鳥飼潟の戦いの裏で
皆さんは『重装弓騎兵』という兵科をご存知だろうか。重装備で防御力があり、弓矢で攻撃射程が長く、騎兵なので機動力もあるちょっとチートじゃない?と思える兵科だ。そんなチートな兵科は本当に存在した、ここ鎌倉時代に。
木曽馬などの在来馬はモンゴルにルーツを持ち、馬というよりポニーに分類される。側対歩という同じ側の前足と後ろを同時に動かす歩き方をするため上下動が少なく騎上から弓矢を放つのに適している。また、山道も苦にしない。
甲冑は、腰で着る甲冑、胴丸。鎧の重さを腰で支えるため、機敏に動け、肩も軽いので弓の取り回しにも向いている。
そしてメインウエポンの和弓。洋弓に比べて大きいので取り回しは難しいが、威力射程は段違い。
要は何が言いたいのかというと、鎌倉武士は最強であると。
五郎の予測通り麁原に布陣した元軍の約3分の2ほどが赤坂に向けて突撃を敢行した。約7千の大軍がオレたちが隠れる森の近くを通りすぎていく。
オレたちはただただ息を潜めて隠れるのみ。あとは神に、いや、さよに祈るだけだ。
先頭はもう赤坂を昇りはじめていた。全軍が通りすぎるのを待ち、顔を出し様子を伺う。よく見えないが赤坂の上の方では激しい戦闘が始まっているだろう。
オレたちは作業を開始する。太めの木の枝を切りそれを紐で縛り、その紐を馬の鞍にくくりつける。これでうまく砂埃を上げてくれるだろうか?
そう、これがオレが考えた作戦、木の枝を引き摺って砂埃と音を立て数を多くみせよう作戦だ。
「うまくいくかなぁ。」
「うまくいかなくても仕方ない。ひと当てして逃げるまでじゃ。」
オレたちは馬に乗りそのときを待つ。
「む、そろそろじゃな。」
五郎が何を見たのかそう言った。オレたちに緊張が走る。
赤坂を攻め登った元軍が今度は雪崩のように引き返してきた。
「湿地に馬で突っ込むなよ。麁原からの矢にも留意せよ。大声を出していけ、少しでも多く見せるために。」
「「おう。」」
「では、いくぞ!」
五郎は馬を走らせ森を出る。オレたちもそれに続く。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
腹の底から目一杯の大声をあげる。馬の後ろでからんからんと木の枝が音を立てている。砂埃が出てるかどうかは今は分からない。
麁原に逃げる途中の元軍は真横から来たオレたちに気付いた。オレたちを指差して何か叫んでいる。
頼むうまくいってくれ。うまくいかないとたぶん死ぬ。でもいい。さよのためなら死ねる。オレが死んでも、鎌倉軍が勝てばさよは生き残れる。今はそれで十分だ。
元軍がオレたちとは逆の方に逃げ始めた。その動きが連鎖していく。よし、うまくいった。
五郎と三郎さんは騎上から矢を放ち元軍を射殺していく。赤坂からも騎馬隊が駆け降りてくるのが見えた。
「よし、止まれ。反転だ。矢がくるぞ。」
五郎の言葉にオレたちは馬を反転させる。今までいたところに矢の雨が降り注ぐ。
「麁原は弓兵ばかりじゃ。このまま突っ込むぞ。」
五郎はそう言って馬を麁原に向けた。オレも何の疑問も抱かず五郎に続いた。今までなら、3千に5人で突っ込むのかよとか言ってたかもしれない。オレも戦場の空気に飲まれているのかもな。
横目で湿地を見れば、足を取られた元軍が赤坂から下りてきた騎馬隊の騎上射撃で次々と射貫かれていっている。まさに地獄絵図だ。
麁原の弓隊の目は今そっちに向いている。それにしても攻撃が単発的だ。さっきまで腐るほど射ってたのに。
「何か、弓矢の攻撃少なくない?」
「船からの輸送だからな。尽きたのだろう。指揮系統が混乱しておるのだ。」
オレの疑問に三郎さんが答えてくれた。もしかして今チャンスなんじゃね?手柄を立ててさよと結婚…オレも首首言いたくなってきた。
オレたちは一気に麁原を駆け上がる。
「見えた。」
斜面を登りきると元軍の陣が見えた。3千って間近で見ると滅茶苦茶多い。その3千の目がオレたち5人をとらえる。
しかし、矢は単発しか飛んで来ない。五郎はそれを刀で弾き飛ばす。どんどん陣が目の前に迫る。元軍も混乱している。オレたちを指差して何か叫んでいる。
五郎は走る馬の鞍の上に立った。
「我は元竹崎郷豪族竹崎季長なり!」
何するって聞く前に名乗りを上げて、元軍に向かってジャンプ、そして着地と同時に刀を横に凪ぐ。それで10人ほどの首が飛んだ。
三郎さんと二郎さん、太助は馬のまま突っ込む。オレは馬上から戦える武器はないのでそそくさと馬から下りる。そして背中の木の盾を外し手に持ち、必死に五郎を追い掛ける。見失ったらたぶん死ぬ。
4人が開けてくれた道のお陰でオレはなんとか五郎の後ろにたどり着いた。五郎の周りはもう数十の死体があった。
「矢がくるぞ。」
三郎さんが指差しながら馬上から叫んだ。三郎さんが指差した方向をみると数百人が矢を射ようとしていた。
「五郎!」
「頼む。」
オレは頭上に木の盾を構えた。五郎はその影に飛び込む。直後、空から矢の雨が降り注いだ。耐えてくれ、木の盾よ。
「見ろ、太一郎。」
矢の雨の中、五郎がある方を指差した。
「あの兜の羽根の色が違うやつがおるじゃろう。」
元軍の兵士は兜に羽根が付いてるやつが多いのだが、だいたいは汚い白だ。だが五郎の指差す先には赤い羽根を付けたやつがいた。
「あれを狙うぞ。」
矢の雨が止む。オレは矢だらけになった木の盾を放り投げる。三郎さんたちの方をみると姿が見えない。やられたのか?
五郎はそんなのお構い無しに赤い羽根に向かって突進する。その前に人の壁が出来る。
と思ったら、ひとり青竜刀のような刀でオレに向かって斬りかかってきた。オレは咄嗟に腰の小太刀を抜き、前に突き出す。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ。」
オレは雄叫びを上げた。小太刀の先に変な感触を感じた。オレはその兵士に勢いのまま押し倒され覆い被せられた。
ヤバい死ぬ。オレは目を閉じた。しかしそのときは来ない。顔に生暖かい液体が落ちてきた。目を開けると兵士は死んでいた。落ちてきたのは血だった。突き出した小太刀が喉に入ったのだ。
人を殺してしまった、という気にはならなかった。むしろやってやったと思った。
「立て、太一。死ぬぞ。」
太助の声。良かった、生きてた。太助はオレに覆い被さった兵士をどけてくれた。よく見ると太助の腕に矢が刺さっていた。
「太助、それ。」
「痛くない、今はな。」
太助はそう言うと五郎の援護に走っていった。五郎の方を見ると三郎さんと二郎さんもいた。二郎さんは大丈夫そうだが、三郎さんのふとももにも矢が刺さっている。
オレも小太刀を両手で握り五郎のところまでかける。そして必死に小太刀を振るう。誰かのどこかに当たっている感触はある。だがどこに当たっているかとか考える暇もない。
どれくらい小太刀を振っただろう。ふと目の前が開けた。赤い羽根までの道筋が見えた。オレの足は勝手に動いた。オレは人の壁を抜け、赤い羽根に迫った。赤い羽根は反転して逃げる。しかし、遅い。追い付ける。オレは必死で駆けた。
世界がスローモーションになった。
オレの頭目掛けて矢が飛んできた。
オレはそれを頭を下げてかわす。
そのまま足を前へ、よし、届く。
五郎の横凪ぎがイメージにあった。
オレは小太刀をごく自然に横に凪いだ。
オレの小太刀の切っ先が赤い羽根の首に当たる。感触がない。まるで豆腐を切っているようだ。
オレはそのまま小太刀を振り抜いた。
赤い羽根はそのまま走り続ける。オレは外したと思った。だって切った感触がなかったのだから。
追撃と思い、もう一歩踏み込んだとき、赤い羽根は背中を向けたまま止まり、頭部がぽとりと地面に転がった。遅れて胴体がバサリと倒れた。やった、これ手柄になるんじゃないか?
「引くぞ。限界だ。」
三郎さんが叫んだ。オレは赤い羽根の生首の髪の毛を掴んだ。
「首を。」
五郎はそう言った。
「早くしろ。次が来るぞ。」
数百人も元軍がこちらに向かって来ていた。五郎は転がっている生首に手を伸ばした。その肩に矢が突き刺さった。
「ぐはっ。くそ。」
三郎さんは指笛を鳴らした。馬が3頭駆けてきた。2頭は死んでしまったみたいだ。
オレは馬に飛び乗り五郎の元へ。
「早く!」
「くそっ、くそくそくそくそくそっ。」
五郎はオレの後ろに飛び乗った。
二郎さんの後ろに三郎さんが乗った。オレたちは後ろを振り返らず、麁原をかけ降りたのであった。




