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 ここはムービ王国、ムービ3世が治めるこの国は、長らく魔王の恐怖に怯え、巨大な城壁の中、民は束の間の平和を享受し、暮らしていた。

 魔王はこれまで、何度も世界を滅ぼそうとし、そしてそのたびに”伝説の勇者”が現れ、その脅威に立ち向かい、魔王を討ち果たした。


 それから長い時を経て、また、魔王が復活し、世界が闇に包まれようとしていた……。



…——カット!





 響き渡るその声は、この”小説”を止めた。声の主、監督は、この小説の大切な入口である序文に頭を悩ませていたのだ。


「うーん……、よし、変更だ! “闇に包まれる”の所、やっぱり“暗黒が訪れようとしていた”にしよう!」


 監督は修正の指示を出すが、まだ足りない様子で呟く。


「ふむ……。まぁ、なんか足りないよな……、なぁジョカン」


 頭をかく監督は、そばに控えるシナリオライターに顔を向けるわけでもなく、問いかけた。言われたら答えねばならない、シナリオライターは言葉を絞り出す。


「えっと……、良いと思いますけど。今回の小説は王道ファンタジーで行くんですよね?」


 ジョカンは新米のチーフシナリオライター、この監督の意図がいまいちわからなかった。


「前回の小説はひねった設定だったからな……、でも違うんだよなぁ、なぁ、何が足りないと思う?」


 来た。この監督がこれを言い出したら大変だ。この監督は、行き当たりばったりで小説を作っている。


 ここで提案をしようものなら、シナリオを書いて提出せねばならない。また頭を悩ませる事になる。そう予感したジョカンはとぼけて見せる。


「うーん……、なんでしょうねぇ」


 ジョカンの見た目は、その年齢よりはるかに幼く見える。成人してしばらく経つが、夜道を歩けば子どもと見間違えた警察が声をかける程だ。


 その無垢さを利用して、ジョカンはこの場を逃れようと考えた。しかし、それをしり目に監督は言い放った。


「そうだ戦闘シーンだ! 戦闘から始めよう! そうだな、竜と戦う勇者! うん! 良い案だ! おい、ジョカン! チームで相談して、文章を考えてきてくれ! 来週の火曜日までによろしくな?」


「この後は勇者が王様に魔王討伐を命令するシーンですけど……、また脚本変えるんですか?」


「大丈夫、大丈夫! 脚本兼監督の俺がそう言ってんだ! 頼むぞ~! ……じゃあリテイク行くぞ! そしたら今日は終わりだ!」


 こう命令されてしまっては、ジョカンは断れない。返事も聞かずに撮影を続ける監督の背中を見るしかなかった。









「アナタ、それで引き下がっていらしたの!?」


 会議室に響く声は、ジョカンを椅子の背もたれへ押し付ける。


「だってしょうがないよ……、嫌ならナロウナが監督に……」


「それはアナタの仕事でしてよ!」


 縦にロールされた長い髪を逆立てふ勢いでジョカンを厳しく責めるのは、ナロウナだ。ジョカンとは対照的に気が強く、ジョカンはいつもナロウナからチーフシナリオライターならざる扱いを受けていた。


 普段からナロウナは貴族のような装いをしているが、ごく一般的な家庭に生まれ育った彼女が、なぜそのような振る舞いをしているのかは誰も知らない。


「まぁまぁ、監督の無茶ぶりは今に始まったことではないです。序文は小説の玄関口、ほとんどの読者が、1話目で見切りをつけてしまうわけですから、こんなに普通なのはいかがなものかと」


 ナロウナの対面に座っていたリュウノスケが縁なしのメガネを拭きながら静かに窘める。彼もまた、シナリオチームとして、作品の方向性を左右することに少しの高揚と、不安を抱いていた。


 そして、ジョカンは立ち上がる。


「じゃあ始めようか」


 その場の全員が、ホワイトボードの前に立つジョカンに目をやった。


「じゃあ、シナリオ会議を始めます。今回の議題は”序文の戦闘シーンについて”です!」


 そういってホワイトボードに書かれた、アイデアという文字を指さす。監督の思いつきに振り回されるのは毎度のことだ。


 各々資料に目を落とし、少しの沈黙が訪れるが、やはり最初に口を開くのはナロウナだった。


「それにしても、お粗末な始まりですこと。 これでは日間ランキングどころか、即ブラバですわね!」


 憤るナロウナに珍しく同意するリュウノスケ


「確かに、あまりにもありきたりすぎる。これでは読者の感情を動かせないでしょう」


「最初に戦闘シーンとは、あの監督にしてはいい案ですわ。読者をひきつけるなら、こうですわね!」





――ぎゃおおおおおおおおおおおおん!


「きょ、巨大な竜だ! なんて大きいんだ!」


 僕は剣を握りしめ、飛び上がる!


「でぇやあああああああああああああ!」


――ザシュッ!


 剣は首元に刺さり、巨大な竜は倒れた。


「む! これはルビードラゴンじゃ! お主こそ、真の勇者じゃよ! 」




…——カット!



「いかが? これなら読者をひきつけましてよ! 」


 嬉しそうに皆に提案するナロウナに、我慢しきれないという様子でリュウノスケが異を唱える。


「脈絡が無さすぎます! 」


「なんですって! 」


「竜を目の前にして、”巨大な竜だ!”なんて言うわけがない! 」


「言いますわ! 状況も説明できますし、見やすくてよ! 」


「大体なんですか最初の叫び声は! “ぎゃおん”だなんて、間抜けです! あと最後の老人は誰なんですか!」


「ぎゃおんって鳴き声は竜です! おじいさんは賢者ですわ! 語尾に”じゃ”ってついてるでしょ!」


「わかんないですよ、そんなの! 読者“ひきつける“前に痙攣(ひきつけ)起こしますよ!」



 2人の言い合いはいつもの事だが、ジョカンが割って入るのもいつもの事だ。


「まぁまぁ、最初のインパクトは大切だと思うよ」


「ジョカンさん! あなたがそうやって甘やかすから! 」


「あら? ではアナタはどうなのかしら! 」


 やり返されたリュウノスケは、少し考える風に言った。


「……ふむ、僕であればこうですね」



――地面を踏みしめる大きな足、大きな爪。

 見上げれば、こちらを睨みつける目玉、その目玉だけで子ども一人分はありそうだ。

 目の前に立つ竜に、僕は恐怖した、ここまで大きい竜は見たことが無かったからだ。

 足が震える。早くここから逃げ出したい、しかし僕には使命がある、“勇者”としての使命が。

 ゆっくりと間合いを詰め、相手の出方を伺う。竜から発せられる禍々しい雰囲気が、僕を後ろへ押し返す。

 あと一歩だ、あと一歩。ようやく踏み出した足が、地面についたとき、僕は確信した。


——いける! 切り込める!


 持っている剣をさっと抜き、握りしめる。


 覚悟を決め、やあっと気合を入れて切りかかった。



 滑り込んだその切先は竜のど元を——


…——カット!


「長いですわ! ワタクシだったら2行目でブラバしますわ!」


「長文を読めない人は読者じゃない! このくらい主人公の心情と緊張感を描写しないと! 本当の読者には伝わらないですよ!」


 白熱する言い合いの合間を縫って、弱々しい声が何度か通る。


「あのぉ~……」



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