本当にあったらこわい話
夏のホラー2023投稿用。
これはホラーらしいホラーではなく、現実でもあり得る恐怖体験……を妄想したものとなります。
一般的な会社の定時時刻……から1時間過ぎた頃。
ここはオフィス街……とは言えない、街の中心部から少し離れた土地。
併設で倉庫みたいな大きい建物を用意するための土地代と道路等の利便性を考えて、中途半端に街から離れた土地にある会社から、その男性は出てきた。
「くっそ、あの取引先は無茶を言いやがって。 明日納品なのに終業寸前で変更打診とか、イカれてやがる」
彼の言葉通り、かなり無茶な契約内容の変更を頼まれた様だった。
彼自身は倉庫(の様な大きな建物)の中から出荷する品を揃えたり検品する業務をしているようで、その割を食ってしまったらしい。
「あ゛〜〜〜、いやだ。 今日はもう働きたくないし、とっとと帰ろう」
無茶な変更は心も体もつかれさせるのか、見るからにダメになっていた。
そんな彼が夕飯用にと、最寄りのスーパーで残り物の値引き惣菜弁当を漁っている時だった。
…………会社から貸与されている、仕事用のスマホから着信音が鳴り響く。
「……………………」
こんなタイミングにコレが鳴る意味はある程度推測できるので、ハッキリ無視したかった彼だが、社員としての義務感から心をなんとか奮い立たせてスマホに出た。
『すまん、会社に戻ってきてくれ! さっきの先方から再度変更の指示が来た。 変更した内容でも足りなくなったから増やせだってよ』
「マジかよ……」
男性の顔は絶望に染められてしまったが、こう電話で呼びつけられてしまっては、行くしかない。
慌てて夕食の買い物を済ませ、会社へと急いだ。
〜〜〜〜〜〜
1時間後。
「なんだあの会社。 先方から使いたい商品とそれを生産する会社まで指定してきたのを揃えたのに、アソコのとは相性が悪いからヤッパリ別の会社の類似品にしてとか。
幸いどっちも倉庫に在庫が有ったから対応できたけど、ホントなんなんだよあの会社」
ヨレヨレになった男性が、会社を後にした。
手には弁当等が入っているスーパーのビニール袋を提げており、会社へ慌てて戻った者と同一人物であると察せられる。
「あ゛ーもー。 とっとと帰ろう、もう帰ろう」
心底会社に居たくないのだろう。 普段より早足になっている様子が、それを体現していた。
…………が、それを許さぬ再度の仕事用スマホからの着信。
この着信は、帰宅を再度始めてから10分経った頃だっただろうか。
「……はい?」
『いやだからさ。 先方の残ってた上司が注文書を見て「もっとパーッと行こうよ! 大丈夫大丈夫イケるイケる! 俺の知り合いに今から電話すれば、明日でも集まってくれるからもっと大規模に行こう」とかって仰られたとかで、大量追加の指示が来たんだよ!』
「なんすか、それ」
『知らん。 でもそんな訳だから、早く戻ってきて! 手が足りない!!』
ふざけんな! マジふざけんな!!
そう心の底から叫びたい衝動をなんとか堪て、男性は会社への道を走った。
〜〜〜〜〜〜
更に3時間後。
「やめろよ……ホントやめてくれよ……」
例の、先方のグダグダに巻き込まれて完全にボロボロになった男性は、会社を後に…………はしなかった。
口ではどう言っていても、彼の勘が嫌なモノを伝え続けていて、退社するのを躊躇ったからだ。
家に帰ってから食べようとしていた夕食は結局会社で消費することとなり、その時の彼の目は酷く死んでいた。
そして……。
「はい。 …………え? そちらの上司が計画変更による見積り書類を帰宅した経理部長へメールしたら、却下されたから1つ前の注文に戻してくれ? マジですか?」
何度も会社へ戻ってきてくれと電話してきていた残業仲間が受けた電話により、悪夢は再び始まった。
「なんでそっちが怒っているんですか? この時間はいつも後は寝るだけののんびりタイムで、いい気分が台無し? こちらはお客様の度重なる変更に対応するので精一杯なのですが。
…………そうですよね、すみません。 お互い様ですよね。 お互い頑張りましょうか」
これを意訳するならば、
怒りたいのはこっちだボケ! んでテメーは自宅かよ! こっちはまだ職場じゃオラ! ……ああまあ、あんたも下っ端だから振り回されて大変だよな。 でもだからってこっちに八つ当たりするんじゃねーぞオイ。
こうだろうか。
「…………がんばりましょう」
漢字を使っている様に聞こえない、とても力ない言葉を出す先方の担当者だった。
「今回の迷惑料として、明日向こうへ行ったあと割増料金を請求できるような交渉を絶対にしてやる」
むしろ恨みの言葉の方が、しっかりハッキリ聞こえたまである。
その後もなんやかんやと変更の指示がたまにやってきて、対応に追われた。
そして気が付けば、退社時間と出社時間がイコールとなっていて、涙を流した彼らだった。
さすがに酷い変更の嵐だったので、翌日に配送した際にこの取引先との新たな約束事が追加された。
納品期日が残り3日を切ったら、変更の指示は受け付けない。
それでも、どうしても変更が必要な場合はその回の取引につき、1回ごとに特別値引きを取り消した上で2割増額となる。
2回目以降の増額方法は、増額率が2割だったのが4割に、もう1度変更すれば更に2割増えて6割にと2割が足されていく方式。
その約束が交わされて以降、そこからの無茶な変更の指示は年に1回前後位になったらしい。
〜〜〜〜〜〜
実際に似た事態になっても、こうやって割増料金を取れるように契約見直しが出来るかは、かなり難しいとしか言えない話ですね。
どうせ1社だけじゃなくて、複数の会社が無茶振りを順番に言ってくるだろうし。
1社だけの場合でも、こんな無茶振りしてくる野郎は罪悪感なんて感じてないだろうから、実質値上げになる見直し交渉に素直に応じてくれる訳が無い。
以上。 現実でもあり得る、先方の無茶振りによって貫徹仕事を強要される。
自宅へ帰りたいのに帰れない。 そんな現代の恐怖でした。