですか。本当にひどい奴なら、そもそも助けたりなんかしません。見捨てます。でも、アーサーさんは、助けるメリットがないのに俺を助けてくれた。だから、アーサーさんは、いい人です」
トールは一息に言った。本心だった。
アーサーは顔に置いた腕をどけ、床の上にやった。
「あはは、いい人は、君のことだよ」
アーサーがほほえんだ。どこか嬉しそうだった。
「いえ、そんな…」
トールはなんだか恥ずかしくなった。
アーサーは申し訳なさそうな顔をすると、言った。
「ごめんね。俺、トール君のこと置いていっちゃった。トール君、俺とはぐれている間に、何があったの?」
アーサーは、トールがぐるぐる巻きにされて運ばれてきて、殺されかけていたことを言っているのだろう。
「あ、実はですね…」
トールは、アーサーとはぐれていた時のことを話した。
アーサーを追っていたらマックの村の領主が商会の支店長だとわかったこと、アーサーから預かった杖を利用して商会に入り込んだこと、ロベルトと男の談合を聞いたこと、ロベルトは魔法薬の取引と引き換えに村を差し出そうとしていること、ユベルに捕まり連れていかれた先でアーサーと会えたことをトールは順を追って説明した。
それを聞いていたアーサーは、ぽかんとしていたが、唐突に笑いだした。
「あはは、トール君、君、大胆なことするなあ」
商会に入り込むなんて命知らずにもほどがある、とアーサーは笑い転げた。
トールはきまりが悪そうに笑った。
トールも、今思えば、よくあんなにも大胆なことができたな、と自分でもあきれてしまう。
「…すごいな、君は。ちゃんと情報も、手に入れてる」
アーサーがトールに尊敬の眼差しを向ける。
「いやいや、そんな…。たまたまです」
トールは首を横に振った。結局捕まってしまったことが、トールは情けなかった。
そんなトールを見て、アーサーはほほえむ。
「さて、トール君。ユベルっていう白髪の魔法使いは、円卓の騎士だって言ってたよね。それなら、君が見た領主と話していたシャイロックって男も、円卓の一員かな?」
「たぶん、そうです。ユベルっていう人の上司っぽかったです」
「なるほど。その人たち、まだ商会にいるかな」
「うーん、もういないんじゃないですかね?お客様っていう立場みたいでしたし。俺が話を聞いていた時も、話の終盤だったみたいです」
「そっか」
アーサーはそう言って、少し考え込む。
そして、にこっと笑うと、言った。
「せっかくトール君が情報を仕入れてくれたわけだし、この際、ロベルトっていう領主を潰しちゃおうか」
「えっ?」
アーサーの言葉にトールはすっとんきょうな声を上げた。
「潰すって、どういう…」
「あはは、物理的に潰すわけじゃないよ」
おろおろとした声を出すトールに、アーサーが笑いながら答える。
「別にそうしてもいいけど、俺、もっと怒られちゃいそうだし」
--怒られるって、反逆したことか。
王国から指名手配されていることを怒られちゃうの一言でまとめるアーサーに、トールはあきれながらも恐れをなした。
「じゃあ、どういう意味で...?」
「まあ、マックさんらの村の領主をやめざるを得ないくらいに、自滅してもらうってとこかな」
「…?」
トールはいまいちアーサーの言わんとしていることがわからなかった。
頭にはてなを浮かべるトールに、アーサーは尋ねた。
「トール君、俺たちの目的はなんだい?」
「目的ですか?…ホーンラビットの増殖を止めることです」
「そう。じゃあ、どうしてホーンラビットが増えていたのかな」
「それは、魔法薬がまかれていたからです」
「その通り。それなら、魔法薬をまいた張本人を潰せばいいよね」
アーサーはにこっと笑う。
「トール君が聞いたかんじだと、円卓は、村がほしい。領主は、闇取引のルートがほしい。互いに、同等のものを交換する取引みたいだった。でも、円卓の方は村は手に入らなくてもいいらしい。それなら、領主が取引の材料を失えば、取引はなくなって、魔法薬がまかれることもなくなるんじゃないかな?」
「なるほど...」
トールは素直に感服した。実際にロベルトらの話を聞いていたはずなのに、トールはここまで考えつかなかった。トールのアーサーに対する尊敬の念が大きくなる。
「アーサーさん、すごいですね…。俺、こんなに考えつかないです」
思わず口から漏れた。
アーサーはきょとんとしたが、あはは、と笑うと言った。
「俺も、もとからできたわけじゃないよ。こういうのの考え方を、教えてくれた人がいて」
アーサーは、懐かしむように言った。
アーサーは起き上がると、その場に立ち上がった。
「さて、領主に失脚してもらうには、相応の証拠が必要だ。それを、手に入れに行こうか」
アーサーはトールを見下ろして、にこっと笑った。
「はい、アーサーさん」
トールもにこりと笑うと、立ち上がる。
「でも、証拠って、俺が聞いた話しかなくないですか?」
トールはふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「そうなんだよね。でも、それじゃだめなんだ」
アーサーはすっと目を細めた。
「トール君、騎士団に出頭するつもりかい?」
「あ…」
トールの顔に冷や汗が流れる。
トールが聞いたロベルトらの話を証拠とするなら、トールは証人として騎士団に出頭することとなる。その中で、アーサーの存在に言及せずに説明することは不可能に近かった。
トールは、その場の空気の温度が下がったように感じた。目の前の笑顔なアーサーが怖かった。
トールはぶんぶんと首を横に振る。
「いえっ、行かないです!俺みたいなのが言っても、信用してもらえないでしょうし。ちゃんとした証拠を探しましょう」
トールはわたわたとしながら言う。アーサーへの弁解で頭がいっぱいだった。
そんなトールの頭に、ある光景が光のように走っていった。ピン、とひらめくものがあった。
「そうだ、アーサーさん!俺、見ました。領主の部屋に契約書みたいな紙が散らばっているの」
正確には支店長の部屋なのだと思うが、細かいことは気にしていられなかった。
息巻いて言うトールに、アーサーはふっと笑った。柔らかい笑みだった。
「そっか。じゃあ、その契約書を探しに行こうか」
アーサーの優しい声に、トールはほっとした。
「はい!」
トールは元気よく答えた。
アーサーはトールが連れてこられた方の扉へと向かう。トールはそれに続いた。
「…?」
トールは、ふと何か変なものを踏んだ感覚がして、床を見た。
「…っ」
トールは自分の踏んだものを見て、青ざめた。
反射的に足をどける。
「トール君、どうしたの?」
アーサーが振り向いて尋ねた。
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次回更新は10/23です。




