103. エステル宛ての厄介払い
「任務を手伝うって…。エステル、どういうこと…?」
アーサーは明らかに動揺していた。
――エステルさん、一体何を言い出したんだ…?
トールもエステルの発言には驚いていた。
今や反逆者で、王国のお尋ね者となっているアーサー・ラングレット。教会は王家の支配下にないとはいえ、そんなアーサーに任務を手伝わさせるのはまずいということは、トールでもわかった。
キャロルも複雑な表情でいた。
「すみません、説明が足りませんでした。任務の内容を言わないまま頼んでも、返答に困りますよね」
――たぶん、そういうことじゃないんだけどな。
エステルの謝罪に突っ込みたくなるトールだったが、口には出さないでおいた。
にっこりとほほえむエステルの笑顔の裏側には、トールには理解できなさそうな様々な思惑がうごめいているように見えた。
アーサーも特に何も言わないでいたこともあったが。
「…エステル様」
キャロルが口をはさんだ。
「?」
キャロルを見て、こてん、と首をかしげるエステル。
「本当に、いいのですか。任務内容を話せば、後戻りはできないんですよ」
キャロルの目は真剣だった。まっすぐにエステルを見据えていた。
「ええ、いいんです」
「相手はあのアーサー・ラングレットですよ?たしかに強力な戦力にはなりますが、負うリスクが大きすぎます。エステル様の目的の達成にだって、どんな影響が出るか…」
――本人の前で、めっちゃ言うなあ…。
言っていることはもっともなのだが、本人が目の前にいるのに言うことかと、トールは呆れを含んだ眼差しをキャロルに向ける。
「キャロル」
エステルが鋭く言い放つ。聖女のような微笑みなのに、放たれる圧がすごかった。
キャロルがびくりと震える。
「…すみませんでした」
キャロルはエステルから顔を背けると、うつむいた。顔を背ける時に、しっかりとアーサーを睨むのを忘れていなかった。
「アーサー、すみません、キャロルが」
「ううん、大丈夫。気にしてないよ」
「…」
にこにことしているアーサーは、言葉の通り、気にしてなさそうだった。しかしそこには、そういうものだと諦めている節がありそうなことに、トールの胸がズキリと痛んだ。
「…では、私の任務内容について話させていただきますね」
エステルの言葉に、緊張が走る。
「今回の私の任務は、南部で発生した瘴気、つまり災いの森の原因解明とその解決です」
アーサーが眉をひそめた。
「…それは、エステルたちの任務?それとも、エステルの?」
「私の、です」
にっこりとほほえむエステル。
「ふふ、アーサーがそんな顔をするのももっともです」
エステルは渋い顔をしたアーサーを見て、くすくすと笑いながら言った。
「…どういうことですか?」
理解できなかったトールは怪訝な顔で尋ねる。
「任務の内容に対して、任務にあたる神官が明らかに少ないんです。私だけですから」
「え?」
――エステルさんだけ?
さすがに一人でできる任務ではないことは、トールでもわかった。
「そんなことってあるんですか?…キャロルさんは?」
「私は勝手にエステル様についていっているだけです。私が任務を拝命しているわけではありません」
キャロルが言った。
「そうなんですか…」
「はい。キャロルは、私の厄介払いに巻き込まれているだけなんです。教会は、キャロルを引き留めようとしていたのですが…」
申し訳なさそうにするエステル。
「巻き込まれてなんかないです。私の意思です。エステル様のいない教会になんていたくないですよ」
即座にキャロルが否定した。それに対し、エステルは嬉しそうな、けれども少しつらそうな顔をした。
「ねえ、エステル。その厄介払いって何?さっきも言ってたよね。エステル宛ての厄介払いだって」
アーサーの目は真剣だった。
――そういえば、魔王討伐もウィルバウナー副団長とマルツァー・ファルダ様宛ての厄介払いだって言ってたっけ。
何かきな臭そうだった。
「…順を追って説明しますね。まずは、任務の内容について話しましょうか」
「お願い」
エステルはこくりとうなずく。
「半年ほど前から、瘴気の発生報告が上がるようになってきたんです。それも、南部を中心に」
エステルは話し始めた。
「はじめは、特に害はないほどの薄い瘴気でした。皆、魔王復活の名残だと思っていたんです。けれども、発生数も、濃度も、たちまち増えていきまして…。今となっては、南部でも南の方は、立ち入り禁止区域が設けられるほどです。中部のこの地域でさえも、瘴気が発生するようになってしまいました」
「そんな…」
声が震えた。
嫌な気分だった。まるで、もう終わったはずのあの頃のようだった。
アーサーがトールをちらりと見た。
「はっきり言って、おかしいんです。魔王存命時ならまだしも、魔王のいない今、ここまでの瘴気が発生するのは。大問題です。けれども、原因はわかりません。そこで、教会は原因解明のために、神官を派遣することにしたんです。…ちなみに、お二人は瘴気が発生していることを知っていましたか?」
「ううん、知らなかった」
「いえ」
首を横に振るアーサーとトール。
「そうですよね。だって、教会がおおっぴらには公表していませんから」
くすくすと笑うエステル。
――そりゃ、知らないよ…。
がっくりとするトール。
ふと、トールはキャロルの発言を思い出した。
「でも、ここの街の人たちは、森で瘴気が発生しているのを知っているって…」
「あれは、教会が教えたからではありません。住民も瘴気が発生していることに薄々気付いているんです。瘴気を吸うと、気分が悪くなりますから。それが噂で広まっているだけのことです」
キャロルがトールに説明してくれた。
「そうだったんですか」
トールの頭に、別の疑問が浮かんだ。
――あれ?でも、どうして公表しないんだろう?
瘴気は危険だ。発生したら、公表されるはずなのだが。
「おおっぴらに公表しないのは、何か理由があるの?」
アーサーが尋ねた。
なんだかアーサーにはその理由がわかっているように見えた。
「もちろん、あります。人々を混乱させないため、というのはありますが、それ以上に、あまりの不測の事態に公表して教会の権威が落ちるのを恐れているんです」
「…」
――教会って、そんな組織だったっけ…?
「ふふ、くだらないですよね。教会に所属している私が言えたことではないですが」
「そんなことはないよ」
「優しいですね、アーサーは。…そういうわけで、瘴気の発生を解決しなければなりませんが、目立つ調査団を組んで送るわけにはいかないんです。それで、私一人です」
「それにしても、少なすぎるんじゃない?瘴気って、一人で浄化できるものだっけ?」
「いいえ?小規模ならまだしも、これほどの数を一人で浄化は、光魔法を使い尽くしても足りませんね」
にっこりと笑うエステル。
「そうだよね?あはは、教会はまるでやる気なさそうだね」
「ふふ、同感です」
楽しそうに笑うアーサーとエステル。
「…」
――なんなんだろう、この人たち…。
こんな状況で笑える二人が、ちょっと怖くなったトールだった。
「それで、私が任務にあたることとなった理由ですが」
ひとしきり笑い終わると、エステルが言った。
「一番私が都合が良かったんです」
「…?」
にっこりと笑うエステルに、はてなを浮かべるアーサーとトール。
「アーサーは知っている通りですが、私、教会と仲が悪いんです」
「え、そうなんですか?」
驚くトール。
「はい。もともと、私は落ちこぼれだったので。実力主義の教会で、うまくやれるはずがありません。一応、魔王討伐を通じて実力は得ましたが、落ちこぼれがいきなり実力を得ても、いい気はしませんよね」
「…」
人間の醜い部分を垣間見た気分だった。
「私も私で、教会に従順なわけではありませんし。一度、大喧嘩もしているんですよ。そういうわけで、原因解明ができて浄化まで至れば万々歳、途中で失敗して命を落としてもむしろ厄介者がいなくなって都合がいい。そんな私が選ばれたわけです」
「…」
何も言えなかった。
ふと、不穏な空気を感じて正面を見ると、キャロルがとてつもなく不満げな表情を浮かべていた。見るからに怒っていた。
思わずびくりと震えるトール。
「…なるほど。だから、エステル宛ての厄介払い、ね」
「はい」
静かに言ったアーサーの声は、どこかぞっとするものがあった。
「このままだと、本当に厄介払いになってしまいそうで…」
そう言ったエステルはほほえんではいたが、その瞳には恐れが浮かんでいた。
「…」
そんなエステルをじっと見るアーサー。
「私、甘かったんです。教会の意図もわかっていて、任務を引き受けました。いい加減、腹が立ったので、黙らせたくて。けれど、勢いで受けていい任務ではありませんでした」
静かに話すエステル。
「今、王都から順に、瘴気が発生したところを浄化しながら南へ向かっているんです。でも、もうすぐ南部に入るのに、原因の検討がつかず…」
瘴気は、魔物から発生する。生きている状態で発生させるものもいれば、死体から発するものもいる。瘴気をなくしたくば、原因となる魔物を討伐せねばならない。
トールは騎士団にいた時、そう習った。
トールははっと気付く。
――この任務、そもそも達成不可能なんじゃ…?
今さら気付いた。
今回のエステルの任務は、瘴気の発生の原因解明とその解決だ。解決には、浄化だけでなく原因である魔物の討伐も含まれるだろう。瘴気を出す魔物討伐は騎士団が出動するほどの難易度である。それを一人で行うなど、無謀すぎた。
「私の教会との不仲のせいで、教会には頼れません。これから先、野宿も増えます。けれど、私もキャロルも、魔力が尽きればそこまでです。何かあったらどうしようもありません。このままでは、私の甘さのせいでキャロルを危険にさらしてしまいます…」
エステルの声が震えた。
「エステル様」
キャロルがエステルの背にそっと手を置く。
「私のことは気にしないでください。私に何かあっても、それは私の実力不足であって、エステル様のせいではありません」
「キャロル…」
エステルの瞳が揺れる。
「それに、エステル様は素晴らしい方です。エステル様が教会に負けるはずありません」
キャロルは不敵な笑みを浮かべた。
「…ありがとうございます、キャロル」
エステルはふっとほほえむ。
「…すみません、取り乱してしまって」
その場に直るエステル。
「ううん」
アーサーは首を横に振った。
「私がアーサーに頼みたいのは、二つです。用心棒と、原因探しの手伝いです」
エステルは真剣な眼差しで言った。
「…」
アーサーは黙っていた。
「私の事情です。無理を言っているのは重々承知です。けれど、アーサーにしか頼れないんです」
エステルの声は切実だった。
「アーサーたちも南へ向かう途中だったんですよね。行く方向は同じです。トール君の耐性を弱めた原因も探します。怪我があれば、すぐに治します。欲しい情報があれば、街で仕入れて来ます。これでも一級神官なので、私の権限を使えば逃げやすいはずです」
「…」
アーサーの表情からは何も読み取れなかった。
「アーサー。どうか私に手を貸してくれませんか…?」
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