106. 手がかり その1
かつての仲間であるアーサーとエステルの再会、そして再びともに旅することを決めた直後。
エステルの持ち出した情報を前に、不穏な空気がただよっていた。
勢い余ってアーサーに握り潰された箱の中には、光沢のあるハシバミ色の髪が一房。テーブルに置かれたこの箱を見下ろして、アーサーは突っ立っていた。
アーサーはこの髪を、アーサーの取り戻したい大切な人であるジリアンのものだと言った。
――アーサーさんが大切な人を取り戻すための手がかりだ。やっと見つかった。
ごくりと息を飲むトール。トールがアーサーと出会ってから、初めて手に入った手がかりだった。
「…アーサー、一度座ってはどうですか」
エステルがアーサーにそっとうながす。
「…そうだね」
アーサーは床に転がってしまっていた椅子を持ってくると、座り直した。
「エステル、君は俺に、この髪を知っているで間違いないかって聞いたけど」
アーサーはエステルをまっすぐに見る。
「エステルは、どうしてこれがジリアンの髪だってわかったの?」
そう問うアーサーの口調には、どこか圧があった。
エステルはほほえんだ。申し訳なさの混じった微笑みだった。
「以前、あなたが言っていたでしょう?あなたの大切な人は、きれいなハシバミ色の髪を持った人だと。…それに、実は一度、私はジリアン様をお見かけしたことがあるんです」
その言葉に、アーサーは目を見開いた。
「…見かけたことがある?どうやって?」
アーサーの声が震えていた。
――エステルさん、会ったことがあるんだ。
エステルがどうやって会ったのかがわかれば、アーサーが会うための方法に近付ける気がした。
それとは別に、エステルの物言いに違和感を覚えるトール。
――…何に引っかかるんだろう?
その正体はわからなかったが。
エステルは静かに首を横に振った。
「ごめんなさい、詳しいことは言えません」
「…そっか」
明らかに落胆するアーサー。
――あれ、それで終わりなんだ。
アーサーが思いの外、引き下がらなかったことを意外に思うトールだった。
肩を落とすアーサーを気の毒に思ったのか、エステルは付け加えるように言った。
「…一つだけ言うなれば、王宮内部での反抗のおこぼれのようなものによって、でしょうか」
「…」
アーサーは少しだけ驚いたような顔をして、エステルを見ていた。エステルはほほえんでいた。アーサーとエステルの間でのみ、何かが伝わっているようだった。
アーサーが口を開く。
「一つだけ聞かせて、エステル」
「私に答えられることであれば」
「ジリアンは、元気だった?」
エステルはにこりとほほえんだ。
「ええ、お元気そうでしたよ」
「そっか。それなら、よかった」
アーサーはほっとした微笑みを浮かべた。
「ありがとう、エステル。たしかに良い情報とは言えないけれど、やっと手がかりが見つかった。本当に、ありがとう」
「いえ。私も偶然見つけたものなので。アーサーのお役に立てたのであれば嬉しいです」
「偶然でもだよ。見つけたのが、エステルで良かった」
アーサーは箱の中に視線をやる。
「それで、エステル。この髪はどこで見つけたの?」
「ここより少し北に戻った町ですよ」
「本当に?」
「ええ」
「なんて町?」
「セントバーグです」
――セントバーグって、どこだろう。
トールはアーサーに地図を見せてもらおうと、アーサーの方を見る。
アーサーは少し険しい顔をして、何か考えていた。
――今は、話しかけない方がいいかな。
そんなことを思っていると、トールの視線に気づいたのかアーサーはトールの方を向いた。
「あの、地図見せてもらえますか?セントバーグがどこか知りたくて」
「いいよ」
アーサーはトールに地図を渡す。礼を言って受け取ると、トールは地図の上にセントバーグの文字を探し始めた。
「その地図、懐かしいですね」
エステルは懐かしむような目をしながら言う。
「…地図なんて、持ってらっしゃるのですか」
キャロルが驚きを隠さず、地図を凝視しながら尋ねる。
そりゃそう思うよな、と思うトール。地図は機密情報だ。王侯貴族や騎士団の一部しか持つことができない。
「魔王討伐のときにもらったんだよ」
「それがあれば逃げやすくもなりますね。なぜ一年間も逃げきれていたのか、納得しました」
「…まあね」
微妙な表情をするアーサー。
――よく言えるなあ。
キャロルの度胸に感心してしまうトールだった。
「…私も一つ、聞いてもいいですか?」
尋ねにくそうに、エステルはアーサーに聞いた。
「? うん」
「アーサー、あなたは一体、この一年間どこにいたんですか?」
アーサーは答えなかった。
「騎士団が血眼になって国中を探していました。教会も無関係ではありません。いくら地図を持っているとはいえ、そんな中を、どう隠れ通したのですか?」
もっともな疑問だった。
アーサーはなんとも言えない笑みを浮かべていた。
――あ、これ、誤魔化そうとしているやつだ。
トールはアーサーの表情を見てはっと察する。
「…さあ?内緒だよ」
「そうですか」
アーサーの答えはわかっていたのか、エステルはそれ以上何も言わなかった。
アーサーはキャロルに鋭い視線を向ける。
「俺が地図を持ってること、言わないでね」
それを聞いて、アーサーと二人のときに地図を見せてもらえば良かったと後悔するトール。
「言いませんよ」
キャロルは何を当たり前なことを、とでも言いたげに眉をしかめた。
「私が言ったら、なぜ私がそれを知っているのかまで話さなければいけません。エステル様とあなたのつながりだって疑われます。エステル様に迷惑がかかるんです。そんなこと、するわけないでしょう」
キャロルはじっとりとした視線をアーサーに向けた。
アーサーは驚いたように目を見張った。
「…そう?なら、いいんだ」
地図の上に、セントバーグの文字を見つけた。魔物暴走に遭遇した町のキャスベルも、すぐ近くにあった。
「トール、あった?」
「ありました。俺たちがいた町の近くなんですね」
「…やっぱりか」
アーサーは独り言のようにぼそりと呟いた。その声の暗さに、トールは思わずアーサーの顔を見る。
アーサーは普段と変わらぬ表情をしていた。
「エステル、町の中で見つけたの?それとも外?」
「外ですよ。森の中でです」
アーサーの表情が先ほどよりも険しくなった。
森は、二つの町の間に横たわっていた。
何かがわかりそうで、わからなかった。トールにはそれがもどかしかった。
「森の中に魔法陣、ね」
「私が発見したときには、動いていませんでした」
「それ、いつの話?」
「一週間ほど前でしょうか」
「なるほどね。じゃあ、エステルは一週間前にはこの髪を魔法陣から離してたんだ」
「そうですが…。何かありました?」
「助かったなって思って」
「?」
アーサーの言葉に、アーサー以外の全員が首をかしげる。
ふと、トールはあることを疑問に感じた。
「でも、どうして魔法陣なんかに…」
トールの問いに、アーサーの雰囲気が変わる。収めていた怒りが、また噴き出してきたようだった。
ぞっとするトール。
「…トール君は、魔法陣についてどれくらい知っていますか?」
エステルがトールに尋ねる。
「魔法陣ですか?…すみません、あまり…」
魔法陣は高度な魔法を展開する時や魔法を保存する時に使われる。トールのようなちょっと精霊に気に入られているくらいの魔法使いには、縁のないものだった。
「いいんですよ。私も詳しくないので」
にこりとほほえむエステル。
――優しい人だなあ。
気を遣ってもらってしまい、トールは恐縮する。
「魔法陣は、基本的に術者の魔力に応じた威力や難易度のものにしか使えません。それ以上のものを望むのなら、何かを代償にする必要があります」
それはトールも知っていることだった。魔法陣に限らず、魔法全般に言えることである。
代償とは、主に術者の精神や記憶、身体であることが多かった。それゆえに、代償を払うことなく難易度の高い魔法を使える人は一握りになるのだった。
「けれど、飛び道具が存在するそうなんです」
「飛び道具?」
「はい。魔力を追加すれば良いんです。例えば、宝石鳥の目からとれる魔法石とか、魔力を増幅させられる魔法薬とか」
「なるほど…」
――ん?待てよ。
話の流れから、嫌な予想ができてしまった。
魔法石も魔法薬も、基本的に魔物を活用して作られるものだ。魔物から作られているから、許されている面もある。そんなそれらを魔法陣の飛び道具と言うのであれば。
「あの、それってつまり…」
エステルはうなずいた。
「はい。飛び道具は、人間由来のものでも可能だそうです」
読んでいただきありがとうございます!
面白かったら下の☆☆☆☆☆から評価、またはブックマークをしていただけると励みになります。
4章もよろしくお願いします。




