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北条時宗

『鎌倉幕府』。オレが来たこの時代は実権はすでに征夷大将軍から執権に移っている。征夷大将軍なんてもう源姓ですらない。


天皇の代わりに政治を行うのが征夷大将軍。征夷大将軍の代わりに政治を行うのが執権。政治の三重構造とか、ちょっと意味が分からない。


しかし、執権を司る北条家。時政、政子に始まり優秀な人物がごろごろ出てくる。オレが来たこの時代は北条時宗だ。名前に光か宗が付いたら優秀に思えるのはオレだけだろうか?


健治元年6月


鎌倉に着いた日、オレたちはとりあえず宿に泊まった。この旅で初めての宿だ。ここまで雨の日も風の日も蚊の日も野宿だった。


オレたちはめっちゃ臭いので風呂に入って身を清めた。そして一晩ぐっすり眠った。朝、あきさんが持たせてくれた小綺麗な着物に着替え、鎌倉の町に繰り出した。


オレはもちろん、五郎も土地勘がないので、町行く人に訪ねながら大きな屋敷の前に来た。門番がいる系の屋敷だ。


門番さんに安達さんに会いたいと言う旨を話すと違う建物を教えられた。教えられた建物に行くとまた違う建物を教えられた。俗にいうたらい回しというやつだ。この日はいろいろな建物を巡るだけで1日が過ぎていった。


初日だけではなかった。2日目も3日目も、そして1週間丸々建物巡りで過ぎていった。路銀も尽きた。もう宿には泊まれない、握り飯も食えない。どうしよう。と、なった日、やっとオレたちはひとつの大きな屋敷の門の中に入ることが出来た。五郎と二人でガッツポーズしたのは秘密だ。


「ここから先は御家人しか入れません。お付きの方はここでお待ちください。」


案内のお姉さんがそう言った。


「行ってくる。待っておれ。」


「頼んだよ。」


五郎はお姉さんに連れられて屋敷の中に入って行った。


オレはここで待てと言われた庭を眺めて過ごしていた。広い庭だ。日本庭園だ。その周りには建物があるが誰も行き来していない。この庭にも誰もいない。暇だ。松を見るのも飽きてきた。


オレはふと違和感を感じた。目線を下げるとオレの喉元に剥き出しの短刀が添えられていた。


「ひぃぃ。」


「喋るな。」


背後から若い女性の声が聞こえた。


「振り返るな。」


オレが行動を起こそうとする前に先立って禁止される。オレは唾を飲み込むことしか出来ない。


「声を出さず付いてこい。一言でも話せば殺す。分かったら1回頷け。」


首に刃物を突き付けられているのだ。頷くに決まっている。


オレが頷くと女は短刀をしまい、オレの前に出た。巫女服のような服装に顔は狐のお面。いかにもって感じだ。


「付いてこい。」


女は歩き出した。足音も立てず。オレは話すと殺されるらしいので黙って追い掛けた。


初めいた庭から渡り廊下を潜り塀の横を歩き、小さな庭を横切り、また渡り廊下を潜る。ぐるぐるといったい自分がどこにいるか分からなくなってくる。


「ここだ。」


女はそう言った。建物に囲まれた小さな庭だ。正面に建物への階段があり襖の閉まった部屋がある。女はオレではなく、その襖の方に一礼して何処かに消えて行った。


え?なに?なんかここ、時代劇の裁きの場所ぽいんだけど?オレなんか悪いことしたっけ?ああ、さよ、先立つ不幸をお許しください。パニックが完全に頭だ。間違えた。完全に頭がパニックだ。


その時、襖が開いた。中から袈裟を来たつるっぱげのえげつない美少年が現れた。いや、美青年かもしれない。あ、これあかんやつや。見ただけで分かる、圧倒的カリスマ性。オレは自然に砂利の上に正座し頭を垂れていた。


その美青年は脳髄に直接響くような美しい声で言った。


「北条時宗である。」


と。


オレはただただ頭を垂れ続けた。北条時宗、歴史音痴なオレでも知っている名前だ。この時代に来て偉人に会ったのは初めてだ。


「ふむ、お主、名をなんと申す。」


「は、太一にございます。」


「ほう、太一郎ではないのか。」


五郎だな。あの野郎。


「まあ良い。して、太一。わしはお主を知らぬ。」


ん?どういうことだろうか?初めて会ったので知らないのは当たり前だと思うんだが。


「余は、全ての御家人、その家族構成、郞従を把握している。」


何万人いると思ってんだ、このチート野郎。


「中間までは流石に把握しきれておらぬが、三井三郎資長の実子で竹崎季長の養子と子を成せるとは思えん。」


めっちゃ、把握されてる。何この人、怖すぎなんですが。


「嘘は許さん。正直に答えよ。お主は何者じゃ?」


これは正直に話そう。今まで話しても誰にも信じてもらえなかったけど、この天才なら理解してくれるかもしれない。


「は、私は未来から来ました。」


「ほう、未来とな。それはいつじゃ。」


「えっと、約800年後です。」


「ふむ。荒唐無稽な話…ではないのだな?」


「はい、本当です。」


「ふむ。では、証拠を示せ。」


「証拠ですか…」


あれを話すチャンスだろうか?


「元はもう一度攻めて来ます。」


「……ほう。それはいつじゃ?」


なんか声色が変わった。話して正解だったのだろうか。


「今から6年後です。」


「……余の予測よりちと早いな。」


二回目は予測していたの?良かった、年号思い出して。神の思し召しだったのだろうか。


「他は?」


「申し訳ありません、勉強不足でこの時代のことはぜんぜん分からないのです。」


ああ、もっと勉強しておけば良かった。これで生死が決まるかもしれないのに。


「他の時代は分かるのか?」


「はい、今から300年後のことなら多少は。」


戦国時代ならちょっと分かる。人並み程度だけど。


「300年後…使えんのう。」


「申し訳ありません。」


「それを話せ。」


「えっと、よろしいので?」


「構わん、早う話せ。」


時宗さん、なんかわくわくしてない?


「では、尾張の国に織田信長という武将が…」


オレはここから小一時間、戦国時代の話を時宗さんに話したのであった。


ーーーーーーー


「設楽原で睨み会う織田軍と武田軍、戦国最強の武田騎馬隊に挑むは、織田鉄砲隊…」


いつの間にかオレは身を乗りだしのりのりで話していた。時宗さんが悪いのだ、聞き上手がすぎる。時宗さんは階段に腰掛けて聞いている。


そのとき襖の向こうから「そろそろ」と女性の小声が聞こえた。


「ふむ。仕方ない。太一、明日もこい。」


「えっと、時宗様はご存知でしょうが、五郎じゃなかった竹崎季長の報奨の件が片付けば肥後に帰ります。」


「む。」


時宗さんは襖の方を振り返り「泰盛に長引かすよう伝えよ。」と小声で言ったが、聞こえてますよ。五郎かわいそう。それに金が…


「あの、時宗様、路銀が尽きたので長居は出来ないのです。」


「ほう、金か。問題ない。宿は用意してやる。あとは、おい。」


何処からともなく巫女服の狐お面が現れた。時宗さんは懐から袋を取り出し、狐お面にそれを渡す。狐お面はその袋をお辞儀した状態で頭上で受け取り、その姿勢のままオレのところまで下りてきてオレの前に置いた。


「余に会ったことは誰にも言うな。では下がれ。」


下がれと言われたので下がることにする。オレは前に置かれた袋を持ち上げる。ずっしり重い。一度頭を下げ、立ち上がる。そしてこの庭の入り口にそそくさと歩く。時宗さんが見えなくなると、例の狐お面が待っていた。お面があるので同じ人かどうか分からない。


「時宗様に気に入られたからと言って調子に乗らないように。」


釘を刺された。どうやら気に入られたらしい。まあ、未来人なんて分かる人にはロマンあるよな。時宗さんが分かる人で本当に良かった。


またいろんな庭をぐるぐる回り元の庭に帰ってきた。狐お面はオレをひと睨みして何処かに去っていった。いや、お面で分からないんだけど、睨まれた気がした。五郎はまだ戻ってきていない。


暫くすると女性に案内されて五郎がやって来た。


「どうだった?」


結果は知っているが話すなと言われているので聞いておく。


「うむ。調子良いと思ったんじゃがなあ。また明日こいと。」


ああ、やっぱり。分かってた。


「金どうしようかのう。」


あ、忘れてた。


「五郎、これ。」


オレは時宗さんに貰った袋を渡す。


「お?なんじゃこれ。大金じゃないか。」


「なんか貰った。」


「はあ、太っ腹な御仁もいたもんじゃのう。」


まあね、この時代の日本でたぶん一番の金持ちだろうからね。


オレたちはそんなことを話しながら門を潜った。


「ご案内します。」


門を出てすぐ、ちょんまげの物腰の柔らかいお兄さんに声を掛けられた。


「お荷物は全部ありますか?」


「いえ、前の宿に少々置いてあります。」


五郎がぽかんとしているのでオレが答えた。


「では、ここでお待ちしておりますので、持ってきてください。」


「はい。」


オレはぽかんとしたままの五郎を引っ張り今までの宿に向かう。


「どういうことじゃ?」


「なんかね、お金くれた人が宿も紹介してくれた。」


「はあ。」


気持ち分かるよ、五郎くん。オレも何がなんだかなのだから。


荷物を全部持ち、また門の前に戻ると、その屋敷の5軒隣…といっても高い塀に囲まれた屋敷ばかりなのでそこそこ歩くが…その宿に案内された。いや、これは宿じゃない。オレには分かる。これは屋敷というのだ。


ちょんまげ兄さんに門の中に放り込まれ、そこから綺麗なお姉さん数人に玄関まで案内された。少弐のじいさんの屋敷と同じくらいの屋敷に。


オレも五郎も終始ぽかんとしていたことは言うまでもないことであった。

仕事が忙しいので少し開きます。

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