10. 場違いな客
魔法薬の謎が、この商会の建物の中にあるかもしれない。
トールは商会の建物を見上げる。豪華な装飾に、庶民のトールは目がチカチカした。
--俺、こんなところ、入れないよな…。
トールはじとっとした目で建物を見る。
この店は、少なくとも上流の平民でないと入店さえ断られそうだった。
トールは自分の服装を見る。間違っても上流には見えない、ごくごく普通の平民の服装だった。トール自身が上流っぽいオーラを放っているわけでもない。平凡だった。
--困ったなあ。
トールは店の窓に視線をやった。窓からは、店の中の様子が見えた。店の中では、高そうな服を身にまとった人々が、さまざまな商品を店員の案内を受けながら物色していた。
ある一角にトールの目が留まる。
そこでは、杖を取り扱っていた。
トールは鞄から、アーサーから預かった杖を取り出した。きれいな装飾がされた、高そうな杖だった。アーサーと戦った時にできたのか、一部が欠けていた。
トールはまじまじと杖を見つめた。
--これを使えば、入れるんじゃ…?
トールの頭の中に、ある計画が降ってきた。
トールは口角を上げる。
「やってみますか」
緊張でこわばりながらも、トールは店のドアに手をかけた。
店の中に入ると、明らかにトールは場違いだった。変なものを見るかのような視線がトールを突き刺す。
トールは入って早々、入店したことを後悔しかけた。
店の中を見渡す。奥の方に、商会の事務所へつながる廊下があるようだった。
トールはぐっと拳を握り、自身を奮い立たせると、店の奥へと進んでいく。
トールが向かったのは、杖を扱っているエリアだった。
トールがそこに近づくと、店員が寄ってきた。
「お客様、何かご用でしょうか?」
店員がトールに話しかける。笑顔だったが、そこからはとっとと帰れというメッセージが読み取れた。
明らかに場違いな人間でも、丁寧に対応してくれるんだな、とトールは変なところに感心する。
トールも笑顔で返す。
「えっと、主人に杖の修理を依頼するよう頼まれまして」
店員は笑顔のままだった。
トールは、鞄から杖を取り出す。一応、杖を布で巻いていたので、布を外して店員に杖を見せた。
「これです。この部分が、欠けちゃってて。ここを修理して欲しいそうです」
トールは欠けた部分を指差しながら説明した。
杖を見ると、店員の眉がぴくりと動いた。
「…ご本人は、いらっしゃいませんか」
さっきよりも、どこか深刻そうな声だった。
「はい。僕に頼むほど忙しくて、こちらに来れるほど余裕はなさそうです」
この答えで合っているかはわからなかったが、トールはこう答えるしかなかった。
店員は、ちらっと店の奥の方を見た。すると、立場が上そうな店員がやって来た。
「どうしました」
「こちらの杖の修理依頼です」
トールを対応していた店員が、やって来た店員に軽く説明する。
やって来た店員も、杖を見ると一瞬表情が固まった。
--あれ、この杖、そんなにやばいものだったの?
トールは店員らの反応を見て、不安になった。
普通、欠けただけではそこまで大事ではないはずだった。
「恐れ入りますが、ご依頼主のお名前を頂戴しても?」
やって来た店員が笑顔を張り付けトールに尋ねる。
「ここでは、ちょっと」
トールも笑みを張り付けて答えた。
「…承知いたしました。お部屋の方に、ご案内致します」
やって来た店員は、トールにそう言った。
「ありがとうございます」
--よくわかんないけど、うまくいったっぽい。
トールは内部に入ることに成功したことに、嬉しさが顔にでないようにするので精一杯だった。
心の中では、喜びで万歳していた。
トールは店員に連れられ、商会の中へ進んでいく。
商会の中は、店舗には劣るがしっかり豪華だった。あまり人は多くなく、たまに職員とおぼしき人とすれ違う程度だった。相変わらず、トールの場違い感は健在だった。
店員はあるドアの前で止まると、ドアを開け、トールを中に入れた。こぢんまりとしているが、きれいな部屋だった。
「こちらでお待ち下さい」
「ありがとうございます」
トールは部屋をキョロキョロと見回した。
「一度、杖をこちらでお預かりしてもよろしいでしょうか。職人に見せたく思いまして」
店員が尋ねる。
「わかりました」
トールは杖を店員に渡した。
「ありがとうございます。お預かりいたします」
店員は杖を受けとると、一礼して部屋から退出しようとした。
「あ、あの」
トールはそれを慌てて引き留める。
店員が振り向いた。
「お手洗い、お借りしてもいいですか?」
図々しいよな、と思いながらトールは聞いてみる。
案の定、少し嫌そうな顔を店員にされた。
「…この部屋を出て右の奥にございます」
「ありがとうございます」
渋々ながらも答えてくれた店員に、トールは頭を下げた。
平民相手にも親切な店員の対応に、トールは感謝した。
店員が部屋から退出すると、トールはふう、と一息ついた。なんとか商会の中に入れたことが嬉しかったが、同時にまだ緊張していた。初めての商会に、トールの心臓はバクバクと打っていた。
トールはそっとドアを開ける。廊下には、誰もいなかった。
--とりあえず、支店長を探してみよう。
トールは部屋から出て、とりあえず右側に進んだ。
部屋にとどまっていても、店員が戻って来れば主人の名前を聞かれる。主人でもなんでもなく、なんならアーサーにぼこぼこにされた男の杖だ。そのうち、ボロが出て騎士団につきだされることはわかりきっていた。そうなる前に、さっさと探してしまおうとトールは思った。
トールは当てずっぽうで廊下を進んでいく。途中、職員と鉢合わせそうになったが、カーテンや飾ってある彫像の後ろに隠れたりして、乗り切った。
こんなにあっさり侵入できていいのか、と思いつつ、トールは見つからずに済んでいることにほっとした。
やみくもに進んでいると、ひときわ豪華な廊下にたどり着いた。
--ここじゃない?
トールは息をのむ。
トールはそっと廊下を進んでいく。幸い、廊下には誰もいなかった。
一つの部屋から、人の話し声が聞こえてきた。トールはその部屋の前で立ち止まる。
キョロキョロとあたりを見回して、誰もいないことを確認すると、トールはドアに耳を押し付けた。
「ロベルト殿、貴方は状況がわかっていないようでいらっしゃる」
男性の声が聞こえてくる。落ち着いた声だった。
「いや、そんなことはありませんよ。重々承知しております」
へりくだったようなロベルトの声が聞こえてきた。
--見つけた。
トールの心臓がバクバクと音を立てる。
「いいや。魔王の魔法薬も数に限りがあるんです。貴方の仕事次第では、こちらもしかるべき対応をさせていただきます」
「それは…っ」
--あたりだ。
トールは口角がゆるむのを抑えられなかった。
魔法薬の謎の手がかりにたどり着いた。




