100. 設定
「…あの、一個質問が」
「ん?」
「何がどうなって、エステル様と一緒にいるんですか…?」
アーサーの首を絞め気を失って、起きたらエステル・カルマンがアーサー・ラングレットとともにいる。
思いがけない展開に、トールはついていけていなかった。
エステルがにこっとほほえむ。
「ふふ、私に様なんて付けなくていいんですよ」
「いや、でも…」
――隣の人の圧がすごいんだよな…。
エステルの隣にいるキャロルから、下手なことを言えばにらまれそうな圧を感じた。
ひとしきり無事を喜びあった後、アーサーとトール、エステルとキャロルで隣に座り、向かい合ってテーブルについていた。
よくよく考えたらすごい状況なことに気付き、トールは質問をぶつけたのだった。
「トールが瘴気にやられたとき、偶然エステルたちが通りがかったんだ。それで瘴気を浄化してもらって。トールが目覚めてなかったから、エステルたちが任務の拠点にしてるこの民家にお邪魔させてもらってるんだ」
「そうだったんですね。…すごい偶然ですね」
「ほんとにね。エステルに会えなかったら、かなりやばかったなあ」
あはは、と笑うアーサー。
「…」
トールはまだ笑い飛ばせるほど、アーサーの首を絞めてしまった事実を消化できていなかった。
トールは言わなければいけないことがあることに気付いた。
「エステルさん、俺を助けてくれて、本当にありがとうございます」
様付けでなくていいと言われたので、とりあえずさん付けにしたトールだった。
「いえいえ。私は神官としての仕事をしただけですから」
そう言ってほほえむエステル。
「トール君が無事でよかったです」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるトール。
「それで、今の俺たちの設定なんだけどね」
「設定ですか?」
「うん。トールは瘴気にやられた患者で、俺はその連れのアシル。で、エステルたちは俺たちを助けてくれた神官様。患者と連れの俺たちは、神官様の拠点でお世話になってるって設定。間違っても、反逆の英雄アーサー・ラングレットと元仲間のエステル・カルマンが一緒にいるわけじゃないよ」
アーサーはにこっとほほえんだ。
――なるほど。反逆者と元仲間が一緒にいたら、まずそうだもんな。
「そうです。私は反逆の英雄アーサー・ラングレットなんて出会っていませんよ」
「そうそう。俺も元仲間のエステル・カルマンになんて会ってない」
楽しそうに笑うアーサーとエステル。
そのやりとりを、なんとも言えない気持ちでトールは見ていた。二人の関係性が、いまいち見えなかった。
「そういうことなので、キャロルもよろしく頼みますね」
「わかりました」
そう答えたキャロルも、あきれたような顔をしていた。
「そういえば、自己紹介をしていませんでしたね」
思い出したように、エステルが言う。
「あらためまして。私は一級神官のエステル・カルマンです。魔王討伐パーティーの元一員です」
エステルはふわりとほほえんだ。
エステルの白金のまっすぐな髪が差し込む星の光に照らされきらめいていた。少し短めの前髪が幼く見せていたが、それ以上に親しみやすさを感じさせた。携えた笑みは穏やかで、優しそうな人だった。
あの魔王討伐パーティーの元一員に会い、しかも救ってもらったのだと思うと、トールは感動してしまった。一度、アーサーと出会った時に経験しているのだが。
「こちらは私の直属の部下で二級神官のキャロル・ハリエルです」
エステルに紹介され、キャロルが頭を下げる。
キャロルは先程からずっと仏頂面で、夜空のように黒い瞳はどこか不機嫌そうだった。その不機嫌さは、主にアーサーに向かっているようだったが。
まるで正反対な雰囲気の二人だった。
「うーん、俺は別にいいよね。知ってるだろうし」
にこっと笑ってアーサーが言う。
――そんな雑な…。
そうだけれども、と納得はしつつも、トールは複雑な気持ちになった。
「で、こっちは俺の相棒のトール」
アーサーがトールに振った。
「トール・エインズです。元騎士見習いで、アーサーさんに助けてもらってから、アーサーさんについて行かせてもらってます」
自己紹介をするトール。
――相棒だって。
アーサーが自分を相棒だと言ってくれた。そのことがあまりにも嬉しくて、顔がゆるむのを抑えきれなかった。
「よろしくお願いしますね、トール君」
エステルがほほえんで言った。キャロルも無言で頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるトール。
「それにしても、どうしてあの森は瘴気が発生してたんだろうね」
アーサーが不安げに言った。
それを聞いて、エステルははっとしてトールに尋ねる。
「確認するのが遅くなってしまってすみません。トール君、体調の方はもう大丈夫ですか?」
「はい。おかげさまですっかり元通りです」
同じ一級神官に治療してもらったはずなのに、ライゼルの時よりもはるかに快調だった。エステルのすごさをひしひしと実感するトール。
「それならよかったです。…キャロル、例の件は、どうでしたか」
エステルは神妙な面持ちでキャロルに尋ねる。
キャロルは困り顔で答えた。
「私の方でも確認しましたが、反応はなかったです。どうして倒れたのかは、ちょっと…」
「…そうだったんですね。ありがとうございます」
きっと、トールが倒れた原因が見あたらないことについて言っているのだろう。
「エステル、何の話?」
アーサーが尋ねる。うっすらと浮かべた笑みは、どこかぞっとするものがあった。
「こちらだけで話を進めてしまっていてすみません。…端的に言うと、今回トール君が瘴気に倒れてしまったのは、何か変だという話です」
「…詳しく」
アーサーの瞳が鋭くなった。
先程もキャロルから聞いてはいたが、いざエステルに言われると、じわじわと不安がトールを襲ってきた。
「キャロル、どこまでトール君に話していますか」
「今回の瘴気は倒れるほどのものではないことと、この辺りの人たちは森に瘴気が出ることを知っているってところまでは」
「わかりました。アーサー、あなたも感じたとは思いますが、今回の件はどこか変です。瘴気が出ているとはいえ、倒れるほどの濃さではありません。…おそらく、トール君の方に何か原因があるのかと」
「トールに、ね。トールは何か思い当たるもの、ある?」
「魔法薬かなって思ったんですけど。ホーンラビットの時の。でも、違うっぽくて…」
「…そっか」
神妙な顔で考え込むアーサー。
「トール君、私が診てもいいですか」
「あ、はい。お願いします」
エステルはトールの横に来ると、膝を付き、トールに両手を向けた。そして目を瞑ると、呪文を唱える。
「汝、健やかなれ」
するとエステルの両手の手のひらから柔らかな光が放たれた。
「!」
ほわほわとした光に包まれるトール。あたたかいようなくすぐったいような、不思議な感覚がした。
エステルはうっすらと目を開けると、眉をひそめた。光が消えていった。
「…エステル、どうだった?」
アーサーが尋ねる。
「…」
眉間にしわを寄せて考え込むエステル。
――そんなにまずいかんじ…?
不穏な空気に、トールは不安になってしまう。
エステルはトールに向き直った。真剣な目だった。
「単刀直入に言います。トール君、あなたは瘴気や魔物の毒への耐性を、普通の人よりも極度に弱まっている状態です」
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