101. 弱められた耐性
「…え?」
トールは目を見張った。
――なんで?
「エステル、どういうこと」
アーサーが尋ねる。その声には焦りと動揺がにじんでいた。
「言った通りです。トール君は今、瘴気や魔物の毒に非常に弱い状態です」
「…」
きっぱりと言ったエステルの答えを聞いて、アーサーは押し黙ってしまった。
「原因は、わからないのですが…」
エステルは困ったようにトールに尋ねる。
「魔法薬を吸ったのも、一瞬なんですよね」
「はい」
「他に何かあったんでしょうか…。アーサーとトール君は、常に一緒にいたのですか?」
「まあ、だいたいは一緒だよ」
「そうすると、トール君だけ倒れてアーサーが無事なのが謎ですね。まあ、アーサーには加護があるので一般人よりは耐性があるはずですけれど」
首をひねるエステル。
「…あの」
トールはおそるおそると切り出す。
「?何でしょう?」
「俺、だいたいはアーサーさんと一緒にいたんですけど、一回、離れたことがあって…」
「そうなのですか?」
「はい。…俺、大怪我して教会で治療してもらっていた時があって。そのときは離れてました」
アーサーの眉がぴくりと動いた。心なしか表情が固かった。
「ドラゴンに?」
エステルは目を丸くする。
「災難でしたね…。ドラゴンと遭遇した時に負った怪我なら、かなり大怪我だったのでは?」
「ええ、まあ。俺が弱いせいなんですけど…。三日は寝込んでたそうです」
アーサーの表情がさらに固くなった。
「それは大変でしたね。怪我の方は無事、治っているようでよかったです」
「はい、おかげさまで。偶然、治療を受けた教会に一級神官様がいらっしゃってたそうで。幸運でした」
「一級神官ですか?それは、どこの教会のことですか?」
「…ライゼルです。ここより少し北の小さい街です」
食い気味で尋ねるエステルにたじろぎながらも、トールは答える。
「ライゼル、ですか。ライゼルは小さな町ですよね。一級神官がいるのは珍しいですね…。トール君、その一級神官の名はわかりますか?」
「わからないです…。俺が気を失ってる時に治療をしてくださって、目覚める前に出発されたそうなので、お会いもしていなくて」
「そうですか…」
トールははたと思い出した。
「あ、でも、ライゼルに来てた理由は噂で聞きました。教会内で何かあったってことくらいですけど…」
エステルとキャロルの眉がぴくりと動く。
「教会内で、ですか?…キャロル、何か聞いていますか」
「いえ、何も」
首を横に振るキャロル。
エステルは真剣な表情で考えていた。
「…教会内で何かがあって、一級神官が来るほど。となると、結界に何かあったのでしょうか」
エステルの言葉に、アーサーがぎくりとした。ように見えた。
魔物よけに張られている結界は、教会の神官が管理している。高位の神官がいない地域では、結界はなくてはならない存在だった。
ふと、トールはあることを思い出す。
――そういえば、リノア村の森の結界、どうして抜けれたんだろう。
結界に何かあったからなのだろうか。
――全然抜けられなかったのに、ドラゴンを倒したら抜けれたよな…。ドラゴンを倒したことが、「何かあった」てことなのか?
エステルが再び話し始めたので、トールは考えるのを中断する。
「すみません、話を戻しますね。トール君が一級神官に治療を受けた時点では、トール君の耐性は弱まっていなかったと思います。もし弱まっていたなら、その一級神官が治しているはずなので。…けれど」
少し顔が険しくなるエステル。
「一級神官が耐性を弱めた、という可能性もなくはありません」
エステルの発言に、場に衝撃が走る。
「そんなこと、ありえるんですか…?」
おそるおそる尋ねるトール。
神官がそんなことをするとは思えなかった。神官は魔物や瘴気から受けた怪我を治すために生まれた役職だ。しかも神官の中でも頂点に近い位置にいる一級神官が、耐性を弱めるなど思いもよらなかった。が、もしそうだったらと思うと、ぞっとした。
エステルはしっかりと首を横に振った。
「ありえないに等しいです。ただ、それも可能だという話です。…すみません、不安にさせてしまって」
エステルは申し訳なさそうにほほえんだ。
「いえ…」
「実際のところは、治療の後に、トール君が何か耐性を弱めるものに遭遇したのでしょうね。食べたものに何か入っていたのか、魔法薬か何かをどこかで吸ってしまったのか。何か心当たりはありますか?」
先程よりも物騒でない理由に、ほっとするトール。
「食事は教会でもらっていましたし、ドラゴンに遭遇したときに知り合った人からの差し入れを食べましたけど、持ってきていた本人たちも食べてましたし、魔法薬はそもそもどこで手に入るのか知らな…あ」
トールはあることに思い当たった。
「…俺、ライゼルで、闇市に行ってます」
「闇市、ですか?どうしてそんなところに...」
「教会を出た後、アーサーさんと合流しようと思って歩いてるときに、ちょっと入り込んじゃって…」
正確には、入り込んだというよりも、入ってみたなのだが。
キャロルが「入り込むものか?」とでも言いたそうな目で見ているのに気付き、少し気まずくなるトール。
「闇市なら、何があっても不思議ではないですが…。甘ったるい匂いとかはしましたか?」
「いや、してなかったです。闇市にいた人たちも、わりと普通でしたし」
「なるほど。トール君の耐性が弱まった理由は、わからないですね…」
「すみません、手がかりがなくて…」
「トール君のせいではありませんよ」
エステルは優しくほほえんだ。
「ねえ、エステル。トールの耐性は治せたりする?」
アーサーが不安げに尋ねる。
「やるだけやってみます。けれど、すぐに完璧に治すのは、正直厳しいです。普段なら診れば原因がわかるんですけど、今回はわからなかったので…」
エステルは肩を落としながら言った。
「十分すぎます。ありがとうございます」
トールは頭を下げる。
「ありがとう、エステル。…そしたら、しばらくトールを預けてもいい?」
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