さよの元へ
『死屍累々』多くの死体が重なりあう様。
麁原から下りた先はまさにそのように表現するしかない光景だった。しかし、馬を止めるわけにはいかない、いつ背後から矢が飛んでくるか分からない。
オレたちはとりあえず隠れていた森を目指した。予備の馬を1頭隠してあるのだ。
もうすぐ森というところでオレを掴む五郎の力が急に弱まった。そして、ずれ、やがて馬から落ちた。
「ちょ。」
オレは慌て馬を止め、馬から下り、五郎を抱き上げる。
「うわ、血だらけじゃないか。」
甲冑を着ているので分かりにくいが、たぶん身体中傷だらけだ。気を失っている。
予備の馬を回収した三郎さんがオレたちのところに来た。
「これは赤坂ではダメだな。太宰府に向かおう。悪いが太一郎が運んでくれ。私ももう限界が近い。」
三郎さんもふとももに矢が刺さったままだ。
「分かりました。」
オレは重い五郎をなんとか馬の背に乗せ、オレも乗る。三郎さんが馬を走らせたのでオレも続く。頼む、五郎、死なないでくれ。オレは五郎を落とさないように気を使いながら、馬を走らせた。
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太宰府に到着したときはもう暗くなっていた。そういえば、まだ1日経ってなかったんだな。今朝三井郷を出たのだ。いろいろありすぎだ。
オレたちは講堂のような大きな建物に通された。多くの怪我人が治療を受けていた。オレたちもオレ以外は怪我をしていたので治療を受ける。オレは幸い無傷だ。
オレはその部屋の端っこにひとりで移動した。ああ、疲れた。そういえば徹夜だったな。意識が遠退く。緊張が解けたからか、強烈な睡魔に襲われた。オレは生首を胸に抱き、深い眠りについたのだった。
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「太一。」
「さよ。」
オレはさよを抱き締めた。
「よく頑張ったね。」
さよはそう言うとオレを見上げ目を閉じた。オレはさよの唇を奪うべく顔を近付け…
あれ?さよさん?さよの髪ってもっとさらさらじゃなかったっけ?なんでこうもごわごわ…てか、なんかくさっ。
目を開けると青白い異国のおっさんの顔があった。
「うわっ。」
オレは生首を放り投げる。直後に込み上げる嗚咽。オレは飛び起き建物の出入口まで走り…おえー。
なぜあんなものを抱きしめてたんだ?狂気だ。戦場は狂気だ。オレは頭がおかしくなったのかもしれない。
「もったいないのう。わしら唯一の手柄首じゃというに。」
甲冑を着込んだ五郎がオレが放り投げた生首を抱えてげーげー吐くオレの後ろに来た。良かった、生きてた。
「また行くの?」
「もう戦えんが、ここを攻められたら戦うしかないじゃろ。」
あんた根っからの武士だよ。すげぇよ。
「オレどれくらい寝てた?」
「2日ほどじゃ。」
「どうなってる?」
「分からん。分からんが、あの感じじゃとまあ大丈夫じゃろ。」
だといいが…三井郷が、さよが心配だ。早くさよの元へ帰りたい。
オレは周りを見回す。風の音が聞こえる。木が激しく揺れている。今日は暴風だ。あれ?これ神風?
「うん、これ、大丈夫なやつだ。」
「急にどうした?変なやつじゃのう。ほれ、首。」
「それ、近付けんな、おえー。」
オレたちは暫し太宰府で吉報を待ったのであった。
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講堂のような部屋が歓声で包まれた。鎌倉軍が勝利したと報告が来たのだ。オレたちも歓声を上げた。
歓声が止むと若い頭の良さそうな兄ちゃんが片手に紙、もう片手に筆を持ってオレたちのところに来た。
「えっと、竹崎季長様と三井資長様で。」
「おう。」
「ああ。」
「では、首の提出を。」
「わしらはこれしか持ち帰れんかった。」
五郎はオレが持ち帰った首を差し出した。兄ちゃんは後ろに目配せをすると汚い着物を来た男が来て生首を受け取りどこかに持ち去った。
「あれは竹崎様が?」
「いや、こいつがやった。」
五郎はオレの肩をぽんと叩いた。兄ちゃんは紙に何か書き込んでいく。
「その方は?」
「わしの娘の婿に…今は中間ってことになるのかのう。」
ちゅうげん?御中元?何それ?
「中間ですか…はあ。他の首は?」
「それがな、わしらは麁原へ…」
五郎は戦場でのオレたちの行動を説明する。兄ちゃんはそれを「はあ」「はあ」言いながら聞いている。大丈夫か、この兄ちゃん。事務の人ってこんなものなの?
「はあ、では、報告しておきます。もう帰って頂いて結構ですよ。」
兄ちゃんはそう言うとどこかに去っていった。なんか大丈夫かなぁって気になるが、どうしようもない。
「帰るか。」
五郎の言葉にオレたちは頷いたのだった。
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オレたちは家路についた。ぱかぱかぱかと馬の足音が響く。行きと違って急ぐ必要はない。ゆっくり馬を進める。
「おえー。」
馬は4頭なのでオレは五郎の後ろに乗っている。嗚咽が止まらない。
「わしにかけるなよ。」
「もう何も出ないから大丈夫。おえー。」
もう胃の中には何もない。何も出ない。でも止まらない。
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やっと三井郷に入った。1週間も離れていなかったのになんだか懐かしく感じる。三井家が見えてきた。
集落に差し掛かると竹崎家の玄関の前に人影が見えた。さよだ。夢にまで見たさよだ。
オレの嗚咽は止まった。オレは馬から転がり落ちた。すぐに立ち上がりオレはさよに向かって走った。
「さよっ。」
するとさよもこちらに走ってきた。あれ、これオレに向かってるんじゃなくて五郎だったり?そんな不安が込み上げてきた。
しかし、そんなことなかった。さよは走りながらオレに向かって両手を広げた。さよの顔は涙でぐちゃぐちゃだ。
オレはさよを抱き止めた。さよは力一杯オレを抱き締める。
「太一。」
「さよ。」
「太一。」
「さよ。」
オレたちはただただ互いの名前を呼び合った。ああ、やっと帰ってきた、さよの元に。
「太一?」
「ん?」
「なにこれ?」
「あ、いや、その、今までげーげー吐いてたんだけど、なんかさよに触れたら、その、なんか、滾っちゃって。」
なんか急にオレのオレは元気いっぱいだ、恥ずかしい。
「ちょっと、ごめん。離れるわ。」
オレはさよを離そうとした。しかし、さよは目一杯抱き付いて離れない。さよがオレの耳に口を近付ける。
「いいよ。」
え?いいの?何が?あれが?え?いいの?
オレは抱き合ったまま首だけ動かして二人のお義父様を探す。太助と二郎さんは馬小屋に馬を返していた。オレの仕事だ、ごめんなさい。二人のお義父様、五郎と三郎さんはこっちを見てうんと頷いた。
あれ?二人のお義父さんから許可貰っちゃった。そうだ、お義母様。三井家の方を見るとあきさんがいた。あきさんがいい顔でサムズアップを決めていた。この時代にあったのか…
「太一、男だろ。私に恥かかせる気?」
「そんな気は一切ございません。」
「きゃっ。」
オレはさよをお姫様抱っこで持ち上げた。
「お義父様、お義母様、さよを幸せにします。」
オレはそう叫ぶとさよを抱えたまま竹崎家まで行き玄関を開け中に入り玄関を閉めた。
「三郎兄、今日は泊まらせてくれ。」
「ああ、もちろんだ。」
という、五郎と三郎さんの会話があったとかなかったとか。
この日オレはさよと心も体も結ばれた。オレはさよと結ばれることでこの時代の人間に正式になった気がしたのであった。
勉強不足で史実と合わないところが多々あります。フィクションだと思ってご容赦ください。




