12. 本拠地
男の案内で、マックの村の近くの町の裏道を歩いている時だった。
アーサーは、誰かに見られているような感覚がしていた。うなじのあたりがピリピリとする。トールも、あたりが気になるのかキョロキョロとしていた。
突然、アーサーの隣を一人の人物が走り去って行った。男のマントをつかんでいた右手が軽くなる。
「あれ?」
アーサーの手の中には、さっきまでいた男がいなくなっていた。
ばっと走り去って行った人物の方を見ると、男を抱えて逃げていた。
「…助かった」
男が言った。男を抱えた人物が口角を上げる。
男を抱えた人物は、建物の壁をかけ上り、二人の視界から消えた。
アーサーはしまった、という顔をする。
「やっちゃった」
アーサーは呟くと、軽くしゃがんで勢いをためる。そして、思いきり跳び上がる。同じく壁をかけ上り、男らの後を追って行った。
建物の上に登ると、男を抱えた人物が屋根の上を走り去るのが見えた。
走り去る人物は、男を抱えているにもかかわらず速かった。建物の上を軽快に駆けていく。
アーサーはそれを追った。
建物の上を走るのはアーサーにとってお手のもので、あっという間に男らに追い付く。
捕まえられる、と手を伸ばした瞬間、男を抱えた人物は建物から飛び降りた。アーサーの手が空をつかむ。
むすっとするアーサー。
アーサーも続いて飛び降りる。
すると、建物の両側から弓矢を構えた人々が顔を出し、アーサーに矢を向けていた。
飛び降りてきたアーサーに向けて、、建物の両側にいる人々が一斉に矢を放つ。
アーサーは、空中で何本もの矢に襲われた。
「…」
アーサーはにこっと口角を上げる。矢がアーサーに刺さる直前、アーサーは空中で後ろ向きにぐるんと回った。矢はアーサーをかすることなく、空へと飛んでいく。
矢を放った人々があんぐりと口を開いた。
アーサーは華麗に地面に着地すると、男らを追っていった。
「なんで、よけられるんだよ…」
矢を放ったうちの一人が、信じられないという顔で言葉をもらした。
男を抱えた人物は迫り来る足音に気付いて後ろを振り向くと、ぎょっとした。
そこには、無傷かつ猛スピードで追ってくるアーサーの姿があった。
「は!?あいつら、ちゃんと仕事しろよ…!」
男を抱えた人物は歯ぎしりをする。
「おい、もうあの人に頼った方がいいんじゃないか」
男が言った。
「…っ、しょうがない」
男を抱えた人物は、建物の角を曲がる。バン、という音が響いた。
アーサーもそれに続いて角を曲がった。
「…?」
角を曲がると、そこには他よりも大きめの建物があった。
アーサーは、その建物のドアを開ける。
キイ、と音がしてドアが開く。
中はだだっ広いホールだった。廃墟跡なのか、かつてはきれいだったであろう家具や装飾が無造作に転がっていた。
そして、ドアを取り囲むように、たくさんの人々がが殺気を放って立っていた。
「わあ、お出迎え?」
アーサーが言う。
「はっ、俺らの本拠地に来たからには、無事に帰れることは諦めるんだな」
さっきまでアーサーが追っていた人物が自信ありげに吐き捨てた。
「へえ、わざわざ連れてきてくれたの。それはありがとう」
アーサーは剣に手をかける。
「トール君、危ないから下がってて」
トールの返事はなかった。
「…?」
アーサーはきょとんとして振り向く。そこに、トールの姿はなかった。
「あ、しまった。置いてきちゃった」
やらかした、という表情をするアーサー。
「よそ見なんて余裕だな!」
先頭にいた男がアーサーに斬りかかる。
アーサーはすっと視線を戻すと、左手を動かした。
カキン、と剣がぶつかる音がした。
「ぐっ」
先頭にいた男がホールの端まで吹っ飛び、壁に打ち付けられる。男はうめき声を上げた。
その場にいた全員がそちらを向き、呆気にとられる。
「うん、余裕だったね」
アーサーはにこりと笑う。
「おい、なにしてんだ!さっさとやっちまえ!」
アーサーに追われていた人物が叫んだ。いつの間にかホールの二階部分に移動していた。
男の叫び声にはっとし、ホールにいた人々が叫び声を上げながらアーサーに襲いかかる。
アーサーが剣を振り上げたままで胴が空いているのを好機とし、一人がアーサーの胴めがけて突進する。
アーサーは少し左足を後ろに下げ、すんでのところでそれを避けた。
「…!」
突っ込んできた人は、そのままの勢いで床へ倒れこみそうになる。すかさず、アーサーはその人の首元に剣の柄を叩きつけた。
うめき声がして、その人はそのまま床に打ち付けられ、気絶した。
アーサーに死角ができ、数人が斬りかかってくる。アーサーは勢いをつけて回ると、斬りかかってきた数人を遠心力をかけて斬りつけた。悲鳴が上がる。
アーサーは左側にやって来た相手を、足を横に踏み出して、腹を剣の柄で殴って倒す。そして、右側にやって来た相手の剣を受け流し、もう一人の剣を叩き落とした。
アーサーの真後ろから、頭めがけて剣が振られた。アーサーはそれを頭を下げてよける。そして少し膝を曲げ、弾みをつけて後ろに飛び上がり、空中で後ろ向きに回転した。回転した勢いで背後にいる人物の後ろ首に蹴りを叩きつける。アーサーの背後にいた人はうめき声を上げ、床に突っ伏した。
アーサーは倒した相手のことは気にせず、次々にやってくる相手を流れるようにさばいていった。
みるみるうちに、ホールは倒された人で埋まり、血で赤く染まっていった。
アーサーに追われていた二人は、その光景を二階から見ていた。焦りが二人の顔に浮かび上がる。
「へえ、あいつ、何者?」
突然した声に、二人はビクッとして声の方向を向く。
二階の手すりに肘をついて、白髪の青年がアーサーの戦う様子を眺めていた。
「…ユベル様」
二人が呟く。
ユベルと呼ばれた白髪の青年は、二人の方を見てにこっと笑った。耳飾りがカラン、と揺れる。
「レヴィ、お前、すごいやられようじゃん。どしたの、それ」
ユベルは、アーサーにぼこぼこにされた男、レヴィのなくなった右腕と左肩の傷を見て、笑いながら言った。
「…あいつにやられたんです」
レヴィは憎々しげにアーサーを見た。
「いつも通り村に偵察に行ったら、あいつがホーンラビットの巣にいて。で、取り押さえようとしたら…」
「返り討ちにされたってわけか」
「…」
あっはっはと笑うユベル。レヴィは不満げだったが、黙るしかなかった。
ユベルはひとしきり笑いきると、真面目な顔をして二人に尋ねた。
「で、あいつ、どこまで知ってんの?」
その視線の鋭さに、二人は震え上がる。
「…魔法薬が、魔王の痕跡から作られたことまでです。作り方とこちらの思惑は、気づいていません」
レヴィがおそるおそる答える。
「うわ、けっこう知られてんのな」
ユベルがはあ、とため息をつく。
「え、何、お前がしゃべったとか、ある?」
ユベルの鋭い視線がレヴィを突き刺す。
レヴィはぶんぶんと首を横に振る。
「それは、断じて…!あいつが、巣に残った魔法薬の匂いで気づきました」
それを聞いて、ユベルはすっと目を細めた。
「へえ。ほんとに、あいつ、何者なの」
ユベルはアーサーな視線を戻す。
その時、ユベルがピクッと何かに反応した。
「…あーあ。仕事が増えた」
「どうしました…?」
ぼそっと呟くユベルに、レヴィが尋ねた。
「本館に侵入者だ。俺の魔法陣に誰かが入った」
それを聞いて、二人がごくりと息をのむ。
ユベルはぐっと体を伸ばした。
「ほんとさ、ロベルト殿のとこの警備、どうなってんの?お前ら含めて。俺、ここの人間じゃないのに、めっちゃ駆り出されるんだけど」
「…申し訳ありません」
不満を垂れるユベルに、二人は頭を下げる。
「まあ、いいよ。ディオン、お前がここなんとかしといて」
「承知しました」
アーサーからレヴィを連れ去った人物、ディオンはユベルの命令に頭を下げる。
ユベルはひらひらと手を振りながら、階段を降りてホールから出ていった。
二人はそれを見送った。
アーサーは、相変わらずホールの中央で無双していた。
「ディオン、お前、これなんとかできるか」
レヴィがディオンに尋ねる。
「…するしかねえだろ。ユベル様の命令に逆らったら、こっちの命がねえ」
ディオンがギリ、と歯を鳴らす。
「…気を付けろ。あいつ、至近距離の俺の魔法をよけやがった」
「は?そんなことあんのか?」
レヴィの忠告に、ディオンが驚く。
レヴィはうなずいた。
「忠告ありがとよ。どっちにしろ、お前をこんなにした奴は放っておけねえよ」
ディオンは憎々しげにアーサーを見た。
ディオンは階段を降り、ホールに降り立つ。
やられた味方の数が多くなっていて、状況はかなりまずそうだった。しかし、まだ一対多数の構造は崩れていなかった。
ディオンは剣を振り上げ、アーサーに突進していく。
アーサーはディオンが突進して来ているのに気づくと、軽く首を傾ける。アーサーの顔の横を、ディオンの剣がビュッという音を立てて通った。
剣を突き出してバランスを崩したディオンの腹を、アーサーは思い切り蹴り上げる。
「うっ」
ディオンはうめき声とともに吹っ飛んだ。ディオンは受け身をとると、すぐにその場で立ち上がった。
「あれ、おにーさん、俺から案内人奪った人じゃん」
アーサーはディオンの顔を見て、言った。
「奪った?それはお前だろ。俺は取り戻させてもらっただけだ」
ディオンがアーサーに言い返す。
アーサーは、何も言い返さなかった。
「とっととくたばれ」
ディオンはそう言ってアーサーに向かってくる。剣のぶつかり合う音が響く。
アーサーは涼しい顔で、その場からほとんど動かずにディオンの剣を受け流していた。一方でディオンは、ちっとも攻撃が当たらないことに焦りを浮かべていた。
ディオンは強い方だった。しかし、アーサーが相手では、ただ弄ばれているようにしか見えなかった。
ディオンの体に傷がついていく。
アーサーが薄く笑みを浮かべた。
「…っ」
ディオンの背筋に寒気が走る。
ディオンはアーサーの攻撃をよけると、アーサーの懐へ飛び込んでいった。
「終わりだ」
ディオンはにやっと笑い、アーサーに向かって剣を振り上げた。そのまままっすぐに、剣はアーサーへと振り下ろされる。
アーサーは少し体を後ろに反らせた。
ディオンの剣は空を切り、床へと叩きつけられそうになる。
その瞬間、アーサーが思い切り右足を振り上げた。
鈍い音がして、アーサーの右足がディオンの腹に直撃する。そして、バキッ、という音がホールに響いた。
「…へ?」
その場にいたアーサー以外の全員が、呆然とした。
ホールの天井から、パラパラと欠けた破片が降ってくる。
アーサーに蹴り上げられたディオンが、ホールの天井にめり込んでいた。ディオンはそのまま気絶していた。
「嘘だろ…」
レヴィが信じられないという顔をして呟く。
カラン、とディオンの剣がホールの床に落ちた。
「ごめん、こっちにも、事情があるんだ」
アーサーは、ほんの少しだけ申し訳なさそうに、気絶したディオンに言った。
「ふざけんな!」
呆然としていた周囲の人々が、はっとしてアーサーに斬りかかってくる。
アーサーはため息をついて、それを受け流した。
その時、キイ、と音がして、ユベルが去っていった扉が開く。
アーサーは開いた扉の方を見る。そこにいる人物を見て、アーサーは目を丸くした。
「…あれ?トール君?」
そこにいたのは、ぐるぐる巻きに縛られ、ユベルに抱えられたトールだった。
トールはアーサーを見て、泣きそうな、けれども嬉しそうな顔をする。わずかに動いた口が、アーサーさん、と言ったかのように見えた。
ユベルはそんなアーサーとトールを見て、嫌そうに言った。
「え、何、仲間なの、お前ら」
アーサーはユベルに鋭い視線を向けた。
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