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「あのぉ~……」
妙に上ずったように聞こえる声の主は、先ほどから会議に参加はしていたが、まるで存在しないかのように扱われていたニーナだ。
ニーナは脚本家、このチームではアイデアを文字にする役割だ。今回の小説では、監督の気まぐれで脚本家としての出番は無くなっていた。本人の希望で演出家として作品に参加をしている。
「あら、いらしてたの?」
「す、すみませんっ! あ、あの、最初からドラゴンに勝てるってなると、序盤にしては強すぎるかなって……」
2人は、それもそうだと腰を下ろし思案しだす。ジョカンは確かめるように呟いた。
「最初は戦闘シーンにして、読者にインパクトを与えるっていうのは良いけど、竜を倒すのは強すぎる、か……」
考え込む面々にニーナがまた、控えめに提案する。
「り、竜から逃げるシーンはどうですか? 追いかけられて、逃げるシーン……」
リュウノスケはニーナのアイデアを歓迎した。
「なるほど、動きを作るんですね。物語の後半同じ竜を倒すことによって成長を見せられる」
「今回の物語は主人公の成長も見どころだからね、いいかもしれない!」
「良いですわ! それなら逃げた先でイベントがあると良いですわね!」
ジョカンがホワイトボードにアイデアを書き込んでいると、盛り上がる会議室のドアが開く。
入ってきた長身の優男は、皆に微笑みかけた。
「楽しそうだね、いい案出た?」
その優男はふとホワイトボードに目をやると、これまでの会議の流れを言い当てた。
「竜から逃げるシーンか、うん、面白いね」
「ロイ! いいところに、良かったら何かアイデアをだしてよ」
ロイは若きプロデューサーだ。ジョカンとは旧知の仲で、シナリオ制作の会議にも時々参加をしている。ロイは物語が作られる過程が好きらしい。
「うーん……、提案して良いかな? ドラゴンから逃げた先で、”伝説の聖剣”に出会うのはどうだろう?」
「いいですね! 聖剣は王道ファンタジーの鉄板です!」
「聖剣がしゃべるのもいいですわ! こう、渋―いイケおじで……」
「いや、聖剣は女の子に変身するのはどうだろう」
ロイは珍しく自分の主張を前に出す。
「たとえばこんな感じに」
…
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
後ろから追ってくるドラゴンの吐息が背中に当たるのが分かる。僕は必死で逃げていた。
――ギャオオオオオオオ!
ダメだ! 食べられる! と思った途端、足元から地面の感触が消えた。床が崩れ落ちたんだ。
「いててて……」
どうやら地面にたたきつけられたようで、気がついたら四方を囲まれた小部屋にいた。
「ここは……」
そこら中に蔦が這っている。古い遺跡のようなところだ。ふと、目の前にうっすらと光る剣が目に入る。
導かれるようにその束を握ると、剣がまばゆく光りだし、なんと少女に変化した。
「ふあぁ……。むにゃ、あなた……だれ?」
一糸まとわぬ女の子は
…——カット!
「ストップ! なんで女の子裸なんですか! 」
リュウノスケは立ち上がってロイに抗議する。
「なんでって、剣が服着てたらおかしいよ」
「そうですけど、なんだか狙い過ぎじゃないですか?」
「それは続きを聞いてから」
…
「ひゃうぅぅぅ」
上から垂れてきた竜の唾液が彼女を包み込む。みるみるうちに彼女は全身がぬるぬるになってしまった。
——こうしてはいられない、逃げなきゃ!
「こっちだ!」
僕は彼女の手を引いて走り出す。
しかし、無理に引っ張ったせいか、彼女は躓いて僕に覆い被さるように倒れた。
「はにゃあ///」
僕は覆い被さってきた彼女のぬるぬるした体、特にその大きな胸の感触を全身に感じながら、その感触を——
…——カット!
「いや、“はにゃあ”じゃないですよ!」
リュウノスケは我慢しきれず叫ぶ。不思議そうな顔をするロイは宥めるように言う。
「どうしたんだい? ここからが良いところなのに」
「お色気要素を入れるにしても露骨過ぎます! 王道ファンタジーなんですよ!」
「でもさ、今時ローションプレイもない作品は売れないよ?」
「そんな作品聞いた事ないですよ! 」
黙っていたナロウナがリュウノスケに加勢する。
「ワタクシもエロを入れるのは反対ですわ! 媚びすぎです」
「で、でも、お色気シーンは読者を繋ぎ止める要素ではあります……」
ニーナも控えめに意見を言うのを聞いてたジョカンはそれぞれの意見に耳を傾け、思案をしていた。
「うーん、ほどほどに……?」
そしてホワイトボードに”ほどほどエロ”と聞きなれない言葉を書き足す。
冗談めかしてはいたが、ロイの言うことは全員がわかっていた。それを知ってか知らずか、ロイは続ける。
「小説に限らず、すべての作品は売れなきゃ意味がない。購買意欲が強い世代に刺さる作品じゃなきゃね」
ロイは書きたいものを書き連ねただけでは意味がないと、目の前のクリエイター達全員に釘を刺した。
わかってはいるが、やはりリュウノスケは納得できないのか、ロイに言う。
「しかし、読者に媚びてばかりでは作品がぶれてしまいませんか?」
言葉を受けたロイはリュウノスケをまっすぐ見て言う。
「そうだね……、でも、今はインパクト重視が良いと思うんだ。特に今回は”王道ファンタジー”だからね。みんなが知ってる名作ファンタジーと戦うことになるんだ。ね? ジョカン」
「……ロイの言う通りだ。」
ジョカンは珍しくはっきりと言い切って、立ちあがる。
「でも、読者に届けたい風景とか、想いみたいなものは忘れたくないよ」
全員がジョカンに肯定のまなざしを送り、全員が一体になろうとしていた。
「あ、あのぉ~、それで……戦闘シーンは、どうしますか?」
ニーナが溢れかえりそうになる場の一体感に水を刺すと、全員が思い出す。監督の注文は戦闘シーンから始まる物語だ。
「そうだった……」
慌ててナロウナは取り繕う。
「な、なら聖剣がお強くて、その竜を倒しちゃうっていうのはどうかしら? 今、流行のチート!」
「主人公の成長物語にチートは余計では?」
リュウノスケの指摘はもっともだったが、ナロウナは少し考えてアイデアを出す。
「なら、うーん、そうですわね、……最初はうまく制御できなくて、徐々に強くなっていくのですわ! あと、剣の女の子は無感情だけど純粋な子、主人公と旅を続けていくうちに人間らしい子になるのですわ!」
「うおおおお! 良いです! これぞヒロイン! 不本意ですが今回ばかりはナロウナさんに賛同です!」
リュウノスケは机の上に足を乗せ雄たけびを上げた。こうなるとリュウノスケは止まらない。
「地面、草、花……、旅の途中でたくさんの事を覚えていくうちに、自分の心の奥底から湧き上がる感情に違和感を覚える。”これは何?””主人公のこと考えるとヘンな感じ……”。そう! それが恋!」
「いいねえ、イチャイチャしながら旅するのは青年世代に刺さりそうだ」
「あ、あの、だから戦闘シーンは……」
それぞれが、この作品を補強する案を議論した。ジョカンにしてみればいつものの光景だが、小説作りという自分の仕事の中でも楽しい時間だ、と、そんなことを考えていた。
――そうして5時間が経った頃。満身創痍の面々にニーナが確認をした。
「では、これでいいですね。最終確認です……」
ニーナが原稿を作り上げ、皆に披露しする。
「こ、こんな感じでどうでしょう……!」
一同は疲れからかそれぞれがどこかに体を預け、もう少しも動けないといった所だが、全員がニーナの方に親指を立てるのだった。