107. 手がかり その2
身体から体温がすっと引いた気がした。
「そんな…」
アーサーがあんなにも怒った理由がわかった。
エステルがつらそうに言う。
「魔法陣に魔力を持つ人の身体の一部を組み込むと、それを媒介に、代償を受けさせることができるそうなんです」
「…」
何も言えないトール。
――そんなの、生け贄じゃないか。
「…たぶん、エステルが見つけた魔法陣で、あの魔物暴走は起きた」
「…あ」
わかりそうでわからなかったものが、やっとわかった。
起こるはずのない魔物暴走。その近くの森にあった魔法陣。魔法陣に置かれた飛び道具。
「魔物暴走?なんのことですか?」
「セントバーグから森を挟んで反対側の町のキャスベル。そこで今朝、魔物暴走に遭遇したんだ」
「嘘でしょう…?魔王は倒されたのに、そんなことがありえるんですか?」
「残念ながらね。でも、魔法陣があれば不可能じゃないんでしょ?どうやるのか、俺は知らないけど」
「そうらしいですが…」
アーサーは目を伏せた。
「魔物暴走自体は小規模で、騎士団がなんとかしてたみたいだけどね。でも、いろんな魔物がごちゃまぜだった。自然には起こらない。もう、わざと起こしたとしか考えられない。もしそうだとしたら、エステルがジリアンの髪を回収してなかったら、もっとひどい魔物暴走になってたと思う」
「…」
しん、と部屋が静まり返る。
「…あーあ」
膝の上に両腕を乗せてうつむくと、アーサーは吐き出すように言った。
あまりにも投げやりな声に、びくりとしてしまうトール。
「誰がこんなことしてくれたんだろうね、ほんとに」
「…」
「俺は何をしてんだろ」
ぼそりと呟いたアーサーの声は、絶望とまがうほどに暗かった。
「…アーサー」
アーサーを見つめるエステルは、悲痛な面持ちだった。
アーサーは何かに気がついたかのように、エステルに尋ねる。
「…ねえエステル、エステルがジリアンに会えたのは、王家のつながり?」
ぎくりとするエステル。エステルは困ったような表情を浮かべた。
「…言い方によっては」
「へえ、そう」
アーサーは怪しげな笑みを浮かべた。
「なら、推測がしやすいよ。ジリアンを閉じ込めているのは王家。だから、王家とその手の者以外、ジリアンの髪を切れる人はいない。そうすると、魔法陣にジリアンの髪を置いたのも、王家の関係者」
トールは目を見開く。
「そんな…」
「魔法陣にも、王家が関わっているんじゃない?」
――嘘だろ。王家が、そんなことするなんて…。
信じられなかった。魔法陣が魔物暴走を起こしたというアーサーの仮説が正しいとは限らないとはいえ、この国を守る王家がそんなことをするとは信じたくなかった。
だが。
アーサーの大切な人を奪い、アーサーを死ねとばかりに魔王討伐に追いやり、挙げ句の果てには約束を反故にした王家だ。十分、ありえる話だった。
重々しく、エステルが口を開く。
「…可能性としては、あると思います。そして、魔法陣が一つではないことも、髪が置かれたのも一ヵ所ではないことも」
エステルの言葉に、アーサーは目を見張った。悲痛で顔を歪ませる。
アーサーは自分の髪をぐしゃりとつかんだ。
「…しまった。急がなきゃいけない理由が増えた」
ぼそりと呟くアーサー。
「アーサー、魔法陣のあった場所に行きましょう。何かつかめるものがあるかもしれません。明日とは言えませんが、近いうちに――」
「いや、いいよ」
エステルの提案を、アーサーはきっぱりと断る。
驚いた顔をするエステル。これにはトールも驚いた。
「もともとエステルの任務を手伝う約束だから。俺の都合を優先してくれなくていいよ。魔法陣のあるところにまで一緒に移動するのも危ない」
「一緒に行く必要はありません。どこかで合流すればいいんです。それに、私はアーサーに任務を手伝わせるだけのつもりはありません。私も、あなたの探し物を手伝います」
食い下がるエステルに、アーサーは唇を噛んだ。
「…エステル、俺からも情報共有をさせて」
「?」
「俺は、キャスベルで騎士団に見つかってる」
「…!」
エステルとキャロルは目を見張る。
「全員、騎士としては使い物にならなくした。大罪でしょ。普通に考えて、エステルの任務を手伝うのだって本当ならやめた方がいいと思う」
アーサーはうつむいた。アーサーの顔を灰色がかった暗い茶色の前髪が隠す。
「…それに、俺はもうエステルに散々迷惑をかけてる。これ以上、俺の事情に巻き込むわけにはいかない」
「…」
エステルはじっとアーサーを見つめていた。
「…ならばこうしませんか、アーサー」
「…?」
「私はあなたの力を利用するんです。実を言えば、破門ものです。もしもばれたら、私だけでなくあなたの身だって危うい。あなたが王家に捕まる危険性を重々承知で、私はあなたを情報で買収して巻き込んだんですよ。これでどうです?」
「…」
「それに、あなたにばかり利のある話ではありません。もし魔法陣が魔物を操るもので、まだ各地にあるとしたら、瘴気だって魔法陣によって発生しているかもしれないんです。だから、あなたの願いを叶える協力をすることは、私の任務につながることでもあるんですよ」
アーサーとエステルの間で、無言の戦いが繰り広げられる。
「…ならば、こうしたらいかがですか?」
唐突に、今まで黙って話を聞いていたキャロルが口を開いた。
「ここの家は二週間後には空けなければなりません。元の持ち主が戻って来るので。そうすると、どちらにせよ新しい宿を探さなければいけませんから、そのときに魔法陣のところへ行けば良いのでは?それまではこの町で瘴気の原因探しに注力するということで」
「なるほど、良い案ですね」
キャロルの提案に、エステルは顔を輝かせた。
「アーサー、これでどうです?」
「…そうだね。受け入れるよ」
「ありがとうございます」
エステルは嬉しそうにほほえんだ。
「瘴気の発生している森を捜索しようと思っていたんです。私たちもこの街に到着したばかりで、まだ捜索できていないので」
「そっか。俺はどうすればいい?」
「一緒に来てもらえると。ここは捜索する森のすぐ近くですし、人もほとんどいないので」
「わかった。一緒に行くよ」
「お願いします」
エステルはほほえんだ。
「俺はどうすればいいですか?俺も行っていいですかね」
瘴気は魔物から発生する。瘴気の原因を探すとなると、人手は多い方がよさそうだった。
「…いや。トールは、ここに残ってて」
アーサーが静かに言った。
「え?」
行く気満々だったトールは、アーサーの言葉にショックを受ける。
「だってトール、耐性弱まったままでしょ?そんな状態で瘴気に近付くのは危ないよ。だから、だめ」
「それは、そうですけど…」
それを言われたら、何も返せなかった。
不満げなトールに、アーサーは諭すように言う。
「瘴気は有害なんだ。そう何度も触れていいものじゃない」
「それは、アーサーさんだって同じじゃ」
「俺は、大丈夫。たぶん」
「たぶん…」
にこっと笑うアーサーに、トールは微妙な反応を返す。
――アーサーさんだって、危ないはずなのに。
トールはじとっとした目でアーサーを見つめる。アーサーの笑顔がひくついた。
「ごめん、トール。頼むよ」
アーサーが小首をかしげた。申し訳なさそうにするアーサーに、トールはうっとたじろぐ。
――アーサーさんの頼み、なんか断れないんだよな…。
トールは目を反らす。そして、ふう、と息を吐くと、言った。
「…わかりました。一人で留守番してます」
「ありがとう、トール」
むすっとしながらも承諾したトールに、アーサーはほっとした笑みを浮かべる。
「一人ではないですよ」
エステルが言った。
「え?」
トールは首をかしげる。
「キャロル、あなたもお留守番です」
「えっ?」
キャロルが声を上げた。
「エステル様、どういうことですか」
「そのまんまです。瘴気は危ないんです。キャロルも、トール君と一緒にここに残ってください」
おろおろとするキャロルに、エステルが言う。
「でも…」
「キャロルのためなんです。…わかってくれますか?」
不満げなキャロルに、エステルは上目遣いで頼む。今度はキャロルがうっとたじろいだ。
「…ずるいですよ、エステル様」
「ごめんなさい」
ため息まじりに言うキャロルに、エステルがふふ、と笑いながら謝る。
トールは既視感を覚えながらそのやりとりを眺めていた。
「では、そういうことで。さっそくですが、明日行くということでもよいですか?」
「俺はかまわないよ」
「ありがとうございます。結界は張りますが、アーサー、あなたも無理はしないでくださいね。大丈夫ではないので、たぶん」
――たぶん、なのか…。
「あはは、わかったよ」
笑いながら了承するアーサー。
「では、夜も遅いですし、もう休みましょうか。アーサーとトール君は、二階の部屋を使ってください。何かあったとき、二階の方が対処しやすいでしょうし」
「そうだね。ありがとう、エステル」
「いえ」
エステルは髪の入った箱を手に取ると立ち上がり、アーサーの横に立つ。
「アーサー、これはあなたが持っていてください」
そう言って、エステルはアーサーに箱を差し出した。それを見つめるアーサー。
「…いいの?」
「ええ。あなたが持っているのが、一番良いでしょうから」
エステルはほほえんだ。
「…、ありがとう」
アーサーは箱を受け取る。心なしか、目の端が光っているように見えた。
「では、ゆっくり休んでください。おやすみなさい、良い夢を」
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