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どうかご無事で

『切り火』という言葉はあまり聞き馴染まない言葉ではないだろうか。しかし、その行いを目にしたことがある人は多いはずだ。時代劇なんかで出掛ける前に火打石を打ち鳴らすあれだ。厳密には火打石と火打石ではなく火打石と火打金または火打鎌とで打ち鳴らすらしい。


古来より火とは清浄なもの、魔を祓うものとされてきた。要は魔除け厄除けだ。なので、仕事の成功、旅の無事などを祈願して火打石を打ち鳴らすのだ。


早朝、まだ暗いうち、オレと五郎は準備を整え家を出た。五郎は甲冑姿だ。格好いい。オレはというといつものふんどしに着物に草鞋、それにもんぺみたいなズボンをはかされた。腰には小太刀一本。これで戦える?


三井家から三郎さんと二郎さん、うちの隣の家から太助が武装して出てきた。後ろから家の人が続く。二郎さん、あきさん、さよ、あと太助の奥さんのみのさんは松明を持っている。


なんかお経が聞こえるなと思ったら三井家の門の前で袈裟を着たつるっぱげのじいさんが手を合わせながら南無南無南無とお経を唱えている。上の寺の坊さんだな。


「太一郎。」


あきさんが盾と化した木の襖を持ってオレに近付いてきた。


「さよ、手伝って。」


さよと二人でオレの背中に盾を紐で括りつけてくれた。これで馬乗れるかなぁ。

あきさんがオレの肩をぽんと叩いた。


「五郎を頼んだよ。」


「はい。」


オレが頼まれたいんだが…とは言わない。素直に返事をした。あきさんはそのまま五郎のところまで行った。


「太一郎を頼んだよ。」


「任せろ。」


ちゃんと頼んでくれた。ありがたい。


道の真ん中に馬が6頭連れられてきた。1頭は予備で連れていくらしい。


「並んで。」


あきさんの言葉に、三井家の門を背に道の真ん中に五郎が立った。その両隣に三郎さんと二郎さんがその隣にオレと太助が並んだ。


かんかんかんとあきさんが火打ち石を打ち鳴らす。切り火というやつだ。この音を聞いていると何故だかやる気が出てくる。力が漲ってくる。これはバフだな。あきさんはバッファーだったようだ。


「きっちりお役目をはたしておいで。」


オレたち5人は力強く頷いた。


「太一。」


さよがオレを呼んだのでオレはさよの元へ。三郎さんはあきさんの元へ。太助はみのさんの元へ。


「太一、松明持ったまま馬に乗れる?」


「これ背負ってるし無理かも。股がってから渡して。」


「分かった。」


オレが馬に向かおうとするとさよはオレの手を取り引き留めた。初めてオレの手とさよの手が触れ合った。


「どうした?」


「ちょっとこのまま。」


さよはオレの手を握ったまま、うつむき目を閉じた。柔らかな感触だ。こんな時じゃなければずっと堪能していたい。


「うん、よし。」


さよはそう言って目を開け、オレの顔に顔を近付けてきた。キスをするのかと思ったがそうじゃなかった。さよは耳元であることを囁いた。オレは大きく頷いた。少しの間オレたちは見つめ合った。


馬のところまで行き、股がる。この3ヶ月馬術は散々練習してきた。大丈夫だ。背中の盾は邪魔だがなんとかなりそうだ。


「はい。」


さよから松明が渡された。


「行ってくる。」


「うん。」


見れば4人とも馬に股がっていた。皆の顔に決意を感じる。


「行くぞ。」


五郎が馬の腹を蹴り走らせる。オレたちもそれに続く。しばらくして振り返ってみたがまだ暗いので、もうさよは見えなかった。


五郎を先頭に馬を走らせる。オレはさよの囁きを思い出していた。


「どうかご無事で、か。」


「戦前ににやにやしてんな。」


太助にそう言われたがオレの耳には届かない。オレの歴史知識が疎いため、確証はないが、オレたちは死地に向かう。無事に帰らねば。五郎も無事に帰らせねば。さよがひとりになってしまう。まだ死にたくない。オレは何もなしていない。五郎曰くオレはまだ何者でもないらしい。何物かになりに行こう。内かをなしに行こう。


朝日が昇り空が白み出した。オレたちはただひたすら馬を走らせたのであった。

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