11. 秘密の談合
男性とロベルトの会話に、ドア越しに聞き耳を立てるトール。
魔法薬の謎を聞き出せそうなことに、トールの心臓が跳ねる。
トールは、自身の幸運に感謝した。
「貴方、契約を覚えていらっしゃいますか?こちらの商品をそちらで取り扱う権利を与える条件に、そちらが我々の要求をのむと」
男性があきれたように言う。
「もちろん、覚えておりますよ。貴方がたの商品の開発・生産のための土地を私は提供すれば良いのでしょう」
ロベルトが慌てて言った。
「その通りです。で、肝心の土地はどうしたのですか?」
男性の声は冷たかった。
「それは、今、確保に動いているところでして。そちらから提供していただいた魔法薬を使って、住民が住めないようにしている最中です」
ロベルトの言葉に、トールは引っかかる。
--魔法薬で、住民が住めないようにしている?
ホーンラビットに荒らされたマックの村と、狩ったホーンラビットの山が思い出された。
はあ、とため息が聞こえた。
「もう、半年ですよ。魔法薬を提供し始めて。貴方が支店長という立場だけでなく、領主という立場も手に入れたから、こちらは契約に踏み切ったのです。それだと言うのに、なんですか、この状況は。時間がかかりすぎです」
「こちらにも、事情があるのですよ。領主になってすぐに村をだめにしては、領主の任を解かれてしまう。魔物の被害でどうしようも出来ない状況にせねばならなかったのです」
ロベルトが言い訳がましく言った。
「だから、魔法薬を提供したではありませんか」
「あれには、とても助かっています。おかげさまで、ホーンラビットの被害を人為的に作り出すことができているので」
--そういうことだったのか。
トールはそれを聞いて、ふつふつと怒りがわいてきた。
どうやら、ロベルトは男性の商品を仕入れたいらしい。それを実現するために、ホーンラビットを魔法薬で人為的に増加させ、マックの村を荒らさせた。そして、荒れてどうにもならなくなった村から住民を追い出し、その土地を男性に提供しようとした。
だから、ロベルトはマックらの話を聞こうとせず、ホーンラビットへの対処もしようとしなかったのだ。
領主になんかなるべき人じゃない、とトールは思った。商品の取引のために困窮することになったマックらが可哀想だった。
「では、何故まだ住民がいるのです?」
苛立ちをにじませながら、男性が言う。
「本当に、あと少しだったのです。ホーンラビットの被害で、住民にはもう蓄えがない。ホーンラビットは発生し続けているので、まともに作付も収穫も出来ない。税の不払いで住民らを追い出せるはずだったのです」
ロベルトが悔しそうな声で言った。
「ですが、不測の事態が起きまして。昨日、村を訪れた旅人によって、ホーンラビットが大量に狩られたのです。そのせいで、ホーンラビットの量が減ってしまっているとの報告が」
--あ。
トールは昨日、アーサーとホーンラビットを狩りまくったことを思い出した。主に、狩りまくったのはアーサーだが。
たしかに、あの量は異常だった。魔法薬の効力を上回る程度には狩っていたらしい。
トールは打撃を与えられていたことに嬉しくなった。
一方、トールはあることに気づいた。
--報告って、今朝、アーサーさんがやっつけた人しかできなくない…?
ぞくっとした。アーサーがまかれるか、やられるかして、ロベルトの方に報告が行ったのかもしれなかった。
トールは頭を横に振る。
--アーサーさんと対峙する前に、魔法で報告を送っていたのかもしれない。
トールはそう思うことにした。
「ですので、もう少しお待ちいただけないでしょうか。できれば、もう少し魔法薬を分けていただけると…」
「ふざけているんですか?」
ロベルトのへりくだったお願いをさえぎり、男性が言い放つ。ぞっとするような声だった。
バサッと、紙が投げつけられるような音が聞こえた。
「それは、貴方の責任でしょう。いいですか、あと一ヶ月以内に土地を用意して下さい。それが出来なければ、この話はなかったことにします」
「そんな…!」
「ああ、もちろん賠償は頂きますからね」
男性の心ない言葉が響く。
「シャイロック殿、そこをなんとか…!」
トールは、鍵穴からそっと部屋の中を覗いてみた。そこには、シャイロックと呼ばれた腕を組んで立つ男性と、その男性の前でがっくりとうなだれるロベルトがいた。床には、契約書とおぼしき書類が散らばっていた。
シャイロックが、ふとドアの方を見る。トールと男性の目が合った。凍てつくような冷たい視線が、トールを突き刺す。
「…!」
トールはビクッと震えて、思わず後ろへ飛びずさる。すると、何かが背中に当たった。
とても嫌な予感がして、トールの顔に冷や汗が流れる。
トールの肩に、ぽん、と手が置かれた。
「一体、何をしているんだい?」
トールは、ギリギリと音が立ちそうなほどにぎこちなく、後ろを振り向く。見上げると、にこりと笑った白髪の青年の顔があった。強そうな雰囲気を醸し出している人だった。トールの肩に置かれた手から、絶対に逃がさないぞという意志が感じられた。
トールの顔からサーッと血の気が引いていく。
ガチャリ、とドアが開いて、シャイロックが部屋から出てきた。シャイロックは冷たい目でトールを見下ろす。
トールはガクガクと震えた。
「おい、ユベル。何故こんなのが入り込んでいる」
シャイロックはトールの肩を押さえた青年、ユベルに訊ねる。
「すみません。ちょっと裏の方で騒動がありまして、こちらが手薄になってしまっていました」
ユベルが申し訳なさそうに答えた。
シャイロックははあ、とため息をつくと、言った。
「それを始末しておけ」
「承知いたしました」
ユベルがぺこりとお辞儀する。
--あ、まずい。
トールはダラダラと冷や汗を流す。
「貴方も貴方だ。たるんでいるのではありませんか。ここの支店長でしょう。警備くらいちゃんとできないんですか」
シャイロックは攻撃の矛先をロベルトに向けた。ロベルトはひたすらぺこぺこと謝っていた。
「お前、見ている余裕あるなんて、すごいね」
ユベルは面白そうに、二人のやりとりを眺めるトールに言った。
「あ、いや…」
言葉を濁すトール。
「残念だけど、お前はもう始末されることに決まったんだ。こっちに来てもらおうか」
「…」
トールは動揺と恐怖で、何も言えなかった。どうしよう、という思考だけが頭の中をぐるぐると回る。
ユベルは懐から杖を取り出し、トールに向けた。
「"リストレイン"」
ユベルが呪文を唱えた瞬間、トールは体を動かせなくなった。
視線を下に動かすと、トールの腕と胴のまわりに光る紐のようなものが何周にも巻かれていた。
「…っ」
トールは振りほどこうと腕に力をこめたが、びくともしなかった。トールは自分の危機的状況に焦る。
ユベルはにこっと笑った。
「ああ、ほどくのは無理だよ。大人しく死んでね」
ユベルが首を傾ける。耳飾りがカラン、と揺れた。
トールは絶望感に襲われた。
ユベルはトールを脇に抱えると、すたすたと歩いていく。
トールの幸運は、とうに尽きていたらしい。
トールはがっくりとうなだれた。
「何、まだ騒がしいの」
ユベルはトールを抱えてある扉の前にやってくると、扉の中から聞こえてくる騒動にうんざりとした顔をした。
扉の中からは、誰かが戦っているかのような音が聞こえてきた。キン、と剣どうしがぶつかるような音や、人のうめき声や悲鳴が響いていた。
トールは自分のことに精一杯で、部屋の中のことなどどうでもよかった。
あーあ、と言いながら、ユベルはドアを開けて中に入る。
ドアの向こう側は、一言で言えばカオスだった。案の定戦闘中で、あちこちに人が倒れ、血が飛び散っていた。まだ何人もが戦っていた。その中心にいる人物を見て、トールは驚きではっと息をのむ。
中心で戦う人物は、トールらを見て目を見開いた。
「…あれ?トール君?」
そこにいたのは、アーサー・ラングレットその人だった。
トールはまた会えた喜びで胸がいっぱいになる。
--アーサーさん!
トールは口に出して叫びたかったが、すんでのところで抑えた。アーサーの名前を出すのはまずそうだった。
ユベルは驚くアーサーと嬉しそうな顔をするトールを交互に見る。
「え、何、仲間なの、お前ら」
ユベルが嫌そうに言った。
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