1. 反逆の英雄
かつて、ウィシュタル王国に魔王が誕生し、王国の人々の生活を脅かした。王国は才ある四人の少年少女からなる魔王討伐パーティーを結成し、彼らを討伐へと派遣した。無事、彼らは魔王討伐に成功し、再び王国に平和をもたらした。
…というのは、一年前のこと。
「はあああ」
酒場のカウンター席から、大きなため息が響いた。
「でかいため息だな、どうした」
酒場の店主がため息の主に笑いながら話しかけた。
「…俺、騎士団をクビになっちゃって。でも行くあてもないんですよね」
賑やかな町の空気とは対照的に、一人どよんとした空気の少年、トール・エインズが言った。
「お、騎士様だったのか。そりゃ、災難だったな。お前さん、まだ酒も飲めないくらい若いだろ?まだ先があるってのに、騎士団も何してんだか」
酒場の店主は、トールのジョッキの中身を見つつ、同情的に言った。
ジョッキの中には、リンゴサイダーが入っていた。
「…いいことではあるんですよ。魔王が討伐されたんで、魔物駆除をする必要も減って。だから弱い奴まで育成しなくてよくなったんですよね」
はあ、とため息をつきながら、少し悲しそうにトールは言った。
この世界には、魔物がいる。子供でも倒せる下位の魔物から、騎士団が大隊を派遣しないと倒せないような上位の魔物まで様々だ。その最上位に君臨するのが、魔王である。この魔王は常にいるわけではなく、何らかのきっかけで誕生するものだ。しかし、その存在は強力で、魔王がいると魔物も強くなり、人々への被害がとても大きくなる。ゆえに、魔王の討伐は必須なのだ。
その魔王を倒したのが、魔王討伐パーティーである。王国内でも権力を持つ公爵家の次男で、剣豪のレオナルド・セルジュ・ウィルバウナー。史上最年少で宮廷魔法師となった天才魔法使い、マルツァー・ファルダ。教会の神官で女神より与えられた光魔法の使い手の、エステル・カルマン。そして、平民出身にもかかわらず剣豪レオナルドに勝る剣士で、魔王を討ち取った英雄、アーサー・ラングレット。彼らの活躍で、王国は平和な日常を取り戻したのだった。
そして、トールは騎士団をクビになり、今に至る。
「まあ、そうだけどなあ。でも、英雄様はまだ捕まってないんだろ。うちの王国の隣は帝国もあるわけだし、軍事力はあってもいいと思うがな」
グラスを磨きながら、店主が言った。
魔王は討伐され、平和な日常である。表面上は。ウィシュタル王国は、今、重大な問題を抱えていた。
魔王を討ち取った英雄、アーサー・ラングレットの反逆と逃亡。
魔王討伐パーティーの凱旋式でのことだった。宮廷に招聘された魔王討伐パーティーは、国王より直々に、褒美を賜った。その時だった。国王のある言葉がアーサーの逆鱗に触れ、アーサーが国王に殴りかかったのだった。彼を取り押さえようとする兵たちを振り切り、アーサーはその場から脱出、逃走したという。英雄アーサー・ラングレットは、王族への不敬罪と反逆罪で指名手配犯となった。そして、彼は捕まることなく、一年後の今に至る。
平民出身でコネもなく、至るところで騎士団が目を光らせている王国内で、いくら英雄といえど18歳の青年が一人で一年間も逃げ切るとは、誰も思っていなかった。だからこそ、重大な問題であるのだった。アーサー・ラングレットは、魔王を討ち取ったという実力がある。そして、その実力は、剣豪と謳われる現王国騎士団副団長のレオナルド・セルジュ・ウィルバウナーに勝る。つまり、少なくとも王国第二の騎士よりも強い人物が、王家に反逆して一年間も野放しにされているのだ。王家の焦りは大きかった。王都には、おびただしい数のアーサーの手配書が舞うこととなった。
たった一人を捕まえられない騎士団もどうなのか、とトールは思う。そんなトールはその騎士団をクビになるほどの実力しかないのだが。
店主になんと返そうかトールが迷っていると、カランカランとドアベルの軽い音がして、酒場の扉が開いた。
「おーい、店主、頼まれたもの持って来ましたよ」
「お、助かるよ。その辺に置いておいてくれ」
「はーい」
トールは振り向くと、そこには腕いっぱいに荷物を抱え、上半身が荷物しか見えなくなっている青年がいた。
青年はすたすたと酒場の奥へと進んでいった。
「…店主、あれ、何が入ってるんですか」
「ん?あれか?酒と、野菜と、小麦だな。まあ、ほとんど酒だ」
トールが尋ねると、店主はにかっと笑って答えた。
--さすがに、一人で持てる重さじゃなくない?
トールはいぶかしげに青年を見る。青年は軽々と荷物を運んでいたが、置くときにドサッという重そうな音がしたので、しっかり重いのだろう。特に筋肉隆々というわけでもないのに、軽々と重いものを運べる青年に対して、ただ者じゃないな、とトールは思った。
「アース、ありがとな。酒と食い物お礼にやるよ」
「ほんとですか、ありがとうございます」
アースと呼ばれた青年は、店主の申し出に嬉しそうにしながらカウンター席へやって来た。
「隣、いいですか?」
アースはトールに尋ねた。
「あ、はい、どうぞ」
「ありがとう」
アースは微笑んで、トールの隣に座った。
トールは少し違和感を覚えた。
ー-あれ、なんか、この人見たことある気がする。
アースは、少したれ目で人好きのする相貌をしていた。前髪を分けて軽く上げているのが、好青年感を醸し出していた。しかし、わりとどこにでもいるような格好と雰囲気で、ただの勘違いかもしれないとトールは思った。
店主は、アースの前に酒の入ったジョッキとホカホカと湯気をたてる肉の串焼きを出した。
「わ、おいしそう。いいんですか」
「ほら、食え食え。お前さんは働き者だからな、これでも足りんよ」
「そんなあ。ありがとうございます」
キラキラとした目で料理を見つめるアース。それを満足そうに見ると、店主はアースの持ってきた荷物を片付けに行った。
「アースさん、は、ここの従業員の方なんですか?」
トールが尋ねた。
「いや、俺はただの手伝いだよ。この街に来た時に、金がなくて困ってたら店主がいい人で手伝いとして雇ってくれて。それ以来」
アースははふはふと串焼きを頬張りながら答えた。
「君は?見たことない顔だけど、最近ここに来たの?」
「そうです。…王都にいたんですけど、地元に帰らなきゃいけなくなっちゃって」
トールは自分のジョッキを揺らして、中身をくるくると回した。サイダーがしゅわしゅわと音を立てた。
「へえ、王都にいたんだ」
アースの目が一瞬、細くなった。しかしトールはそれには気づかなかった。
「最近の王都、どんなかんじだった?」
「うーん、一年前よりは活気づいていましたよ。魔王も倒されたんで。でも、やっぱり王宮を中心にピリついているかんじはしますね」
「ああ、あれ?元英雄が逃げ回ってるってやつのせい?」
「そうですね。王都で英雄の手配書を見ない日はないってくらいです」
「あはは、英雄の手配書て。でも、この辺は見ないよね」
「たしかに、言われてみれば。やっぱり王都だからだったんですかね」
「…あいつらが、手を回してくれてんのかな」
アースがぼそっと呟いた。
トールはジョッキから顔を上げると、アースの方を見て、内心ビクッとした。アースは頬杖をついて、トールの方を見ていた。顔には笑顔が浮かんでいたが、その目は笑っていなかった。灰色の瞳に刺されるような感じがして、トールは恐怖を感じた。
「えっと…アースさんは、王都にいたことがあるんですか?」
トールは慌ててアースに尋ねた。
「まあね、わりと前に」
アースはそう答えてにこっと笑った。その笑顔からはさっきまでの怖さが消えていて、トールはほっとした。
「お、そうだ、アース。こいつ、騎士団をクビになって行くあてがないんだと。ちょっと助けてやってくれや」
戻ってきた店主が言った。
「えっ、店主、言わないでくださいよ」
「そうか?それはすまんな」
「え、君、そうだったの」
まさかの店主の言葉に慌てるトールに、アースが目を丸くして尋ねた。
「実は…。弱すぎて、もう帰った方がいいって言われちゃって」
トールは決まり悪そうに、笑って頭をかいた。
「それは、残念だったね。騎士団って、もうちょっと面倒みてくれるものだと思ってたよ。君、まだ若いでしょ。まだまだ伸びるのにね」
店主と似たようなことを言うアース。その様子は、本当に残念そうだった。
「まあ、しょうがないです」
トールは言った。
「これ、あげるよ。食べな?」
慰めなのか、アースは皿の上の串焼きをトールにくれた。
トールはぺこりと頭を下げると、串焼きを口に運んだ。きれいに焦げ目がついた串焼きはジューシーでおいしかった。
「店主、これ、なんの肉なんですか?」
アースが尋ねた。
「ああ、ホーンラビットの肉だよ。一時期減ってたんだが、また増えたみたいでな。メルベックの方の村はひどいらしい」
ホーンラビットは、角の生えたウサギだ。下位の魔物の一種である。
「へえ。魔王も倒されたのに、大変ですね」
「そうなんだよなあ。うまいんだが、あいつら、農地を荒らしまくるからな。駆除してやったら、農民が喜ぶぞ」
「行ってみようかな。君も行く?」
アースがトールに尋ねた。
トールは慌てて口に入っている串焼きを飲み込むと、答えた。
「そうですね…行ってみます」
トールはなんとなく、アースについて行ってみたい気がした。
「じゃあ、食べ終わったら行こうか」
アースはにこっと笑った。
「じゃあ、店主、行ってきますね」
酒場のドアの前に立つと、アースが言った。
「おう、行ってらっしゃい。ホーンラビット、期待してるぞ」
「あはは、やっぱりそれが目当てですか」
わっはっはと笑う店主。
トールはぺこりと頭を下げると、カランカランとドアを開けて出ていったアースに続いた。
外は青々とした空が広がっていて心地よかった。酒場のある通りにはたくさんの人が行き交っていて、平和な日常であることを感じさせた。
「そういえば、ちゃんと名乗ってなかったね。俺はアース。よろしくね」
そう言ってにこっと笑顔を見せるアース。
「俺、トール・エインズっていいます。よろしくお願いします」
トールはぺこりと頭を下げる。
「トール君は何歳なの?」
「十六です」
「じゃあ、俺の三つ下なんだね」
トールとアースは、他愛ない会話をしながら歩いていった。
「アースさんは、普段は何をしているんですか?」
「俺?うーん、何でも屋さん的なかんじかな。依頼があれば、その都度受けるかんじ」
「…何でも屋さんて、大変じゃありません?」
トールが思うに、あんなに重いものを軽々と運べるアースは、職に困らないだろう。なぜ「何でも屋さん」をしているのか不思議だった。
「まあね。依頼ないとお金なくなっちゃってやばいし。でも、その分自由に動けるから」
あはは、と笑うアース。
「自由に動ける、ですか」
今まで騎士団にいたトールにはあまり馴染みのない概念だった。
「そう。…探し物、してて。自由に動けないと、探せないからね」
そう言ったアースの目は、遠くを見つめていた。トールはこれ以上聞いてはいけない気がして、質問するのをやめた。
唐突に、二人の背後からガシャン、と何かが壊れる音がした。それに続いて悲鳴が響いた。
二人はばっと後ろを振り向いた。
「…え?」
思わずトールの口から漏れた。冷や汗が流れる。
通りの奥には、ひときわ大きな狼が立っていた。狼の近くの建物は壊れ、多くの人々が逃げまとい、町は騒然としていた。
そこにいたのはウォーウルフだった。中位の魔物の一種で、騎士が数人がかりで討伐に取りかかるほど強い。普段は森の中にいて、間違ってもこんな街中に現れる類の魔物ではなかった。
トールは動揺と恐怖で震えた。
ウォーウルフが尻尾を振るたびに、近くの建物にあたり、建物が壊れ悲鳴が上がった。二人の横を次々と人々が逃げていく。
ウォーウルフは町が物珍しいのか、キョロキョロとしていた。
「…店主、ちゃんと逃げてるかな」
アースが呟く。
「ごめん、トール君。俺、一回店に戻るね」
アースはそう言って、ウォーウルフのいる酒場の方へ駆け出した。
「えっ、アースさん、危ないですよ!待ってください!」
トールは慌ててアースを追った。
相変わらず、ウォーウルフの尻尾は建物を壊し続けていた。もはやそれが楽しいようだった。ウォーウルフはある建物に目を留めると、おもむろに屋根を叩いた。ガシャン、という音がして、まるで積み木を崩すかのように簡単に建物に穴が空く。
そこは、さっきまでトールとアースのいた酒場だった。
「…店主」
その光景を見ると、アースは走るスピードを上げた。
--この人、走るのめっちゃ速いな。
トールは頑張ってついていこうとするが、あっという間に置いていかれた。
アースは壊れた酒場の前で止まると、中へ入っていった。ウォーウルフは酒場には興味を失くしたらしく、別のところを見ていた。
トールも息を切らしながら酒場に入る。
中は屋根が崩されたことで、ぐちゃぐちゃになっていた。床は屋根のがれきや割れた食器が散乱していた。
カウンターの一角に、アースと店主がいた。店主は壁にもたれかかって座っていて、側にアースがしゃがんでいた。店主の頭から血が流れていた。
「店主…!大丈夫ですか」
トールは二人のもとに駆け寄った。
「お前さんも来てくれたのか。危ないってのに、困った奴らだなあ」
わっはっはと笑う店主。しかし、その笑い声に元気はなかった。
「とりあえず、ここは危険なので、避難しましょう」
アースが肩に店主の腕を回し、持ち上げる。
「悪いな」
店主は、早く手当てをした方が良さそうだった。
再び、建物が壊される音がして、三人は通りの方を見た。
壊れた壁から見えたのは、向かいの建物も壊され、ウォーウルフの前で小さい子どもが震えている光景だった。
トールは思わず駆け出していた。
子どもの前で立ち止まると、トールはしゃがんで尋ねた。
「大丈夫?」
子どもは涙を浮かべてトールを見つめていたが、こくこくとうなずいた。
ふと、トールは危ない気配を察知して、とっさに子どもを抱えて後ろに飛びのいた。転がるトール。
顔を上げると、さっきまでいたところはウォーウルフの爪で床がえぐられていた。深い爪跡にぞっとする。
子どもはトールにしがみついて、ガタガタと震えていた。
「…大丈夫だから」
トールは子どもをぎゅっと抱き締めた。
--どうしよう。
トールはウォーウルフに目をつけられてしまっていた。ウォーウルフの赤い瞳がトールをとらえていた。子どもを抱えたままウォーウルフと戦うのは、トールには無理そうだった。
「走れる?」
トールは子どもに尋ねた。子どもは一瞬躊躇したが、神妙な面持ちでうなずいた。
「えらいね。俺が合図したら、全力で教会まで走ってね」
子どもはこくこくとうなずく。ここから遠い教会まで行けば、安全だろう。少なくともこの通りから離れれば、ひとまず危なくはなくなる。
トールは軽く深呼吸をすると、立ち上がった。剣の柄に手をかけた右手が震えていた。建物と同じか、それより大きいウォーウルフに見つめられ、トールは息をのんだ。トールはウォーウルフをきっとにらみつけると、言った。
「今だ、行って!」
子どもがウォーウルフとは反対側に駆け出した。幸い、ウォーウルフはトールに注意を向けていて、子どもを追おうとはしなかった。
ウォーウルフが右足を上げ、トールの方に振り下ろした。トールは剣を抜き、振り下ろされた足を剣で受けつつ横に飛びのく。ウォーウルフの切れた皮膚から血が飛び散り、トールの顔にかかった。
「…っ」
ウォーウルフの攻撃は重かった。軽くだが攻撃を受けたトールの腕はビリビリと衝撃を受けていて、もう一度受けるのは厳しそうだった。緊張と恐怖で息が上がっていた。
「トール君…!危ないよ、すぐ逃げて!」
アースの声が響いた。トールはアースの方を一瞥すると、心配そうな顔でトールを見つめているアースが目に入った。
「…俺、これでも騎士見習いだったんです。危ない目にあっている人がいるのに、それを見捨てて逃げるなんて、俺にはできないです。元でも、騎士見習いの名が廃ります」
トールは笑った。恐怖を押し殺した、けれど矜持を持った笑顔だった。
アースは目を見開いた。
「…かっこいいな、君は」
ふっと笑うと、アースは呟いた。その言葉はトールの耳には届かなかった。
トールに傷をつけられたウォーウルフは、怒っているようだった。グルルル、と唸り声を上げ、トールをにらみつけていた。鋭い視線に、トールはビクッと震える。
トールに向かって、再び足が振り下ろされる。トールはそれを剣で受けようとしたが、受けきれず、後ろに吹っ飛んだ。が、何かに背中があたり、止まった。
トールは何にぶつかったのかと思い、背後を見上げた。そこにいたのはアースだった。アースは呆気にとられているトールを見下ろすと、言った。
「トール君、あとは俺に任せて」
にこっと笑うと、アースは借りるね、とトールのそばに転がった剣を拾い、ウォーウルフの前へと進んでいった。
「アースさん…!」
ウォーウルフの衝撃にやられたトールは、地面にへたりこんだまま動けなかった。
アースはウォーウルフの前に立つと、ウォーウルフを見上げた。ウォーウルフもアースを見下ろした。不気味な静けさが流れた。
ウォーウルフが右足をアースに向かって振り下ろした。トールはそれを見て息を飲む。アースが、左手に持った剣を軽く振った。
次の瞬間、ウォーウルフの右足は消えていた。ドチャッ、という音がして、少し離れたところに切断された右足が落下した。
「…!」
トールは呆気にとられるしかなかった。目の前の光景が信じられなかった。少なくとも騎士が数人いないと倒すことができないとされるウォーウルフの足を、目の前の人物は剣一振で切って見せたのだ。
アースは右手を腰の後ろにやり、少し左足を前に出してすっと立った。左手に持った剣先をウォーウルフに突きつけると、口角を上げた。
「躾がなってないね。いい子は森へ帰ろうか」
アースの声に、ウォーウルフはビクッとした。足を切られた本人も、その事実を受け入れられていないようだった。呆然としていたウォーウルフは、アースの声ではっとし、アースをにらみつけ威嚇した。トールにまでビリビリと殺気が伝わってきた。
トールは、目の前の光景に、あることを思い出していた。
剣豪、レオナルド・セルジュ・ウィルバウナーに勝る実力の持ち主。左利きの剣士。魔王を倒した英雄。そして、王家に反逆して王国のお尋ね者となった、当時十八歳の青年。
王都でさんざん聞いてきたことだった。そして、毎日のように見ていた英雄の手配書。
--あれ、手配書に描かれた顔って、どんなだったっけ。
もしかして、もしかして。トールの頭の中には、一つの仮説がぐるぐると回っていた。
ウォーウルフが唸り声を上げ、アースめがけて突進した。それを涼しい顔で見つめるアース。
ウォーウルフが、アースに噛みつきかかる。トールははっと息をのんだ。
アースはさっとウォーウルフの真下に移動すると、剣を振り上げた。次の瞬間、ウォーウルフは悲鳴を上げ、後ろへ吹っ飛ばされた。首筋から腹にかけて、一本の大きな傷が刻まれていた。
ウォーウルフがドサッと地面に打ち付けられ、動かなくなった。
「だから、森に帰ろうねって言ったのに」
あーあ、とアースは顔にとんだ血をぬぐった。
トールは呆然としていた。
騎士でさえも一人では手に負えないウォーウルフを、こうも簡単に倒してしまうだなんて。こんな芸当ができる人物は、一人しか思い浮かばなかった。
「アーサー・ラングレット…?」
トールは、反逆の英雄の名を口にした。




