あき姉
『肝っ玉母ちゃん』という言葉をご存知だろうか。実は昔放映されたドラマ『肝っ玉かあさん』に由来している。精神的にも肉体的にも力強い肝の座ったお母さんを例える言葉である。肝っ玉母ちゃんと言われてオレがパッと思い付くのは魔女の宅急便のおそのさんかラピュタのドーラである。なぜ、オレがこんな話をするかと言うと今目の前にまさに肝っ玉母ちゃんという女性がいるからである。
五郎の姉のあきさん。
「こら、男だろ。ちゃっと立て。」
「そんなこと言われても…」
素っ裸なんだからコンプライアンス的に問題あるものが見えてしまう。
「気をつけ!」
「はいい!」
オレは言われたままに気をつけをした。オレのコンプライアンスは宙ぶらりんである。
「あんたがふんどしのつけ方も知らないってんだから仕方ないじゃないか。ふん、まあ悪くなさそうだね。」
悪くないかぁ、良かった。さっき五郎にたいしたことないみたいなこと言われて内心落ち込んでいたのだ。って何がだよ。
あきさんはそんなオレの股間に白い布を通しするすると手際良くふんどしを締めてくれた。
「はい、これを着な。」
あきさんは畳まれた布…もとい浴衣のような着物を渡してくれた。
「ありがとうございます。」
オレは浴衣を広げ袖に腕を通す。正直着心地はあまり良くない。浴衣の裾も膝上までしかない。夏のギャルのようだ。そして布の紐を腰に巻く。オレはついに服を手に入れたのであった。
10分ほど時間を巻き戻す。
「五郎じゃ。」
ドンドンドンと五郎が門を叩きながら言うとしばらくして門の横の勝手口が開いた。
「おお、三郎兄。」
「なんじゃ、こんな朝っぱらに。」
勝手口から出てきたのは、ちょび髭を生やした髪の毛に少し白髪が混じったナイスミドルなおじさんだった。どうやら今は早朝らしい。どおりで人の姿がなかったわけだ。
是非このお屋敷でお世話になりたいので、挨拶をしっかりしなければ。
「おはようございます。裸で失礼します。太一と申します。どうぞお見知りおきを。」
「……」
沈黙が痛い。何か言ってほしい。
「五郎、なんじゃ、この裸の男は。」
「拾った。わしの友じゃ。」
「はぁ、拾ったじゃないだろう。」
「そんなことより着物をくれ。うちには予備がない。」
「はぁ、ちょっと待っておれ。入るか?」
「いや、ここで良い。長居は出来ん。」
「そうか、でも裸の男がおるんじゃ。庭に入れ。」
オレは無視されどんどん話が進んでいく。三郎さんに促され、オレと五郎は勝手口を潜り庭に入った。結構な広さの庭だ。庭の端に弓矢を射る的みたいなのがある。そして立派な日本家屋。おお、いいなぁ。
「ちょっと待っとれ。」
そう言って三郎さんは家の中に入っていった。そしてしばらくして家の中から、着物にたすき掛けした大柄で気の強そうな中年女性が折り畳まれた布を抱えて現れた。
「あき姉。」
三郎兄とあき姉、考えられる可能性は3通り。
1、二人とも五郎の兄弟
2、三郎さんが兄弟であきさんがその嫁
3、あきさんが姉弟で三郎さんが婿
あ、二人とも盃的な義兄弟って線もあるのか。
「全く、あんたは。こんな朝っぱらから人を拐ってくるなんて。三井家に迷惑掛けるんじゃないよ。」
あ、3番が正解っぽい。良くみれば顔のパーツ似てるかも。大きさはぜんぜん違うが。
「拐ったんじゃねぇ。拾ったんだ。」
「裸の男をかい?」
「まあ、そうなるな。」
まあ、あきさんの気持ちは分かる。早朝散歩に行きました。裸の男を拾いました。ここが過去か未来か和風ファンタジーかは分からないが、なかなかあるシチュエーションではないだろう。
「で、どうするんだい。」
「うちで預かる。友だからな。」
「もしかして、五郎、あんた…」
「ああ、まあ、太一郎の成長次第だがな。」
「なるほどねぇ。」
なんかどんどん話が進んでいっているが、これオレの人生の話だよな?オレに人権はないのか?
「太一郎とか言ったかい。こいつ御家人なのかい?」
「いや、御家人でも丹下でもないらしい。」
「ふーん。なるほどねぇ。」
オレはいったいどうなってしまうんだ?いや、その前に早く服をください。
「あの…」
「なんだい、太一郎。」
「太一郎じゃなくて太一なんです。あの服を頂けないでしょうか、その、女性の前で裸は恥ずかしいので。」
「男のガキを3人も生んだんだ。裸なんて見慣れたもんさ。」
いや、あきさんがじゃなくてオレがなんですよ。あきさん子供3人生んだの?そんな歳には見えないなぁ。てか、男が3人って言っただけだから女の子もいるかもしれないのか。
「仕方ないねぇ。はい。」
あきさんはオレに白い布を差し出した。あれ?これ着物じゃないぞ?
「これは何ですか?」
「ふんどしだよ。知らないのかい?」
ふんどし!?え?なんで、いやだ、パンツが良い。オレはトランクス派だ。
「はい、知りません。どうやって着けるんです?」
「ふんどし知らないっていったいどうやって生きてきたんだい?」
「いや、トランクス…」
「なに訳のわからないこと言ってるんだい。仕方ないねぇ。こっち来な。」
「え?もしかしてあきさんが着けてくれるんですか?」
「着け方知らないってんだから仕方ないだろ。なんだい、それとも五郎に着けられたいのかい?」
あ、それは絶対いやです。
オレはおずおずとあきさんの前へ行く。そして冒頭である。
「太一郎、あんた刀使えるのかい?」
「いえ、使えないです。」
あ、これ自分をアピールした方がいいやつか?
「でも、たぶん陰陽術に目覚めるんじゃないかと思っています。」
オレは前衛の剣士じゃなくて魔法使いタイプなのだ。
「陰陽術?昔、京で流行ってたあれかい?」
おお、陰陽術!あるんか!
「はい、たぶんそれです。」
「じゃあ、やってみな。」
「え?」
「陰陽術さ。出来るんだろ?」
「いえ、出来ないです。でもそのうち目覚めるんです。」
「五郎、こいつは何を言ってるんだい?」
「がっはっはっ。おもしれえだろ。」
ふん、目覚めたら驚いても知らないからな。
「五郎、みっちり鍛えるんだよ。」
「分かってらい。」
ちょっと待て。体育会系の臭いがぷんぷんするぞ。
「世話になったな。三郎兄にも礼言っといてくれ。」
「分かったよ。」
「ほれ、太一郎行くぞ。」
五郎はオレを促し、勝手口に向かう。
「あきさん、ありがとうございました。」
オレはあきさんに頭を下げ五郎に続いたのであった。